第三章 孑然(ケツゼン) 2 優梨
「どういうこと?」
「俺にも全然分からん」
陽花と風岡は目を丸くしている。分かっていない様子だが、無理もないと思う。影浦の推測は、短時間ではなかなかぱっと思い付くものではないと思う。優梨自身、影浦のヒントとなる発言でようやく気付いた。
影浦は静かに説明する。まるで他のチームに聞かれないよう注意を払うかのように。
「そう。一回戦では十五チーム選ばれて、早抜けしたチームから順位が付くとする。そして敗者復活戦でも順位が付く。僕の仮定では、一回戦でトップ通過した桃原さんのチームを一位、叡成高校を二位、と順位付けして、敗者復活戦の一位通過の僕らが十六位。秋田県が十七位。そして、最後に通過した宮崎県が十八位で、二回戦に進出したチームでは最下位と考える。この順位は、上から順番に自分たちの希望するジャンルが反映されていくシステムじゃないか、と思うんだ。当然、人気のジャンルと不人気のジャンルが出てくるけど、上位通過の方がその希望が通りやすくなる。下位通過は不人気でみんなが苦手とするフィールドで戦いを強いられる」
優梨の考えと一緒だ。
「そっか。それで十八チーム中の十六位ってことで、残り物ってか」と風岡は感心している様子を見せている。親友の優梨の着眼点は相変わらず素晴らしいと思う。と同時に申し訳なさそうに言ったのは、きっと侃々諤々の議論虚しく、自分たちは残り物を
「残り物には福があるって言うじゃないか!」と皆を励ます風岡は、あくまで二度の敗者復活戦を切り抜けた快進撃を信じている様子だ。もちろん優梨自身そう信じたい気持ちは山々である。
「でもな」日比野が一呼吸置いて切り出した「宮崎県を除く十七チームが三つずつ選択肢を選ぶとすれば単純に17×3で五十一個の回答が寄せられる。そして向こうが用意している枠はそれに宮崎県分を足した五十四と考えるのが妥当だ。なぜなら一位から希望するジャンルが反映されていくシステムで、十八位のチームには選択権が与えられないからだ」
「ん? 何を言おうとしてるの?」陽花は頭の中が整理しきれていないようだ。一方の日比野は影浦同様気付いていたようだ。
「向こうが用意している選択肢は九つだ。つまり──」
「54÷9=6」と影浦は静かに言った。
「そうだ。九つのジャンルに六チームずつ割り振られ、六チームで対抗するゲーム形式じゃないか」
「なるほどね! ということは、五人をさらに三グループに分けて、二人、二人、一人に分かれて戦うとか?」陽花はそう予想してみせた。
「分からん。五人全員で三回戦うかもしれん。ただ、うちらは十六位通過だから、一位から希望するジャンルを当てはめていったとき、54−15×3で最大九つの選択肢が残されているんだ。だから残り物でない可能性だってある。自信のあるジャンルは積極的に選んだ方が良いと思っている」
「なるほど」思わず陽花は声を出して納得した。日比野の説明は理路整然としている。
「では、どの選択肢で行こうか」影浦がここで仕切り直す。
「二人、二人、一人に分かれて戦う可能性も考えて、一人が三つ選ぶのはやめよう」と、優梨は提案した。
「じゃあ順番に挙げていこう。河原さんはどうかな?」影浦が陽花に問う。
「そ、そうね……。元素の周期表、平方数はある程度いけると思う。極めてるかと聞かれるとそこまで自信はないけど……。あとミリオンセラーは任せて! 音楽はよく聴いてるんだ!」
周期表と平方数は、理系選択である陽花にとってはもともと知識の土台がある。ただ、そんな出場選手はここにはごろごろいるだろう。ちなみにカラオケ好きな陽花はヒットチャートにも
「じゃあ、日比野くんは?」
「元素の周期表は大丈夫だ。世界の国も大丈夫だ。国旗と首都ごと暗記した。星座も押さえておいた。逆に百人一首はさっぱりだ」
「ありがとう!」影浦はアンケートに集計結果を取るように書き込んでいる。
「お、おー、俺は、最初に断っておくけど、この中で完璧なジャンルはない。悪いけど」風岡は貢献できないと思ったのか、聞かれてもないのに先に弱気な発言をする。いや、歴史は勉強していたではないか。
「え、でも、
「でも、かなり怪しいぜ。完成度が低い」
「オッケー、分かったよ」と言って影浦はメモを取ったあと、再び切り出す。「僕は、百人一首は完璧です。逆に新幹線とか、ミリオンセラーは全然ダメ」
影浦は児童養護施設で育っている。娯楽の限られた環境ではテレビやインターネット、あるいは雑誌に触れ合う機会もないだろう。邦楽に精通していないのは、ある意味仕方がないことだと思う。新幹線は確か、今回上京したときにはじめて乗ったとか言っていたか。
「最後は大城さんだね」と日比野が言う。
「私は、一応たぶん全ジャンルある程度カバーできると思う」
「さすが優梨だわ。スーパーサイヤ人!」
「スーパーサイヤ人って!」
突拍子もない比喩表現で思わず吹き出してしまった。しかも今の会話、ばっちりマイクとカメラに収められているようだし。
「へへへ。テレビだもん。たまには面白いこと言わなきゃ」
この女。分かっていて発言したのか。
「ということで、何を選ぼうか?」日比野が皆に問いかける。
「大城が全部いけるなら、何選んでも良いんじゃないか?」と言うのは風岡だが、それは違うと思った。
「だから、二人、二人、一人に分かれて戦う可能性もあるって言ったでしょ?」優梨の思いを代弁するかのように陽花はすかさず指摘する。
「あ、そっか!」風岡は頭を掻いている。元来おっちょこちょいな男なのだ。
「皆に選ばれなさそうな不人気なジャンルは希望が通る可能性があるな」
日比野の発言はチームメイトの認識を統一、整理するかのようだ。
「そうだな。どのジャンルが不人気かな?」
「星座、百人一首、アメリカの大統領……、あたりかな?」風岡の問いかけに、優梨はやや自信なさげながらも列挙した。
「新幹線は?」影浦が付け足すように提案した。
「いや、こういうのに出場している特に男子は、鉄道マニア多いよ」
日比野は否定する。銅海高校にはそういう人が多いのだろうか。偏見かもしれないが、優梨もそんな気がする。
「じゃあ、僕が得意な百人一首、風岡くんが得意なアメリカ大統領、日比野くんが得意な星座でいいんじゃない?」
影浦はなぜかニコニコと笑いながら提案する。優梨は驚いた。ときに影浦という男は、大胆な作戦をさらっと言ってのける、と思う。
一生懸命勉強し、短期間で目覚ましく成績を上げながらも、影浦たちが優秀すぎて、風岡はまだそのレベルには程遠い、という認識はどうしてもある。そのことは自他ともに認めるチームの共通認識だと思っていたが。
「ちょ、ま、待て待て。何で俺、しっかり戦力になってるんだ?」風岡は慌てて待ったをかけている。
「でも歴史は勉強してきたんでしょ? 近代史含めて」影浦は相変わらず笑顔だ。からかっているのか分からないほどだ。
「まあ、そうだけど。でも結構忘れてるかもしれんぞ」
「じゃあ、在任して一か月で亡くなってしまった大統領は?」
「えっと、ハ、ハリソンだったかな?」風岡はおそるおそる答える。
「おー!」優梨は讃えた。ばっちり覚えているではないか。
「正解だね。第九代大統領のウィリアム・ハリソン」と風岡は軽く拍手する。
「すごい! アタシ分からんかった」と、陽花も褒めた。
「いけるんじゃない?」影浦は優梨に提案する。
「だから、まぐれだってー!」風岡は相変わらずどこか弱腰だ。
結局、チーム内の協議の末、『百人一首』、『アメリカ大統領』、『星座』を選択した。敢えて他のチームが選ばなさそうなもの、として選んだ三つだ。この三つを選んだチームは他にはなかなかあるまい。
影浦の提案は奇抜で、優梨自身異を唱えたい気持ちもあったが、影浦のアイディアは先の敗者復活戦でもチームを窮地で救ってきたと言える。だから、この際信じたいと思う。
それでも風岡だけは、「やめてくれよー」とか「答えられなくても責めないでくれよ」とか、弱音を吐いているが。
どんな問題形式か分からないし、風岡個人の力量に委ねられるのか、そもそも選んだ選択肢が採用されるかも分からない。ただ、風岡、そしてこのチーム全体の力と結束力を信じたいと思う。
ここは屋外だ。アンケートを提出したあとスタジオに向かう。
しかし、日比野だけは誰かに呼び止められたようだ。
「悪い、先行っていてくれ」
声をかけられたのはスタッフではなく、参加者の一人のようだ。それも銅海高校チームらしい。敗者復活戦の様子を見に来ていたのだろうか。
何だろうか、と優梨は思いながらも、用意されたスタジオへと向かった。
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