第三章 孑然(ケツゼン)  3 日比野

「よぉ、五郎」日比野の名前を呼ぶ者がいた。こんな呼び方をしてくる人間はここには一人しかいない。

「何だ?」案の定、そこには日比野と同じく銅海高校ながら、別チームとしてエントリーしている平野だ。彼らのチームも二回戦に進出している。

「おたくの天才ブレインさんたちは何を選んだんだ?」

「おちょくってるようにしか聞こえんな。滄女うちらは敗者復活で首の皮一枚繋がったチームだぞ」

「ご謙遜を。俺は一回戦を突破するよりも敗者復活戦を突破する方が難しいと思うぜ」

 からかっているようにしか思えない平野の表情は、いささしゃくだが、こんなところで口論しても仕方がない。

「まぁ、褒め言葉として受け取っとくよ。ありがとな。で、何でそんなこと聞くんだ?」

「どういたしまして。なに、選択肢を選ぶだけなのに、滄女の皆さんは、どえらい長々と話し合ってたじゃないか。ただ感心してなぁ、気になってるんだがな。どれを選んだのかをな」

「そっか。じゃあ、知りたいのなら、そっちから教えてもらいたいもんだ」

 日比野は一切表情を変えることなく、冷徹に答えた。

「ああ。ええよ。俺らは、『内閣総理大臣』と『元素』と『新幹線』だ。そちらは?」

 平野は余程自信があるのか、教えても影響ないと考えているのか、あっさりと教えてくれた。確かに、アンケートを提出してしまった以上、もうこちらにはなす術はないような気もしている。

 同時に、やはり、新幹線を選んできたか、と思った。平野は地理を選択しているが、鉄道にも詳しかったはず。平野は賢い。選択肢が被っていないことにまず安堵する。

「俺らは、『百人一首』、『アメリカ大統領』、『星座』だ」

「ほう? なかなか面白い選択肢だな。こいつは選ぶのに勇気がいるぞ。さすがだな」

「もし、このアンケート結果が後々に影響するなら、慎重に考えないといけないと思ってね」

「なるほど? このアンケートから運営側の趣旨をお考えのようで?」

「まぁ、いろいろとな」

「どう考えたんだ?」平野はどこかわざとらしい。ニヤリと笑っているところからして、彼らも何かしらの意図を探っていたに違いない。

 日比野は、先ほどチーム内での協議の概要を話した。アンケートを提出する前なら手の内を明かすような真似なので、そんな情報を流せないが、もう終わったことだ。良いだろうか。それよりも平野は何か情報を持っているだろうか。

「そっか。さすが滄女だ。よく考えてる。でもゲームの内容については、俺らは違うと思ってる」

 平野ら、銅海高校チームの読みは違うらしい。

「どう違うんだ?」日比野はすかさず問うた。

「途中までは、お前さんと一緒だ。九つのジャンルに六チームあてがわれる。一回戦で一位通過したチームから、希望のジャンルが採用され、下位で通過したところは残り物──」

「だから、違うところは?」

「ああ。違うのはクイズの内容だ。各ジャンルからお題に沿った解答を答えていく。いわゆる古今東西ゲームってやつだろう? でも、そんな単純ではないと俺らは思っとる」

 平野はそう言いながら、態度はあくまで断定的だ。こういう場合の平野の発言は、正しくなかったためしがない。少し嫌な予感がした。平野は続ける。

「いちばん多く列挙できたチームが勝つ方式なら、内閣総理大臣の(97)ってのがおかしいんだ。今の第三次安倍あべ内閣は九十七代内閣だが、九十、九十六代もやってる。だから経験した人の数じゃないんだよ……」

「た、確かにそうだな。では解答させるのは……」

「順番を答えさせるんじゃないか?」

「順番?」

「そう。古今東西でもただの古今東西じゃない。順番通り答えさせるんだよ、きっと。例えば、総理大臣を歴代順に答えよ、とか……な? 分からんけど」

「では、他にも世界の国々とかあるじゃないか。順番って……?」

「それは分からねえ。面積順かもしれないし、人口順かもしれないし、GDP順かもしれない」

「それは、かなり手厳しいな」

 平野の説明は一理あるが、もし本当に面積順などでソートさせるのなら、相当厳しい。日比野も正直上位十か国くらいしか自信が持てない。

「渋い顔してんな。まぁ、五郎のチームにとって厳しい戦いになるってことは、他のチームはきっともっと苦戦を強いられるってことだ。条件はあまり変わらねえ。だから内閣総理大臣とか元素とか順番が、割と読めそうなものをチョイスしたさ」

「なるほど。さすがは平野だ」

「とにかくお互い厳しい戦いになるだろうが、頑張ろうぜ。銅海高校どうし決勝に進みたいからさ」

「そうだな。お互い善戦したいもんだ」

「健闘を祈ろう」

 そう言って平野は去って行った。

 平野は終始どこか不敵な笑みを見せていたが、この情報提供は善意として捉えておこうか。しかし、敵に塩を送ったとしても彼らには勝算があるのだろう。上位通過チームならではの、心の余裕かもしれない。それか、単に一緒に二回戦を突破しようという友情なのか、日比野にはよく分からなかった。

 さて、どう戦おうか。頭を抱える。

 平野の情報は悔しいが確からしい。理に適っているのだ。

 次の試合まで少し時間があるものの、さすがにこんな短時間にどうこうできるものではない。

 少しでも、それを想定した対策を練るのが吉か、わる足掻あがきなどせず天命尽くして人事を待つのが吉か。

 しかし、情報の共有だけはしようと思う。


 楽屋は一回戦と異なり、何と各チームごとに割り当てられていた。『滄洋女子高校複合チーム様』と丁寧に書かれている。

 ノックして入ると、優梨が音頭を取りながら、二回戦を想定した古今東西ゲームを行っていた。

「五郎ちゃん、お帰り。どこ行ってたんだ?」と風岡が問いかけてくる。

「ああ、ちょっと他チームから情報を仕入れてきたんだ……。二回戦だが、もっとハイレベルな知識が問われるかもしれん」

「えっ?」その言葉に他の四名は顔を強張らせた。

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