第二章 結集(ケッシュウ)  12 優梨

「では取りあえず一問目から!」優梨は指揮をとる。

 優梨の号令は、『ANSWERエリア』の日比野と影浦、それから、優梨の糸電話の話し相手となる『YESエリア』の陽花には伝わるが、『NOエリア』の風岡は影浦の話し相手であり、直接は伝わらない。

「陽花! 一問目からおねがい!」優梨は紙コップの受話器に口を当てた。

『ラジャー!』陽花の声は糸電話越しではあったが比較的鮮明に伝わった。


「うんうん、『ある』のヒントは、キング、ジャック、ソックス……」優梨は陽花の声をリピートして確認をとる。

「『なし』のほうは、クイーン、ベティ、タイツ……」影浦も遅れないようヒントを声に出す。

「おっと、待ってくれよ!?」あまりにも早いヒントに、日比野はメモが追いつかない様子だ。

 ある:『キング』、『ジャック』、『ソックス』、『ジーン』、『ドン』

 なし:『クイーン』、『ベティ』、『タイツ』、『ゲノム』、『ボス』

 ヒントはそれぞれ五つずつのようで、それぞれ出揃った。

「分かった。『ある』のほうは頭に『ハイ』がつく!」優梨は出揃ったとほぼ同時に閃いた。

「なるほど!」影浦と日比野はユニゾンのごとく同時に声を発した。日比野は慌てて解答ボードに答えを書いていく。影浦は既に、風岡に「次、二問目に言ってね」と指示を出していた。優梨も慌てて陽花に指示を出す。「二問目おねがいね、陽花」

『おっ、早い、早い! オッケー! 順調だね!』


 二問目のヒントが出揃う。

 ある:『シュート』、『ボラ』、『ダイス』、『サイト』、『メーター』

 なし:『アタック』、『ブリ』、『サイコロ』、『ページ』、『ハカリ』

 またもや優梨は、「頭に『パラ』!」と、すかさず言う。と同時に、日比野が「そうだな。さすがだ」とうなずいている。

 この手の問題は、優梨はとりわけ得意としている。糸電話は珍しい企画と思うが、あるなしクイズは珍しくない。往年の人気クイズ番組の動画をチェックしたときにも、同様のコーナーがあったのを確認していて、ほぼ確実に解答している。直感あるいは閃きは優梨の十八番にして、最大の武器だと思っている。この恵まれた天稟てんぴんは、幾度となく紙上の難題を正答へと導いてきた。先生や友人からも賛辞を贈られ、例えば叡成高校の天明にも引けを取らないだろうと自負している。


 一分間で二問正解。糸電話を作り始めてからもまだ六分程度しか経過していない。

 他のチームを見ていると、ようやく糸電話が出来あがったかように見える。優梨たちとは異なり、三人用の糸電話を作っているチームも少なくないように見える。

 

 その後も順調に解答を進める。ほとんど優梨が答えている。遅ればせながら、本来の調子を取り戻せているかもしれない。


 あるなしクイズは、『ある』のキーワードに共通の接頭辞や接尾辞がつくパターンが多い。しかし、たまにイレギュラーな難問も入っていて、どうしても共通な文字が思い付かないものもあった。三十秒考えて分からないものは、優梨と影浦はその問題について考えるのをやめて、日比野に託す。優梨と影浦は次の問題のヒントを要求する。といった流れを作っていた。また、たまに『あり』のヒントのみから、陽花が解答を寄越よこしてくれることもあった。良い連携である。


 しかしながら、ここは臨海公園。海を臨むこの場所の風は時折強く、ヒントの伝達を妨げる。

「ごめん、何? もう一回言って!」

 陽花の声をもってしても、聞き返すこともあった。糸が少しでもたるむと、声は著しく伝わりにくくなる。音を伝えるコツは、ピンとまっすぐ糸を張らせることなのだ。


 当初は、風も穏やかで聞こえやすく順調に進んでいたが、だんだん強風になり、解答スピードが落ちる。他のチームでも同じ条件のはずだが、それでもヒントを聞き取るだけで一分くらい要すると、焦りが見えてくる。


「ごめん、聞こえないよ! もう少し糸が張れる?」

 優梨が要求を伝えると、陽花が強く引っ張ったのだろう。優梨の耳につけていた紙コップから糸が外れてしまった。しかも強風に煽られて、糸の切れ端はあっという間に遥か彼方へたなびいていく。

「しまった!」優梨が声を上げると、日比野は反射的に取りに行こうとするが、これは早計だ。

「待って!」すぐに影浦は制止する。「風岡くんに行ってもらおう。河原さんのもとに」

「『なし』のヒントはどうするんだ?」日比野からの当然の問いに、想定していたかのように、影浦は「『なし』のヒントは必要かな?」と言下に問う。つまり不要であることを訴えた。

「確かに要らないかも。『あり』だけで充分」と優梨は賛同した。ルール上、誰もいないエリアができても良いわけだし、途中でエリアを変わる人がいても良いのだ。

「『なし』は捨てよう。風岡くんに河原さんのもとに行ってもらって、受話器を交換してもらう。ヒントの書き取りは僕がやって、日比野くんは解答に専念してもらおう!」

「わかった」

 影浦と日比野。最初は赤の他人だったこの二人も、英才の持ち主という共通点で、うんの呼吸が見え始めている。説明は必要最低限で充分だ。このメンバーなら、『あり』のヒントだけで充分答えを導くことが可能だと判断されるから、時間をかけてまでして糸電話の糸の断端を回収し修理するだけの価値は、即座に『なし』のヒントを捨てて対応することよりも低いと判断されたのだ。


 優梨は残された糸電話で陽花に留まるようジェスチャーを駆使して指示し、一方で影浦は風岡に『あり』のヒントのポイントまで糸電話のコップを持って走らせた。

 『あり』のポイントでは、キーワードパネルを風岡が陽花に効率よく提示した。考えてみれば、糸電話が二つあるということは両手が塞がっているわけで、もう一人がヒントを提供することで効率化が図れた。また解答者のポイントでも、ヒントの書き取りをひたすら行うことで、日比野が施行している間も、次の問いのヒントを聞き取ることが出来る。強風に手こずりながらも却って効率は増したかもしれない。


 夢中になっている時は、得てしてあっという間に時間が過ぎていくものだ。二十分があっという間に過ぎ、終了のアナウンスが流れる。

「何問答えた?」優梨が問う。

「えっと、一、二……、……二十七問か」

「すごい! 一分一問以上!?」と珍しく影浦は昂揚する。

「いや、全部当たっているか分からないぞ」日比野は喜ぶ影浦を制したが、ざっと見た感じどれも納得の行くもので、正解しているように思われる。


 では、敗者復活の全チームの採点が終わりました、とアナウンスされる。実は優梨たちは、三回に分けられた敗者復活戦の最後のグループだったことに気付く。

 そして、いつの間にか採点されていたことに驚いたが、よくよく見ると、各チーム解答パネルの上にひっそりとカメラが設置されていたのだ。


 そして、同じくいつの間にか、解答者のブースに戻ってきた陽花と風岡。陽花は「手応えあったんじゃない?」と意気込んでいた。


「勝ち抜けチームを、正解数の多い順から発表します!」

 優梨と陽花は両手を身体の前で組んだ。優梨も手応えを感じていたが、どうしても祈らずにはいられなかった。

「敗者復活戦第一位は──!?」

 優梨は息をごくりと呑む。

「二十七問正解! 愛知県代表、滄洋女子高校複合チーム!」

「よっしゃー!」

「やったー!」風岡も陽花も満面の笑みで讃え合っている。あまり笑わない日比野もガッツポーズしている。

 勝利を確信していたとはいえ、やはり嬉しい。影浦の功績である。恋人の栄誉を称讃すべくハイタッチを試みるが、興奮した風岡に身体を叩かれていた。サヨナラホームランを打ちホームインした後の選手のように。

「すごいぜ、ヒーローだよ! お前は!」

「ちょっと、風岡くん! 痛いって!」

 本当は人目をはばからず、恋人と喜びを分かち合いたいが、テレビ放映される可能性がある以上、なかなかそういうわけにもいくまい。しかも決勝ではなく、敗者復活戦というのも、ちょっと体裁が悪い。


「断トツの点数。実に二位以降のチームと五問以上の差をつけてのトップ通過です! お見事!」

 三塩アナウンサーにも称讃された。

 終わってみると理想的な形で敗者復活戦を勝ち抜くことができたが、心のどこかで懸念はあった。

 初戦の早押しクイズで、千里の攪乱作戦で、精緻な針がわずかに狂わされた。しかし、このプレッシャーの中、コンマ数秒単位で競う早押しでは、そのわずかな狂いが命取りになった。針の狂いを修正しようとすればするほど、今度は焦りを引き連れて、今度は反対方向に針が狂う。その悪循環に呑まれ、健闘虚しく敗れたのだ。


 ひょっとしてその悪しきスパイラルをったままだったらどうしようと思い悩んでいたが、風岡や陽花の励ましで、本来のチームの調子を取り戻した、と言えよう。

 仲の悪いチームなら、反省会と称した犯人探しをし始めるかもしれないが、このチームは違う。

 三校で構成され、チームワークでいえば不利と思われそうな複合チームは、周囲の予想を裏切り、そのパワーを見せつけた。何と言っても、過去に命を懸けて助け合ったメンバーなんだから。


 ちなみに残りの敗者復活戦を勝ち抜いた二チームは、上から秋田県代表の八郎潟はちろうがた高校チーム、それから宮崎県代表の清鵬館宮崎せいほうかんみやざき高校チームであった。


 二回戦突破に優梨は武者震いする。

 そこで待ち受けていたのは、さらなる知力、さらなるチームワーク、そしてさらなる運を要求された、激烈で皮肉なゲームであることはまだ優梨も覚知していなかった。

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