第二章 結集(ケッシュウ)  11 優梨

「良い考え?」

「そう、まず糸電話で三つのエリアを繋ぐんだろう? 五人で分担して効率よく解答するにはどのようなやり方が良いか」 影浦は落ち着き払っている。相当自信があるのか。

「どういうやり方なんだ?」すかさず風岡は問う。

「結論から言うと『ANSWERエリア』には三人配置して、『YESエリア』と『NOエリア』にはそれぞれ一人で良い」

「何でなんだ?」風岡は再び問う。影浦の意図は一体何なのだろうか。

「『YESエリア』と『NOエリア』はパネルを読み上げるだけだから一人ずつで構わない。『ANSWERエリア』は解答を考えてもらうわけだから複数人いた方が良い。もっと言うと『ANSWERエリア』のうち二人は糸電話係で、残る一人はボードに答えを書く係だよ」

 なるほど。確かにそうだ。とりわけこの中では『NOエリア』は重要性は高くなかろう。やはり解答を担当する『ANSWERエリア』を手厚くした方が賢明だ。

 影浦は説明を続ける。

「以上を踏まえると、作る糸電話は四個ですべて二人用のシンプルなもの、つまりコップは八個、糸は四本必要だよ」

「え? どういうことだよ? エリアは三つだから三個で良くないか?」

「『ANSWERエリア』と『YESエリア』、『ANSWERエリア』と『NOエリア』を繋ぐものだけで構わない」

 それを聞いて、優梨は影浦の意図が理解できた。一方で風岡は理解が追いついていない様子だ。

「何で? それじゃ、二つで良いじゃないか。『YESエリア』と『NOエリア』を繋ぐやつは要らんのか?」

「さっきも言ったように、『YESエリア』と『NOエリア』はパネルを読み上げるだけだから一人ずつで構わない。でも喋っているときは相手の声を聞けないので、耳に当てるようと口に当てるようがあった方がベターだと思う。だから二回戦ずつ必要なんだ。『ANSWERエリア』から聞こえた/聞こえないの情報伝達は必要だろうから。そうすると糸電話係は両手が塞がってしまう。一方で『YESエリア』と『NOエリア』を繋ぐメリットはあまりないので、そこは作らなくて良いんだ」影浦は早口で説明する。説明している時間は確かにもったいない。

「オッケー! 瑛くん! 理解した。じゃあ材料を選びに行こう。選びながら各エリアの担当も考えよう」

 そう言いながら、優梨の中で役割分担は決まっていた。

 『YESエリア』と『NOエリア』には、キーワードを的確に伝えられる声の持ち主が良い。『YESエリア』には陽花、『NOエリア』には風岡が良かろう。その他三名は『ANSWERエリア』として解答を考える。『ANSWERエリア』の受話担当は優梨と影浦でどうだろうか。最終的に問題を解いてホワイトボードに書くのは、日比野といったところか。日比野は声が低いので、糸電話だと相手にメッセージが届きにくい気がしている。


 単刀直入に優梨の役割分担案を伝えると、影浦は納得してくれた。しかし、風岡は「俺がキーワード担当? 大丈夫かな?」と言いながら、不安そうな表情を見せる。

「悠はそこしかないの! しっかりキーワードを伝えるのに専念して!」と彼女である陽花に言いくるめられている。

 正直、『なし』のキーワード担当は、頭脳的にはいちばん負担の軽い立ち位置だと思う。もちろん声に出しては言わないが。

 さらには、「ちょっと待った? 解答を考えるのは俺で良いのか?」と、日比野までもが言う。まるで風岡の言葉のリフレインだ。言外に、答えを解くのはリーダーでいちばん優秀な優梨でなくても良いのか、という確認が含まれていた。

 日比野は、一回戦から本来の調子が出し切れていないような気がしている。会場の雰囲気に呑まれているのだろうか。どことなく冴えない表情を見せている。

 この日比野の懸念に対しては、影浦が答える。

「もちろん、僕らも問題の解答を考えるよ。この問題は、『ある』と『なし』のキーワードをいち早く収集するとともに、正確に聞き分けないと始まらない。間違ったメモは煮詰まらせる原因となる。タイムロスは極力避けたいので、効率よく正確にキーワードを伝えなきゃ行けない。つまり、解答者サイドの受話担当はホワイトボードにメモを取らせる人物にキーワードを伝えるんだけど、『ある』と『なし』がごちゃ混ぜにならないように、男女で分けた方が良い」

「なるほど」

 誰がどの役割を担うのかは影浦の考えと一致していたが、その根拠が影浦の方が理路整然としていて、かつ相手を傷付けない配慮が見られる。再び優梨は、影浦の説明に舌を巻く。というか、先ほどから舌を巻き続けている。

 糸電話なんて、小学生の自由研究的なツールを活用させる企画に驚くとともに、そんな離れて久しいツールに対しての的確かつ説得力を持った対処法を、瞬時に提示した恋人、影浦に舌を巻かざるを得なかった。畏怖いふに近いものすら感じている。

「まぁ、『しらとり学園』では、小さい頃しょっちゅう作って遊んでたからね。いろいろ実体験で検証してるんだよ」

 優梨の心を察するかのように、影浦は補足した。


「続いて、材料選びだね」と陽花が次のステップに進もうとしていた。

 糸電話の材料は紙コップ、プラスチックコップ、蓋を取った缶詰などが用意されているが、大きさにもバリエーションがある。さらには糸も種類がいろいろ用意されている。たこ糸、毛糸、エナメル線、バネ、針金など、糸ではない材料まであるようだ。

「どれにするんだ?」風岡は問うた。

「正直あまりこういうのは考えたことがないな……」と優梨は言った。しかし、影浦の答えは意外なものだった。

「実は、音の聞こえやすさは二の次だと思う」

「えっ?」陽花は素頓狂な声を出す。

「僕の経験だけど、シンプルなやつで充分役目を果たしてくれると思うんだ」

 そう言いながら影浦は、あまり迷うことなく無造作にある糸を手に取った。比較的太めのナイロン糸だ。

「このあたりが良いんじゃないかな? 軽くて丈夫な糸が良いと思うんだよね。それと、コップはこれかな……」

 今度は、何の変哲もない紙コップを選んだ。

「こんな普通なのでいいのか?」

「ここは、作るのに時間のかからないものがいいからね」

 確かにそうだ。迷っている暇も丁寧に作っている余裕もない。潔く決定し要領よく作製することが必要だ。

 作る糸電話は四個。すべて二人用だ。

 

 コップと糸以外には、錐やハサミなどの道具も用意されている。

 コップに穴をあけると、陽花と風岡はそれぞれ紙コップを二つずつ持って、さらにナイロン糸の一端を穴から通し、折ったつまようにしっかりくくけた。


「よし。悠、急いで! 行くよ!」

 それらを、それぞれ持って、一気にそれぞれのポイントに向かってダッシュする。正直、糸を五十メートルの長さに測る時間がもったいない。かと言って、長くしすぎると声が聞き取りづらくなると思われる。糸はピンとしっかり張らないといけないのだ。ポイントに到着した時点で、解答者サイドの糸を適度の長さに切り、コップの穴に通し同様に爪楊枝に括り付ける。これで完成だ。


「聞こえる?」「聞こえるかい?」

 こちらにいる解答者サイドの優梨と影浦、キーワードサイドの陽花と風岡が、お互い音のチェックをし合う。しっかり聞き取れるようだ。

 よく見ると、他のチームはまだ材料を選ぶところから相談し合っているようだ。方向性が定まらず討論に発展しているようにも見えるチームもある。どのチームも幾分焦っているのが伝わってくる。

 優梨は、この三校寄せ集めの複合チームの結束力に感心した。

 下準備は万端だ。あとは、キーワードを正確に聞き取り、問題を解答するのに神経を集中させるとしよう。優梨は意気込んだ。

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