第三章 孑然(ケツゼン)  5 影浦

 影浦は陽花の言動に焦りを見せた。いきなり『飛び降り』というキーワードを切り出そうとした。ここではもっとも触れてはいけないキーワードだろう。

 ここはテレビ局。言わばマスコミのほん本元ほんもとのようなところだ。影響力は絶大である。しかも、生放送中ではないとはいえオンエア中である。放映されてしまったら放送事故だ。普段テレビを観ない影浦でもそれくらいのことは分かる。

「ごめん……」陽花はしゅんとしている。

「というわけで、俺の携帯であのとき会話したのは、河原さんとひさしだった。こんな偶然もあるんだな。以上」と日比野は、この話題に終止符を打った。

 間一髪制止したため、禁断のキーワードを滑らすには至らなかったが、千里はこの会話が聞こえていただろうか。聞こえていれば、千里は自分たちが何を話していたかくらい分かるはずである。どこか嫌な予感がした。


「さぁ、ルール説明だって。聞こうか」珍しく風岡が音頭をとっている。


「いま、発表されたジャンルに各チームついてもらいます。一チームあたり三つのジャンルが割り当てられていますので、五人中ゲームに出場するのは……、三人です!」

「三人!?」優梨が驚きの声を上げている。これもまた珍しいことだ。

「そして、各ジャンルに一人ずつに分かれて参戦してもらいます」

 スタジオからどよめきが上がっている。

 今年の大会から五人制なのだ。早押し問題は別として、基本的に新しいスタイルのクイズ形式に挑むことになる。つまり、五人で結束させるというチームワークを試す問題を提示してくると思いきや、一人ずつ参戦させるとは。これでは個人戦ではないか。

「……残りの二人は、アドバイザーになって頂きます。大丈夫、五人全員に戦ってもらいます!」

 三塩アナウンサーはそう言って戸惑う高校生たちに補足した。

「まったくビックリさせるなよ……」風岡が呟いた。

「ここからは古今東西ゲームのやり方を説明します!」

 やはりまだあるのか、と思いながら影浦は説明に意識を傾注させる。

「各ジャンルについて、古今東西ゲームをしてもらうわけですが、お題に合うものを何でも答えていいわけではありません。ある規則に従って、その順番どおりに答えてもらいます!」

 一気に会場がざわついた。読みが当たったチーム、外れたチーム、また何も読んでいなかったチーム、悲喜ひき交々こもごもだろう。日比野の同級生である平野が教えてくれた情報は見事にそれを的中させるものであった。説明は続けられる。

「たとえばアルファベットというジャンルがあったとして、その順番に答えて下さい、という規則を課します。『A』からスタートした場合、次の人は『B』と答えて下さい。正しく次の順番のものを答えられた場合は20点が与えられます。しかし、一個飛ばして『C』と答えてしまった場合は、飛ばした分の2倍の点数だけが引き算され、18点が与えられます。つまり10個飛ばした場合は0点です。飛ばした個数が10個までは正答扱いとします。11個以上飛ばしたときは誤答扱いとなりマイナス10点。また、間違って順番が前のものを答えてしまった場合も誤答扱いでマイナス10点です。もちろん、何も答えられなかったり間違った答えを回答してしまったりした場合はマイナス10点となってしまいます」

「減点もあるんかい!?」

「厳しいなぁ」風岡と影浦は口々に言っている。会場も厳しいルールにざわついている。

「また当然『A』の次と言われて、分からずに『A』と答えても誤答扱いになりますが、一部、同じ答えが複数続く場合は、例外的に誤答扱い、つまり減点になりません。なお、回答の進行は、先ほどのアルファベットを例にとって、『A』の次を答えさせる場合、11個とばしてしまった場合、つまり『M』から先を答えた場合は誤答扱いなので、その次の人は再び『A』の次を答えます。『B』~『L』までの場合、正答扱いとなり、仮に『C』と答えた場合、その次の人は『C』の次を答えます」

 ルールが思ったよりも細かいうえに、言葉だけではいささか理解しにくいシステムだと影浦は思った。画面の大きなモニターに、映像が映し出されて、それを見せながらの説明だ。さらに説明は続く。

「解答は、各ジャンルの各解答者が5回答えた時点で終了します。それまでの間に、解答が一周してしまった場合は、また最初に戻ります。つまり『Z』まで答えてしまった場合は、その次の『A』に再び戻ります。二周目以降は、既出の解答をもう一度言ってはなりません。その場合、既出の解答は飛ばした個数には含まれません。ちなみに既出の解答は正答したものに限り、誤答したものは含みません」

 おそらくこれは、解答が有限の場合だろう。つまり平方数のような無限の場合は、数字が大きくなるほど誤答が続き苦戦を強いられることだろう。改めて安易にそれを選ばなくて良かったと感じた。

「もし、分からなかった場合は、残りの二人のアドバイザーにアドバイスを乞うことができます。これが『テレフォン』というシステムです」

 ここで、ようやく残りのアドバイザーの役割が説明された。

「何か、どこかで聞いたことあるシステムだね」と独りごちたのは陽花だが、影浦にはピンとこなかった。

「テレフォンは、各ジャンルの各解答者三人で合計五回まで使用することができます。テレフォンを使って正答した場合は、ポイントは半減となります」

 なるほど。どこでその権利を行使するかが重要なポイントなのだろう。これはまた戦略に頭を悩ませそうだ。

「また解答の制限時間は二十秒間。これはテレフォンの時間を含みます。それまでに解答が出ない場合は誤答扱いでマイナス10点となります」

「テレフォン入れて二十秒はシビアだな。テレフォン使うなら早い決断が必要だな」と日比野はルールを分析する。確かにそうだ。躊躇の末テレフォンを使っても、時間切れで答えられないおそれがあるどころか、無駄にテレフォンの回数を減らすことになる。

「三回戦へ駒を進めるのは、その時点での三人の点数の合計の高い六チームです。では各チーム、それぞれのジャンルの解答者とアドバイザーを決めてください!」


 一斉に話し合いが始まった。

「どうする? これ?」と最初に声を上げたの陽花に対し、風岡が口を開く。

「うちは、百人一首とアメリカ大統領と……、世界の国々か?」

 続いて、影浦が確認するように答える。

「つまり、僕と、風岡くんとの得意ジャンルは選ばれたということだね」

「おいおい、これで俺を解答者として参加させる気か?」

「だって、最初からそういう想定だったでしょ?」

 影浦の発言にげんそうに風岡は眉をひそめる。


「でも日比野くんの得意ジャンルが欠けてしまったのは厳しいね」優梨がしみじみと言う。

「まぁ、しかし、順番を答えさせる問題だ。平野はともかく、他の人はそこまで読んで戦略を組んでいなかったことだろう。今思うと、『平方数』を選んだチームは大変だぞ。無限だし、数が大きくなったら手が付けられなくなる。蘇芳薬科と叡成と銅海がいるけど、まだ『世界の国々』なら何とかなるんじゃないか?」

「おー、心強い。じゃあ『世界の国々』は日比野くんに任せちゃっていいかな?」

 日比野の発言に対し、影浦は笑顔で返した。日比野は若干戸惑っているようだ。

「待ってくれ。『世界の国々』は俺で決定かい?」

「僕としては、優梨はアドバイザーが相応ふさわしいと思ってるよ」影浦は断言した。

 アドバイザーに座るのは、すべてに精通したうちのリーダー、大城優梨しかいない。影浦はそう思った。

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