第三章 孑然(ケツゼン)

第三章 孑然(ケツゼン)  1 優梨

「何はともあれ、良かった、良かった。命拾いと言ったら変だけど、運にも見放されずに二回戦まで来れたよ」

「だってさ、優梨のことをライバルだと思っている桃原ももはらさんがいるんだよ。こんなとこで負けるなんてうちのプライドが許さないよ!」

 感情を表に出さない日比野にしては珍しく安堵の言葉を口にすると、すかさず陽花が反論した。本名は『桃原とうばる』ということらしいのに、陽花もそれまでの慣習からか『桃原ももはらさん』と呼んでしまっている。

「とにかく、命からがら生き残ってるよ。うちのチームはそういう運があるのかな? 三校の寄せ集めだけど、チームワークは引けを取らないんだから。次のクイズがどんな問題なのか分からないけどベスト尽くそう!」

 ようやく調子が戻ってきた優梨はチームリーダーらしく皆に呼びかける。勢いそのままに二回戦も勝ち抜きたい。

 昨年まで一チーム三人制の大会が、今年から五人制になったのだ。クイズの内容もこれまでのものと違うだろうし、そういう意味では、常連のチームも初見の問題ということで、スタートラインは同じであるはずだ。むしろ、大人数化したことでチームワークが試される企画なら、これはこのチームにとってアドバンテージだろう。


 そのときだった。

「優梨! 番組のスタッフさんから、何か案内があるみたいだよ」

「えっ?」

 影浦の呼びかけに慌てて優梨は振り向く。赤い服を着た若い男性がそこに立っている。

「あ、お疲れ様です。番組スタッフです。滄洋女子複合のリーダーさんですね。二回戦進出おめでとうございます」

「あっ、ど、どうも」

 優梨自身、あまりこういう場には慣れていない。どもりながら応対する。

「次の二回戦なんですけど、今度は八階の第六スタジオに移ってやります。でもその前にアンケートがあります。二回戦進出のチームに書いて頂いていますので、よろしくお願いします。書きましたら、この赤い服を着た僕たちスタッフに声かけてください。回収します。そのあと楽屋に行って下さい。そして、一時間後までに第六スタジオにお集まり頂きます。開始十分前までにはスタジオ入りしてもらいますので、お願いします」

「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」

 渡されたアンケートは丁寧にクリップバインダーに留められている。クリップバインダーには、滄洋女子複合というラベルシールが貼られている。

「何だい、これは?」日比野が身体を乗り出す。

「どうやら無記名のアンケートじゃないみたい。しかも二回戦進出のチームが対象だから、二回戦の内容に直結するかもね」と、影浦は分析している。

「中身は?」風岡自身も気になって仕方がなかった。

 優梨はクリップバインダーを開く。アンケートはA4サイズ一枚のシンプルなもののようだ。


 そこにはゴシック体の文字で比較的大きく書かれていた。『次の中から得意なジャンルを選んで下さい』と記されている。

 気付くと、チームの会話を聞き取らんとばかりに、カメラや音声のスタッフが待機している。

「得意なジャンル?」陽花がいぶかしげに問う。

「たぶんこれ、次のゲームの事前調査だよ。適当に回答してはいけなさそうだね」

 優梨は質問の意図を予測して答えた。ただのアンケートのわけがない。


 そこには、九つの選択肢があった。

 ・元素(118)

 ・世界の国々(196)

 ・内閣総理大臣(97)

 ・星座(88)

 ・平方数(∞)

 ・小倉百人一首(100)

 ・新幹線(71)

 ・アメリカの大統領(45)

 ・邦楽のミリオンセラー(248)


「何これ? やけに限定的だな」と風岡は声を出した。

 同感だ。得意なジャンルと言う割にやけに選択肢が具体的である。

「ホントだ。得意なジャンルっていうから、もっと代数とか物理とか世界史とか。そんなんじゃないかと思ったけど」陽花も同感のようだ。

「でもそれなら、どっちかというと『科目』だよね」そう言ったのは影浦だ。

「これでますますアンケート結果が、次のゲームに絡んできそうだな。たぶん、選んだジャンルをお題にして競わせるんじゃないかな」日比野は静かに言う。そして優梨もそう考えている。これは極めて慎重な回答が求められる。


「括弧の数字は何なんだ?」

 風岡の問いにすかさず、「個数だね」と優梨が答える。

 星座は八十八個、日本が国家承認している国は日本を入れて百九十六個あることは知っている。元素の百十八個も化学選択の優梨にとっては常識的だ。百人一首は言うまでもない。間違いなくそのものが指す数を示している。

 一方でよく分からないものもある。

「新幹線の七十一って何だろう?」

 何かの個数だろうが、パッと思い付くものがない。

「分からん。でもここに敢えて数字を入れ込んでいるのは、何かしらの意図があると思って間違いないだろうな」日比野は静かに答えた。


「さあ、どうだろうね。数字が大きいのが有利か、はたまた不利か──」影浦はアンケートの真意に切り込もうとしている。

「たぶんだけど、これ全部答えさせる問題とか?」陽花が予想する。

「なるほど、あるかもね!」と、手を叩いて風岡は同調した。

 しかし、おかしいものもある。

「でも、平方数の∞(無限)っていうのもあるよ?」優梨は反論した。

「じゃあ──」今度は影浦だ。「いちばん多く列挙できたチームが勝つ方式とか」

 やはり影浦はなかなか鋭い。確かにその可能性もあり得ると思ったが、今度は日比野が口を開く。

「それなら、敢えて数字を括弧書きで示す必要はあまりなくないか?」

 たった、これだけのアンケートに、チーム全員が侃々諤々かんかんがくがくの議論を交わしている。こういう些細な疑問に対してとことん追究する姿勢。それが自分たちの強さの所以ゆえんかもしれない。


「水を差すようでごめん。一個すごく気になっていることがあって──」

 影浦がどことなく申し訳なさげに言う。

「えっ、何? 瑛くん」

「あの、さっきの糸電話の試合で三位通過した宮崎県の代表チームだけど、アンケートが渡されていないの?」

 そう言う影浦が指差す方向に、先ほどの敗者復活戦で三枚ある切符の最後の一枚を手中に収めた宮崎県代表の清鵬館宮崎せいほうかんみやざき高校チームの五人がいた。

「もう、回答を提出したんじゃない?」と陽花が異議を唱える。

 しかしながら、

「いや、あの人たちは渡されてないよ。むしろ『自分たちの分は?』ってスタッフに聞いてたようだけど、アンケートはないとの返答をもらってるみたいだった」と影浦が答える。

「なるほど。でも敗者復活の二位通過の秋田県代表はアンケートを手に持ってるな」と、日比野は言う。

 

 優梨はアンケートの真意を探りながらも、他校の動向を観察していた影浦に改めて感服した。しかし、それが意図するところは一体何なのか。

 敗者復活戦の三位通過ということに意味があるのか。

「二回戦に進むのは何チームある?」

 再び影浦が口を開いた。

 一回戦で勝ち抜いたのは十五チーム、敗者復活戦で復活したのが、自分たちを含めて三チームあるので十八だ。

「十八チームね」優梨が答えた。

「十八チーム、選択肢は九個、選択するのは三つか。どれも三の倍数だね」

 影浦は独り言のようにつぶやく。確かに三の倍数だが、意味があるのだろうか。


「ひょっとして、多数決を取って、人気の高かったジャンルが次のお題になるんじゃない?」と、言ったのは陽花だ。でも優梨は違うと思った。

「それじゃ、宮崎県のチームにアンケート用紙が配られていないのが、説明つかないよ」

「そ、そうだね……」陽花は少ししょた。


「3×17=51、3×18=54……、54÷9=6……」

 影浦はまだぶつぶつ呟いている。すると影浦が手を叩きながら言った。

「ひょっとして……!」

「ひょっとして……?」

 風岡はおう返しで影浦の気付いたアンケートの意図に迫った。

「単刀直入に言うと、僕らのチームは、残り物から選ばされる可能性が高い、ということだね」

 影浦はきっぱりと言った。

 そのとき少し遅れて、優梨も影浦の言わんとすることについて想像がついた。それは、二回戦に進んだはずの宮崎県のチームにはアンケートがなされなかった理由についても、すべて説明のつくものだった。

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