第二章 結集(ケッシュウ)  10 優梨

 敗者復活戦は二度目の経験となる。

 一度目は言うまでもなく、愛知県大会の予選だ。


 愛知県大会では、平野率いる銅海高校チームが全国大会行きを決めたが、その後の敗者復活において、我々滄女チームを勝ち抜くことができた。よって愛知県勢は二チーム存在する。

 各都道府県予選大会優勝チーム47チームと敗者復活の13チームを加えた60チームで争う、全国大会一回戦において、優梨たちは惜敗したが、県大会での奇跡を信じれば、この敗者復活戦でも勝ち抜けるはず。狭き門だが、これまでも狭き門を突破してきたのだ。

 敗者復活戦が続く苦しい戦いだが、優梨にとって、知力を競うことへの忌避感はまったくない。むしろ武者震いで闘志がたぎる。一回戦は、千里に調子を狂わされたが、敗者復活戦には千里はいない。そして、収録されるという非日常的な状況にも慣れてきた。いや、意識しないで自然体でいられるような気がしてきた、と言った方が正確か。

 考えてみれば、勝ち抜けば複数日に跨がるという話なので、かなり長時間の収録になるはずだ。実際の放送で使われるのは、ごくごく一部だろう。優梨があれこれ思い悩む必要はないかもしれない。そう考えると気が何だか楽になってきた。


 敗者復活の舞台は、テレビ局からほど近い葛西臨海公園のだだっ広い広場だ。そこを今回のために貸し切っているのだろう。これだけでも費用がかさむはずだ。雨だったら別の会場を用意していたのだろうか。何とも言えないが、テレビ局も異様に気合いが入っている。


 各々のチームが縦横に間隔を取って一斉に並ぶ。

「一回戦で惜しくも勝ち残れなかった君たち。いままで培ってきた結束力を見せたチームには、特別に二回戦に進むチャンスを与えます! いくぞ! 敗者復活戦!」

 三塩アナウンサーの呼びかけに、会場に集まった一回戦敗退チームのメンバーから大歓声が上がる。陽花もきょうせいを上げている。敗者復活戦は、どうやら一回戦以上にチームワークが求められるらしい。

「敗者復活戦を勝ち上がれるチームは、ここにいる45チーム中……、3チームです!」

 どよめきとも歓声ともとれない声が湧き上がる。

 つまり敗者復活戦も入れると、10チームが二回戦に進めることになる。残り三席を45チームで争うのは、一回戦よりも厳しい。

 敗者復活戦による、まだ望みは消えていないというとうくつの精神と、一回戦より狭き門に対する諦念ていねんとが、会場で混ざり合っているようだ。

 優梨は前者だが、果たして他のメンバーはどんな心境であろうか。


「敗者復活戦は、題して『チームの絆は糸で繋げ! リモートあるなしクイズ!』」

「なんじゃそりゃ?」風岡はのっけから頓狂なリアクションを見せている。


「説明します。今から行われるのは『あるなしクイズ』と呼ばれる、『あり』のキーワードに共通点を答えてもらいます。各チームは、『あり』のキーワードを伝えるグループ、『なし』のキーワードを伝えるグループ、答えを書くグループの三つのグループに分かれてもらいます。どのチームに何人充てるかは自由です。ちなみに、途中でグループを移動するのもありですし、誰もいないグループがあっても構いません。『ある』のキーワードを伝えるグループは『YESエリア』に、『なし』のキーワードを伝えるグループは『NOエリア』に、答えを書くグループは『ANSWERエリア』に移動します。『YESエリア』には『あり』のキーワードパネル、『NOエリア』には『なし』のキーワードパネル、そして『ANSWERエリア』には解答を記入するためのホワイトボードとペンが用意されています」

 ぱっと見渡すと、かなり広大なエリアを使うようである。それぞれのエリアは互いに数十メートルは離れているようだ。このポイントを素早く移動させるのであれば体力も求められるかもしれない。

 説明は続く。

「この三つのエリアは互いに五十メートル離れており、大きな正三角形を描いています。それぞれの三エリアを繋ぐコミュニケーションには糸電話を使ってもらいます!」

「ええっ!」と言うのは陽花だ。他チームもざわついている。

「今回のテーマは『チームの絆』です! 君たちはこのご時世、スマートフォンに頼りきりの生活をしていると思います! しかし、ここでは一度スマホも携帯電話もポケベルもない時代に立ち返り、プリミティブなツールで意思疎通を図って絆を深めて頂きます!」

 これは過去放送になかった新しい企画だ。当然、対策は練っていない。

 クイズ番組が好きな優梨だが、思い出しても、糸電話を使った企画は過去にあっただろうか。かなり斬新な企画のように感じる。

 もちろん、番組は同じ企画を使い回すわけにはいかないので、新しいものが一つ以上ないと成り立たないのだろうが。

 さらに説明は続けられる。新企画だからか長い。

「この糸電話はそちらにある材料テーブルにあるものを自由に使って、各チームで作ってもらいます。糸電話に使用する材料や個数に制限はありませんが、五十メートル離れていますので、五十メートルの長さの糸電話にする必要があります。解答に際しては、『ANSWERエリア』のグループのメンバーが、制限時間内に横に設置されているホワイトボードに解答を書きます。試合終了後、正解/不正解を判定し、正解数が最も多いところから三チームを勝ち抜けとします。なお、同点タイで四チーム以上該当する場合はタイグループのチームリーダーどうしのじゃんけんで決定します。また、『YESエリア』あるいは『NOエリア』のグループのメンバーが、解答が分かった場合、それを『ANSWERエリア』のグループのメンバーに伝えることも可能です。また糸電話でうまく音が伝わらないとき、やむを得ず直接伝えることも可能としますが、五十メートルの距離を往復することになるので、おすすめはしません。『YESエリア』と『NOエリア』のパネルをそれぞれのエリア外に持ち運んだりするのは禁止とします。ルールは以上です」

「いまいち、分かりにくいな……」と風岡がぼやいた。

 説明が長く補足事項が多いので分かりにくいが、要するに『ある』のキーワードと『なし』のキーワードからヒントを得て『解答者』がホワイトボードに記入して解答するという形式のようである。それを糸電話のコミュニケーションで図れと。これだけ言うと至って単純のように思えるが。

 45チームもあるので三回に分けて行うようだが、一辺が五十メートルの正三角形が十五個作れるくらい、非常に広い場所を使っての敗者復活戦となる。テレビカメラも各チームを追っていくのか。相当な運動量が求められるだろう。

「解答時間は、糸電話製作時間も含めて二十分です!」

 短い。同じ感想を抱いたか、皆ざわついている。

 この短時間に、作戦から糸電話の製作方法に至るまで速やかに決めなければならないのか。確かにチームにまとまりがないと厳しいかもしれない。糸電話による物理的な絆のみならず、チームワークという精神的な絆も要求されるわけだ。

 リーダーたる優梨は、急いで思考を凝らす。しかしその隙を与えないかのように巨大なスピーカーを通じてスターターピストルの音が会場に鳴り響いた。

「では、はじめ!」


「も、もうかよ!?」風岡はアナウンサーにツッコミをいれている。

「ど、どうする?」陽花も突然のことすぎて慌てている。しかし、優梨もどうすればいいのかすぐに妙案はまとまらない。糸電話なんて小学校低学年以来だ。まさか、高校生の知力甲子園の舞台で作ることになるとは。戸惑いが思考を阻害する。

「ここにいたってしょうがないだろう。取りあえず糸電話作りに行こうか!」と、急いで材料を取りに行こうとする風岡を、影浦は制した。

「ちょっと、待って!」

「え? 早くしないと!」振り返る風岡には焦りの表情が見られる。優梨も同じくだ。

「まず、作戦を練るんだよ。僕に良い考えがあるんだ」

 影浦は少し得意気な面持ちで言った。

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