第二章 結集(ケッシュウ)  3 優梨

「第三問! 次はレベル1です。フランス国旗がトリコロールと呼ばれるのに対して、イギ……」

 これは優梨にも分かった。力強くボタンを押す。しかしコンマ何秒で先を越されたのか、音は上の方から聞こえてきた。目の前のランプはともってくれない。

「北海道代表! 札幌螢雪さっぽろけいせつ高校!」

「ユニオンジャック!」またしても女子の声だ。

 正解音が会場に響き渡る。思わず見上げると、大人びた女子高生が小さくガッツポーズを決める。美しい女子生徒だ。

 札幌螢雪高校のことを愛知県在住の優梨はよく知らなかったが、過去の知力甲子園の動画でも出場していたことがあることから、北海道では有名な進学校だろう。私立だろうか。北海道は雪国のイメージを持っているが、それにしても『蛍雪けいせつこう』という美しい故事成語に由来させた、とてもうまいネーミングだと優梨は感じた。

「何だ? こういうのに出てくるのっていかにもガリ勉の眼鏡かけた、五郎ちゃんみたいな奴ばかりと思ったけど、意外とそうでもないんだな!」と、声を漏らす風岡。

「俺を例に挙げるなよ!」珍しく日比野が不機嫌さを表に出している。

ひさしッ! ほら、ちゃんとクイズに集中してよ!」慌てて陽花がさとす。

「ごめんごめん」風岡は頭を掻いた。


「第四問! レベル2の問題です。次の当て字の読み方を答えてください」

 会場の大きなモニター画面に映し出された文字は『茱萸』。優梨はどこかで見覚えがあるが、不覚にもすぐには思い出せない。その間に、上からギュッと圧力が加わった。しかし、またしても目の前のランプは点らない。今度は斜め後ろからだ。

「東京都代表! 叡成高校!」

「グミ!」これは天明の声だ。

 正解音が流れると同時に、影浦が顔をしかめる。この表情から、影浦は分かっていたが、間一髪ボタンを押し負けた様子だ。彼は国語が得意だけに、悔しさも人一倍なのだろう。対照的に叡成高校のメンバーはハイタッチを交わし合っている。やはり去年の優勝校にして、優勝メンバーでもある天明を擁しているこのチームはかなり強者つわものだ。


 問題は次々に進む。

 第五問(レベル3):全ての生物の中で最小のゲノムを持つと言われる真正細菌の名前は? 答え:カルソネラ・ルディアイ。

 第六問(レベル2):主に氷雪気候、砂漠気候で人間の居住できない、あるいは居住することが非常に困難な地域を指す、エクメーネの対義語は? 答え:アネクメーネ。

 第七問(レベル1):戦前日本では最大規模であった福岡県の中央部から北部にかけて広がる炭田は? 答え:筑豊ちくほう炭田。

 第八問(レベル2):1713年、イギリスが海外領土を拡大し、イギリス帝国繁栄の第一歩となったスペイン継承戦争・アン女王戦争の講和条約は? 答え:ユトレヒト条約。

 第九問(レベル2):主に奄美大島の民謡で用いられる、コブシとファルセットを多用した独特な歌唱法は? 答え:グィン。

 第十問(レベル1):『二兎にとを追う者はいっをも得ず』とほぼ同義のことわざで、二種類の昆虫を用いたことわざは? 答え:虻蜂あぶはち取らず。

 

 高校生の教育レベルを遥かに超えた難問も含まれている。特に第五問は、優梨も分からなかった。ゲノムサイズ最大のウイルスはチェックしていたのだが。

 なお、風岡曰く、第七、八問は分かったそうだが、早押しが間に合わなかった。歴史に関する単語は大学入試レベル以上にみっちり勉強してきたようで、特に第八問はレベル2だけに相当悔しがっていた。そうこうしているうちに、第五問を正解した叡成高校は合計5点を獲得し、勝ち抜き席に移動した。第三問目を正解した北海道の札幌螢雪高校も、風岡が押し負けた第八問を正解し、合計3点とリードしている。

 なお、第六問を正解したのは、千葉県代表の名門高校ぎん学園がくえん幕張まくはり高校。第七問を正解したのは兵庫県代表のこれまた名門高校のかんしゅん高校だ。第九問は鹿児島県代表の南九州みなみきゅうしゅう高校、第十問は香川県代表のとよ高校がそれぞれ正解した。

 つまり、第十問目を終えた時点で、一回戦突破を決めたのは蘇芳薬科大附属高校(沖縄)と叡成高校(東京)の二チームだ。続いて札幌螢雪高校(北海道)が3点、銀座学園幕張高校(千葉)と南九州高校(鹿児島)が2点、漢隼高校(兵庫)と三豊高校(香川)が1点と続く。滄洋女子高校複合を含む他の53チームは未だ無得点である。


 三塩アナウンサーが、「では、第十一問!」とアナウンスしたときだ。

 優梨の脳内に不意に閃光が走った。今まで十問を終えた。何かおかしくないか。優梨は慌てた。取りあえず誰かに指示を出さねばいけない。

「は、陽花! 陽花!?」優梨は、申し訳ない気持ちよりも先行して陽花の名前を呼んだ。

「えっ、えっ、えっ、えっ!?」当然ながら、不意な呼びかけに素頓狂な声音で応答する陽花。優梨もつられてどもりながら答える。

「い、今までの問題の答えと得点なんだけどさ。ぜ、全部念のため記録しておいてくれる?」

 何なんだ、この法則は。加えて偶然か分からないが、珍しいアナウンサーの名前。優梨は奇妙に思いながら、今年の大会の奥深さを予感した。一体どんな意図があるのか。

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