第三章 孑然(ケツゼン) 4 優梨
「二回戦だが、もっとハイレベルな知識が問われるかもしれん」
「えっ?」
日比野の発言はどこか重みがあった。日比野が冗談を言うような人間ではないことを優梨は経験的によく知っている。
「どういうこと?」すかさず問うたのは陽花だ。
「これはただの古今東西じゃない。順番どおりに答えさせるものかもしれない」
最初は、きょとんとしていた一同も、銅海高校チームの平野から提供を受けたという情報とその根拠を持ち出されると、一気にその信憑性を増したような気がした。
ただし、臆することはない。優梨は落ち込みかけたチームを奮い立たせる。
「でも条件は基本的にみんな同じ。どんなチーム編成で戦うことになるのか分からないけど、きっと何も答えられないよりはマシだと思う。とにかく今の練習をしっかり刻み込んで、まずは無回答や誤答ってことはないように頑張ろうよ!」
優梨は、順番どおり答えられなくても、無回答や誤答することと、順番を間違っても何かしら正しい答えを挙げることでは、ペナルティの度合いが違うだろう、という読みだ。
「そうだね。とにかくまずはちゃんと答えられることが前提だと思う。百点ではなく合格点を狙うつもりでいった方がいいね」影浦もチームメイトを鼓舞する。
残りわずかの時間に、最大限の知識を共有した。と言っても、これだけ膨大な情報量を共有できているかは分からない。それでもやれるだけのことはやったのではなかろうか。
「それでは、これから二回戦の説明が始まりますので、第六スタジオの所定の位置にお集まり下さい」スタジオ横の控え室のドアを開けるスタッフから、呼び込みがかかった。
第六スタジオに行くと、横に六チームずつ、縦に三段並べられた机と椅子がある。
上段のいちばん左は、千里率いる蘇芳薬科大附属高校チームだ。その一つ隣は叡成高校チーム。優梨たち滄洋女子高校複合チームは、下段の右から三番目。
どうやら、この順番が、一回戦の通過順となり、ひいては二回戦へのアドバンテージの順となるのだろう。
千里たち蘇芳薬科大附属高校チームのメンバーがスタジオに入ってきた。上段の所定の椅子に彼女らは腰を掛ける。
一方の優梨たちは下段……。
そして、こういうときに得てして、千里と目が合ってしまうものだ。千里は黙って微笑んでいる。言葉こそ発しないが、その表情は
優梨は、今まで学力において、自分の身近で自分より上に立つ者をほとんど見たことがなかった。特に医学部入学を志した高校一年生の夏以降は、学年内では不動の一位に君臨し続けている。ここ最近、成績で優梨の立場を脅かす者は周りに誰もいない。
それが、こんなにも近くに、しかもこんなにも歴然と、そして、さらにはこんなにも負けたくないと強く思う相手に上に立たれて見下ろされている。
「くっそぉ……」
優梨は
目にはっきり見える形で、優劣の差を、上下関係の差を視認した千里は、優越感に浸っていることだろうか。優梨は思わず眉を
「……っと? ちょっと? 優梨ぃ、すごい顔してるよ!」不意に陽花に指摘され、優梨は狼狽する。
「あっ、ううん、何でもないっ! それよりみんな、二回戦は絶対勝ち抜くよ!」と鼓舞した。しかしそれは今更確認することではない、とすぐに思い直し優梨はまた戸惑う。
「お、おう! そうだね! 勝とうね」と同調したのは影浦だが、彼も、優梨が狼狽しているのを感じたのか、
そうこうしているうちに続々と二回戦突破を決めた十八チーム、九十名がスタジオ入りし、所定の位置につく。ここだけやけに人口密度が高い。
全員が席に着いたことを確認したスタジオのタイムキーパーらしきスタッフが合図を送り、三塩アナウンサーがアナウンスを開始した。
「二回戦進出を決めた諸君! まずはおめでとう! しかし二回戦は、さらに君たちの頭脳を酷使してもらいます! 名付けて、『ヘキサゴナル・超難問古今東西協力バトル!』」
「なんじゃそりゃ?」風岡は再び頓狂な反応を見せる。
スタジオに緊張が走る。
「二回戦が始まる前に、宮崎県代表の清鵬館宮崎高校チームを除く十七チームの君たちには、事前にアンケートに協力してもらいました。そこにある九つのジャンルに、六チームを割り当てて、古今東西ゲームで戦ってもらいます!」
読みが当たった。あのアンケートの趣旨はやはりそうだったのだ。アナウンスは続く。
「ルールを説明する前に、まずは各チームのアンケート結果をもとに決定した、君たちがこれから戦ってもらう三つのジャンルを発表します。まず、一回戦一位通過の沖縄県代表、蘇芳薬科大附属高校チームは、『元素』、『世界の国々』、『平方数』です」
千里たち蘇芳薬科大附属高校チームからは驚きの声は上がらない。これは、選んだ選択肢が希望どおりに反映された証左かもしれない。
と、同時に、千里たちの選んだ結果が自分たちの回答と被っていないことに、どこか安堵している。千里にはどうして負けたくないと思いながらも、一回戦のように千里によってペースを乱されるような気がしていた優梨は、同じフィールドでなるべく戦いたくないという、自分の中で
「続きまして、一回戦二位通過の東京都代表、叡成高校チームは……、おっと! 『元素』、『世界の国々』、『平方数』! なんと! 一位通過の蘇芳薬科大附属高校チームとすべて同じです!」
会場が
ここで不人気そうなジャンルを敢えて選んだ戦略の賢さが、早くも明らかとなったのだ。
しかしまだ喜ぶのは早い。自分たちが結果的にどのジャンルに割り振られるのかは聞いていないのだから。
『元素』と『平方数』は、上位九チームのジャンルが発表されるうちにすべて埋まってしまった。これらのジャンルは、高校で習う範囲で自然と身に付きやすく、特に理系に在籍する者にとっては身近なものだ。アンケートの趣旨を読み、戦略を考えることなく、ただ漠然と得意ジャンルを選ぶのであれば、優梨自身、『元素』と『平方数』を選んでいたことだろう。
なお、それ以外のジャンルでは、比較的『世界の国々』が人気のようである。このジャンルは一位から三位通過のチームがすべて選んでいる。一方で『小倉百人一首』、『アメリカ大統領』は不人気だ。この二つは『元素』と異なり、そのものの一覧で勉強することが少ないからかもしれない。
そしてついに我らが滄洋女子高校複合チームの選んだジャンルが発表されようとしている。ちなみに十位通過となる銅海高校チームは『内閣総理大臣』、『世界の国々』、『新幹線』となっている。
十四位通過までジャンルが発表され、まだ滄洋女子高校複合チームの選んだ三つのジャンル『百人一首』、『アメリカ大統領』、『星座』については、どれも枠が塞がっていない。やはり不人気のジャンルだったのだろう。『星座』だけは五チーム埋まっており、言わばリーチの状態だ。一方で発表されたチームの中では、選んだジャンルが運悪く一つも反映されていないところもあるようだ。日比野の提案した、不人気のジャンルを選ぶという戦略は正しかったと言えよう。
「一回戦、最後に通過した三重県代表、本田工業高専チームは、『内閣総理大臣』、『小倉百人一首』……」
さあ来い。優梨は心の中で呟いた。自分たちの希望がすべて通るために。
「……『星座』です!」
優梨は思わず歯噛みした。これで『星座』がすべて埋まってしまったことになる。
「マジかぁ。いけると思ったんだけどなぁ」と頭を掻いて悔しがったのは影浦だ。影浦もどのジャンルに余りがあるのか、頭の中でカウントしていたらしい。
「まぁしょうがない。これでも三つのうち二つは生きてるんだから」と言って、優梨は頭を切り替えようとした。
「続いて、一回戦は惜しくも通過はなりませんでしたが、敗者復活戦では見事な戦いで二回戦進出を決めた、愛知県代表、滄洋女子高校複合チームは、『小倉百人一首』、『アメリカ大統領』……」
『星座』の可能性がなくなってしまい、どのジャンルが選ばれるのか。
「……『世界の国々』です!」
「マジか……」優梨は思わず顔を
「出てくるかな? あの子」陽花も気付いたようだ。千里のチームと戦うことになることを。
優梨は思わず視線を感じたような気がして、顔を上げた。するとそこには、桃原千里の美しくも鋭い眼差しがこちらを射貫くように向けられていた。
「そんなに意識しない方が良いと思うよ」と、優梨たちの意識を制したのは影浦だ。
「えっ?」
「桃原さんだろ? 僕もあの子のこと知ってるんだ。同時に、優梨たちがあの子に特別な感情を抱いていることも、何となく察しがついてるよ」
そう言えば、桃原千里が予備校『千種進学ゼミナール』に在籍していたころ、止社高校に通っていたと自己紹介のときに言っていたことを思い出した。そして、影浦と風岡は止社高校ではないか。短い期間とはいえ、同じ高校の同級生だったのである。
「ああっ!」今度は陽花が大きな声を上げた。その声の大きさに優梨は驚いた。陽花も何かに気が付いたのだろうか。「『ヒサシ』って?」
「うん?」風岡は疑問形で反応を示した。
「あのとき、日比野くんの携帯にあった、あの『ヒサシ』って、
「そうだよ」日比野は小さな声で肯定した。
「うっそぉ!」再び大きな声でおどろく陽花。
「日比野くんの携帯? 何のことだよ?」風岡は意味がよく分かっていないようだ。
「も、桃原さんの飛び……」
「シーッ! だ、ダメだよ!」慌てたように、静粛を促すのは影浦だ。驚きのあまり勢い余って口を滑らせそうになった陽花を間一髪のところで制す。ここはテレビカメラまで回っているスタジオだ。高校生の発言とはいえ、不用意な発言は、千里だけでなく優梨たちの周りにも影響が飛び火しかねない。
「……ごめん」
「というわけで、俺の携帯であのとき会話したのは、河原さんと
つまり、桃原千里の飛び降り自殺未遂事件を救ったのは、風岡たちということになる。あの現場には複数の男子生徒がいたと記憶している。一連のやり取りから、その中に影浦も含まれていたことも推察できる。すごく偶然だ、と優梨自身驚きを禁じ得ないが、残念ながら今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
『小倉百人一首』、『アメリカ大統領』、『世界の国々』の三つのジャンルでどのように戦っていくのか。これから発表されるだろうルールから方略を組み立てていかないといかない。
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