第三章 孑然(ケツゼン) 10 優梨
あっという間に『新幹線』が終わり、そして次のジャンルの『平方数』が開始されていた。
『新幹線』では、北海道新幹線の新函館北斗駅から九州新幹線の鹿児島中央駅まで順番に答えさせるというものであった。『新幹線』では、銅海高校チームが出場しており、テレフォンなしで次々に正解していった。結果的に唯一のこのジャンル100点満点を叩き出し、存在感を見せつけた。なお、チームリーダーの平野は解答者として登場していない。
その次の『平方数』は人気のジャンルで、上位通過校によって固められたが、終盤は荒れた。正確に言うと二極化した。
これには、一位通過の蘇芳薬科大附属高校チーム、二位通過の叡成高校チーム、四位通過の札幌螢雪高校チームも出ていたが、この三名が仕掛けたのだ。
平方数とは1, 4, 9, 16, 25, ……, といったようにある数の二乗の数字である。予想どおりと言うか、少ないものから順に答えさせるものだったが、少ない数字は簡単なので、11の二乗以上の数字を起点とするものであった。つまり最初の解答者は121から答えることになる。また、10の倍数の二乗、すなわち400, 900, 1600, ……, といった簡単なものはスキップするというおまけルール付きだ。
蘇芳薬科、叡成、札幌螢雪の三チームは、はじめの周でかなり先の平方数を敢えて答えたのだ。これで数字は著しく跳ね上がって解答が困難になる。どうやら解答台に筆記用具はない様子で、短時間での正確な暗算が要求される。そして他のチームの誤答を誘った。蘇芳薬科、叡成、札幌螢雪の三チームは『元素』でも登場していて、ハイスコアをマークしていたので、多少自分を犠牲にしてでも相手を苦しめることに重きを置いた戦い方が可能だったのだ。
誤答はマイナス10点だ。『平方数』では、正確な計算さえできれば、間違えて数を飛ばして答えてしまうことはない。20点を獲得するか、誤答してマイナス10点ということになる。少ない数字では差をつけることができないと考えた件の三チームは、他チームをマイナス10点に誘導させたのだ。
結果、蘇芳薬科が86点、叡成と札幌螢雪が70点前後のスコアであるのに対し、残り三チームは誤答が影響し、0〜20点前後の点数となった。
この戦いぶりを見ている限り、蘇芳薬科、叡成、札幌螢雪の三チームの三回戦出場は固そうだ。なお、叡成高校チームからはリーダーの天明が出場していた。千里はここでも登場していない。
千里はアドバイザーでもなさそうだから、必然的に『世界の国々』で登場することになるのか。日比野は嫌な予感がした。
『平方数』が終わって、『小倉百人一首』が始まろうとしていた。日比野はまったくマークしていないジャンルなので、アドバイザーとして座っていても、何ら役に立たないと、影浦と優梨に断ってきた。しかし、そんなことはまったく
影浦は、百人一首をほぼ完璧にマークしているのだろう。解答の番が回ってくるや否や、即座に解答した。他の相手に準備させないためだ。テレフォンも使用しない。
その堂々たる戦いぶりはお見事の一言で、100点満点を自らのチームにもたらした。
「さすが! 瑛くん!」優梨は影浦の快挙を讃えた。
「ありがとう!」
「いやぁ、賢いことは知っていたけど、まさか満点とは……」風岡もその感服している。
こういう問題で100点取ることは容易ではない。一番から順番に辿っていけば答えられる人はいるかもしれないが、任意の番号を突然言われて
「実は、施設長が百人一首とかいろはかるたとか花札とか好きでね」
そうとは言っても、容易に完璧に覚えられるものではない。素直にこの偉業を称讃するしかない。
「さて、次は河原さんだね」影浦は余韻を打ち切るように言った。
「三回戦に進めるのは六チームか」風岡も確認するように言う。
そうだ。まだ勝負はついていない。
「今、どういうスコアになってるかな?」影浦は優梨に問うた。
「高得点を出しているのは、二つ『ジャンル』を終えたところだと蘇芳薬科が186点、叡成と札幌螢雪は172点、漢隼は184点、銅海の188点。
「げ、そんなにいっぱいいるの?」陽花は心配そうな顔つきで問う。
「二極化してるっぽい」
「二極化?」
「そう。100点満点だけど、下限は−50点だから、低いチームは0点に近いところもあるのよ。単純な古今東西ゲームではなくて、順序を答えさせるというルールだから、一つでも
「……」他のメンバーは押し黙っている。優梨は続けた。
「それに、そのシステムを逆に利用して、相手にわざと間違いを誘導するような、戦略を仕掛けてくるチームもあるし」
それは蘇芳薬科、叡成など上位通過チームの戦略だ。彼/彼女らは、自分の得意なフィールドで戦えているわけだから、アドバンテージを得ているわけだが、それにしても戦い方が上手い。狡猾だ。そして気付いた。これから陽花はこれらのチームと戦わないといけない。これ以上はいたずらに陽花にプレッシャーを与えることになる。
「とは言っても、うちだって二つ終わって179点だから、めちゃ健闘してる。スコアだけなら漢隼に次いで良いわけだから」優梨は慌てて取り繕った。しかし遅かった。
「アタシ、そういう戦略を仕掛けるチームと戦うんか……」陽花は伏し目がちに呟いた。
「は、陽花。でも……」
「アタシと同じ解答台に立つのは、桃原さんや天明くん。それに銅海の平野くんだっているんでしょ? アタシ、あがり症で、こういうとき頭真っ白になるような人だから、自分の解答を考えるのが精一杯で、相手を不利な立場に追い込むようなこともできないよ」
陽花も、自分の置かれた戦況をちゃんと把握していた。
「大丈夫。私や日比野くんが、アドバイザーにいるから」
「怖いよ。優梨。せっかく、悠や影浦くんが頑張ってくれたのを台無しにしないか」
「だから、大丈夫だよ。あとテレフォン、四回も残ってるんだもん」
「テレフォンたって、点数半減しちゃうじゃん!」
「でも誤答するよりは……」
「テレフォン使ったら、どんなに良くても一問につき10点しか入らないんだよ。四回使ったら、最大でも60点。そんな点数で、桃原さんや天明くんのチームに勝てる気がしないよ」
「陽花……」
「チームの絆と言っても、アタシの出番に限っては孤独な試合なんだよ!」
陽花は、うっすらと涙を浮かべている。こんな陽花を見ることは珍しい。極度のプレッシャーと強者に対する畏怖で、冷静さを失っている。
そして、不甲斐ないことに、こういうときに如何なる声かけをしていいのか、友人歴のもっとも長い優梨は何も思い付かなかった。
すると、優しいとも厳しいとも言えないが心地良い低い声が聞こえた。風岡の声だ。
「陽花。俺が言うのもなんだが、陽花が、テレフォンを使おうが使うまいが、誤答しようが、その結果二回戦突破できまいが、陽花を責め立てるようなことはしないさ。これはチームの意志で決めた戦略だから、チームの責任。それがチームの絆ってやつじゃないか?」
陽花は、その大きくて綺麗な瞳をより一層潤わせた思いきや、それを見られたくなかったのか、顔をまた下に向けて目線を逸らした。
「バカ。そんな綺麗事言われたって、アタシがチームの足引っ張っちゃっうのが嫌なんだから……」
「さんざん俺は足を引っ張ってきて、その度にお前が支えになってくれたんじゃないか。一回くらい足引っ張ったって誰も文句言わないさ」
「もう。何でそんなこといま言うの! かえって困るじゃない!?」陽花は明らかに涙声になっていた。そして涙声のまま続ける。「こんな顔で晴れ舞台に出させるなんて」
陽花は顔を上げた。泣き顔ながらも、その顔は美しいと優梨は思った。
風岡は黙っている。
「……でも、ありがとう。少し気が楽になったよ」
最後に陽花は小さく風岡に感謝の言葉を伝えた。
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