第二章 結集(ケッシュウ)  2 優梨

「ここに集結したのは、全国300万人の高校生から選ばれし300人の知力の精鋭たち。言い換えれば全国の高校生の頂点にいちばん近い300人がここに集っているとも言えるでしょう」

「青春を、おのれの頭脳を鍛錬することに捧げ、将来日本の最前線に立つであろう若き知のトップアスリートたちである彼、彼女たちは今大会どんなドラマをせるのか!?」

「皆さんの熱い熱い気持ちは、よい日本中を震撼しんかんさせ、そしてパワーを与えることは間違いないでしょう」

「さあ見せてくれ! 諸君の頭脳を! パワーを! そしてチームワークを! NOUVELLEヌーヴェル CHAUSSURESショシュール プレゼンツ! 第十回全国高校生知力甲子園! ここにいざ開幕!」

 ライブパフォーマンスの照明のようにあまの光の筋が縦横無尽に飛び交い合う。派手な演出で全国大会の幕が切って落とされたのだ。

 前口上の順番は、司会を務めるヤマトテレビ局アナウンサーのしおもと、医学博士でコメンテーターでもあるたま常之つねゆき、女優の与那覇侑子、最後は再び三塩アナウンサーだった。さすがテレビに出る仕事をしているだけあって、その弁舌も皆よどみなく、会場が引き締まったように感じた。


 各チーム五名ずつ。

 司会の三塩アナウンサーがこれから始まる問題の説明をする。

「一回戦は、早押しバトルです。しかし、問題は難易度により正解したときのポイントが異なります。レベル1の問題を正解すると1点。レベル2なら2点。最も難しいレベル3の問題なら3点獲得となります。先に五点獲得したチームが二回戦進出となります。二回戦に進出できるチームは、15チームまでです」

 いきなりの狭き二回戦の関門に、会場はどよめく。

「のっけから絞ってくるな。四分の一か。勝算はあるか?」日比野は問う。

「周りの実力が分からないから何とも言えない。でも最善を尽くすくらいの勉強はしてきた」優梨は静かに答える。

「頼もしいな……」


 司会は三塩アナウンサー。メインパーソナリティーは玉田と与那覇。ゲストは芸人、アイドル歌手、ニューハーフタレントなど、そこまでテレビ番組に興味のない優梨でも知っているほど、旬で人気のタレントばかりだ。なお、児童養護施設ゆえほとんどテレビを観ない影浦は、与那覇侑子以外知らない様子である。


「ではさっそく始めましょう! 第一問! 最初の問題はレベル2です。つまり正解すれば2点獲得です!」

 アナウンサーから告げられ、優梨たち五人は一つのボタンに腕を伸ばした。優梨の手はボタンに接している。下から優梨、影浦、陽花、風岡、日比野の順で重ねている状態だ。狭苦しいが気にしてはいけない。優梨は問題文にすべての意識を傾ける。

「過正当化効果とも呼ばれる、内発的に……」

 ポンと、音が鳴る。つまりどこかのチームでボタンが押されたのだ。優梨は思わず「は、早っ!」と呟いた。どのチームだ。答えどころか、問題がどう続くかすらまるで分からない。

「押したのは、お、沖縄県代表! 蘇芳薬科大附属高校!」

「何!?」と日比野が思わず声を発した瞬間だった。

「アンダーマイニング効果!」と解答したのは、聞いたことのあるこわだった。

 ピロリロリロ、と正解の電子音が会場に響き渡る。

「せ、正解! 早い! 蘇芳薬科大附属高校リーダーの桃原とうばるさん!」

 他の出場者たちや観客もあっぱれと言わんばかりに拍手が起こる。

「何、めちゃめちゃ早いじゃない!?」陽花も思わずこちらに顔を向ける。

桃原とうばるさん、相当勉強してきたのね!」

「トウバルさん? 桃原ももはらじゃないのか?」風岡は思わずチームのメンバーに問うように声を発した。すぐに優梨が答える。

「あの人の本名は『桃原とうばるせん』。『桃原ももはら』じゃないの」

「へ??」

 風岡は当然理解できない様子でいるが、今はその事情をつぶさに説明している場合ではない。


 三塩アナウンサーから問題の続きが読み上げられる。

「過正当化効果とも呼ばれる、内発的に動機付けられた行為に対して、報酬を与えることによって、動機付けが弱くなる現象を何というか、という問題でした! お見事!」

 千里は後方から窺う限り、解けて当たり前という気持ちの表れなのか、歓喜したり浮かれていたりする様子はまったくない。

「え、な、何? アタシ答えの意味も分からないし、問題を全部聞いても意味分からないですぅ」と間延びした口調で発言するのはアイドルタレント。確か『オバカアイドル』という異名で人気だ。しかし、この問題に関しては、全文聞いたとして解答できる高校生はそうは多くないだろう。

 問題の三分の一も読まれていないうちに分かったというのか。押したのは間違いなく千里だろう。他の取り巻きのメンバーが耳打ちした様子はない。千里の強さに歎息たんそくする余裕もなく、第二問が始まろうとする。


「第二問! 次の問題は何とレベル3の超難問です!」

 そう三塩アナウンサーから発せられると、自然とその声とボタンを握る右手に意識を集中させる。

「経済学における用語で、アローの不可能性定理に関連する定理で、独裁……」

 またもや問題文の途中でポン、と音が鳴る。しかも先ほどと同じ方向からだ。

「お!? また沖縄県代表! 蘇芳薬科大附属高校!?」三塩アナウンサーの口調も表情も驚きがみられる。

「ギバード=サタースウェイトの定理!」よどみなく解答したのは、またしても千里だ。

 ピロリロリロ。正解音が会場に響き渡る。

「す、すごい! またもや正解だ!」三塩も思わずどもってしまっている。

 早すぎる。優梨はたまらず「マジ!?」と言ってしまった。

「チキショー! めちゃめちゃ早いな! 蘇芳薬科ってそんなに強かったっけ!?」とぼやいたのは、声のした方向からして叡成高校のメンバーだ。リアクションからして答えの内容は分かっていたかもしれない。 

「問題の続きです。経済学における用語で、アローの不可能性定理に関連する定理で、独裁者の存在を認めるような選挙システムでない限りは、選挙の戦略的投票行動が可能であると定理を、提唱した学者の名前から何という、という問題でした。いやー、まさかの二問連続正解で五点獲得。早くも蘇芳薬科大附属高校、お見事! 二回戦進出決定です!」

「えっと、答えたのはリーダーの桃原とうばるさん? 二問とも分かったの?」と、ゲストの芸人が、頓珍漢とんちんかんな質問をする。つまりいわゆる『やらせ』をついかんってしまうくらい、鮮やかな解答劇であったのだ。そして、誰もツッコミを入れないあたり、同様に驚いた証拠だろう。

「ええ。私、勝ちに来ましたから!」と答えると、その自信の表れに会場から拍手とどよめきが起こる。

 千里の表情はあくまでもにこやかだが、その受け答えには凛として気迫が感じられた。その発言の直後千里が優梨を再度一瞥いちべつした。勝ち誇ったような表情で。

「いやー、去年の優勝チームの叡成高校リーダーの天明くんも、『しまった!』って顔してましたね」

「まだ始まったばかりなので、気持ち切り替えて次頑張ります!」と天明は答える。 

「私、沖縄県出身なので、すごく嬉しいです! 蘇芳薬科大附属高校チームにはこのまま頑張って欲しいですね!」与那覇も司会という立場でありながら、興奮気味に自分の出身県チームの快進撃を喜んだ。野球の甲子園でも自分の出身県を応援するのと同じ心理だろう。

 千里率いる蘇芳薬科大附属高校チームは退出せずに勝ち抜けチーム用の席に移動する。明らかに千里は優梨を意識している様子だ。再び優梨を一瞥した。むしろ、無言の挑発と言っても過言ではないかもしれない。おのずと優梨の中にも闘争心が湧く。とは言いながら、優梨は『ギバード=サタースウェイトの定理』という言葉を聞いたことすらなかった。

「ギ、ギバード何たらって、優梨分かった?」陽花が心配そうな表情で優梨に問う。まるで優梨の心を見透かすように。

「ごめん、私も分からなかった」正直に優梨は答える。そして続ける。「問題がとにかく難しいけど、桃原さんは、過去の優勝校でも類を見ないくらい強い。他のチームのレベルが分からないけど、ひょっとしたら苦戦するかもしれない……」

「マジで……? 優梨が桃原さんに負けるの嫌だよ。しかも全国ネットで放映されるというのに」 本音を吐露とろするかのように陽花は呟いた。

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