第二章 結集(ケッシュウ)
第二章 結集(ケッシュウ) 1 優梨
優梨たち一同は東京都に来た。
影浦は本当に新幹線に乗るのがはじめてのようで、N700Aひかりの車内を、終始子供のようにうろうろしたり、窓を高速で流れる景色を眺めたりして、胸を躍らせていた。特に、富士山には興奮していた。こんなに
嬉しさと同時に、彼の恵まれない境遇に改めて心を痛めた。
影浦の場合は、本来ならおそらく名古屋—東京間を移動するだけでも手痛い出費になるだろうが、倹約家のためアルバイト代は比較的貯まっているという。それでも時給も八百円そこそこではかなり苦しかろう。それくらい甘えてくれてもいいのに、と優梨は思う。今回の移動も『のぞみ』ではなくて『ひかり』にしたのもそのためだ。わずかな差ではあるが、影浦への配慮である。
実は、この知力甲子園の全国大会への旅費は五割程度テレビ局持ちになるという。また宿泊費はテレビ持ちだ。去年までは一チーム三名だったのが、五名に増えたことは、それだけテレビ局の出費も膨大になる。加えて、勝ち進めば宿泊もあるという。過去の大会を見ると海外渡航まで……。
スポンサーが変わったのはそのためかもしれない。最近ヨーロッパで好調な『NOUVELLE CHAUSSURES社』が莫大な費用を注ぎ込んで番組をサポートし、これを一つの機に日本へ市場を拡大するつもりかもしれない。知力甲子園は、毎年恒例で話題性もあり、視聴率も高いらしいのだ。
東京駅で降りて、南方向へと長い乗換通路を抜けると、JR
生まれてから名古屋にずっと暮らしている優梨にとってはあまり馴染みはないが、それでも東京ディズニーランドには来たことがある。電車からの景色は見覚えのある。臨海なので海がすぐそこにある。そして眺めが良い。
電車を降りると風が強かったが、夏なのでこれくらいの方が良いかもしれない。
駅から歩いて十分以内くらいで、決戦の地であるヤマトテレビ放送局に到着した。優梨自身テレビスタジオに入るのははじめての経験だ。芸能人を生で見られるだけでなく、テレビに自分が映るだろうという二重の興奮と緊張が入り交ざっていた。おそらく他のメンバーもそうだろう。
収録のスタジオは非常に広かった。三、四階分のくらいの高さを吹き抜けにしたような高い天井から首を下に突っ込んで覗き込むように照明機材が張り出している。目の前には何台ものカメラが設置されていた。
その広い会場に続々と参加者たちが集まる。ただ、広いといえど昨年までは一チーム三人だったのが五人となったので、非常に人口密度が高い。上から
各々ゼッケンを服の上から
優梨自身もお気に入りの白のブラウスと白のサマーベストに鮮やかな
各都道府県からの都道府県予選大会の優勝チームと、敗者復活枠から選出された13チーム、計60チームがスタジオに居並んでいる。つまり300人という大人数が、この広大なスタジオの中に
「おい、五郎ちゃんよ! どう考えてもこっちだろう? こっち来いよ!」
「平野たちと一緒だとチームワークが乱れそうだ」と日比野にしては珍しく友人をからかっている。
「あの、滄女の皆さん。
「いや、こちらこそ敗者復活チームなので、手加減して下さい」と日比野が代わりに回答する。
「おいこら、今は俺は滄女のお二人に声かけたんだぜ! ま、そんなことより今度俺らにも滄女の女の子紹介してくれや」
「残念ながらこのお二人さんは、彼氏持ちだ。それに、銅海のオタク連中を引き合わせたら、滄女の皆さんに失礼だろう?」
「お前もその一人じゃないか?」
「自覚はないがそうかもしれないな。現に俺だけがこのチームで独り身だ」
「ってことは……?」
「ああ、滄女の二人は止社の彼らと付き合ってるんだからな」
「寂しいな……、五郎! じゃあやっぱりこっちに来いって」と、平野は優梨のゼッケンを見てくる。そして目を見開いた。
「大城……さんって、あの大城さんか?」銅海高校チームの他のメンバーも驚いている。
「あ、あの、私って有名人?」急に名前を呼ばれたことで優梨は動揺する。
「模試の上位の常連だからね。たぶん他にもそういう人いるんだろうけど、ここには。なあ、五郎」
「そうだな」日比野は少しうんざりしたように返答した。
そう。ここには優秀な高校生たちが集結している。
最前方の端にいる見覚えのある人物もその一人だ。
沖縄県代表、
千里といえば、忘れもしない二年前の夏、優梨に挑んできた女子生徒だ。優梨に勝つことが使命のように教育されてきたのだ。
優梨は気付いていた。千里も全国模試を受けていて輝かしい成績を残していることを。ただ、『トウバルセンリ』と書かれているので、他の『千種進学ゼミ』の生徒や先生は気付いていないだろう。まだ千里より上位を保ち続けているが、模試を重ねるほどその差は縮まっており、彼女の執念を感じる。
無意識のうちに千里の方を見ていると、それを察したかのように千里も振り向いてこちらを
千里は、私が出場することを知っていたのか。知ったとすれば、メンバーから聞いたのか。いや、優梨がテレビ局から打診されたように、千里も打診されたのかもしれない。そのとき、優梨の出場を尋ねたのだろうか。
あれこれ考えを巡らせていると、後ろの誰かの手が風岡に伸びているのが見えた。
「風岡くんですか?」右斜め後ろの解答台にいる男子が声をかけた。
「え? 何で俺のことを?」
「君たちでしょ? 僕らに手紙を送ってくれたの」
「え、叡成高校!?」
「あ、ごめん。言うの忘れてたけど、僕が『おかげさまで予選突破しました』ってお礼の手紙送っちゃった。風岡くんの名前で!」と、慌てて影浦が弁明した。
「そっか、それでか!」風岡は納得する。
「改めてありがとうございました」影浦はにこやかな表情で頭を下げた。
「どういたしまして。でも、ちょっと後悔している。親切に教え過ぎたって。だって、さっき後ろで聞いていたよ。まさかチームリーダーが模試上位常連の大城さんだなんてね。一本取られたよ。大城さんがいるって分かってたら、嘘の戦略を教えてたところのにさ」男子生徒は苦笑いしながら頭を掻いている。ゼッケンには『天明』と書かれている。
「ひょっとして、あの
「本当か?」日比野も乗り出してきた。
「聡明な皆様に覚えて頂いて大変光栄です。ええ、実はクイズ研究会に所属しております。僕はかれこれ三回目の出場となります」
三回目ということは皆勤賞である。
「確か去年って……、優勝してたよね?」そう言うのは陽花だ。
「あ、知力甲子園の動画で出とったね!?」と風岡も追従する。
「おかげさまで」
「お手柔らかにお願いします」と、影浦はにこやかに言う。
「いやいや。それはこっちのセリフですよ。でも取りあえず、せっかくだからともに勝ち進みましょう! 去年はたまたま優勝したけど、野球の甲子園よろしく、この大会も水物だからね! 油断していると足もとを
そうこうしているうちに、司会のアナウンサーがスタンバイしていた。しかもゲスト席には、人気大絶頂の女優がいる。陽花などから、優梨がよく似ているといわれる人だ。さらには、他にもアイドルやお笑いタレントの他に有識者と
「すごいね! 生『
いつもテレビ越しにしか観たことがなかった有名人を、はじめて生で目の当たりにして、特に風岡と影浦は
「さすが女優。美人だな。ってか大城に似とるなぁ」と風岡は評する。
「ちょっと、本番中始まるんだから静かにしてよ!」優梨は
この五人の総力を結集させるのだ。
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