第19話 今の私にできること

 今までに顕現したという玄女さんたち。

 不老不死のはずなのに……。

 みんな、どこへ行ってしまったのだろう?


 私は今から、どこへ行って、

 何をするのか、すべきなのか?

 そんな難しいことを考える。


   ◇ ◇ ◇


『霊宮ティアマト! おまえ、黒い卵を隠し持っていたか! くちなわ族は全部滅ぼしたというのに! どこの蛇から、預かった!?』

『獅子王さま、おゆるしを……霊宮が、玄女を見捨てることなど、』

『黒い卵から玄女は生まれる。玄女は戦乱を招き、世界を滅ぼす魔女であるぞ!』

『ちがいます、ちがいます! この子の名前は、調和(ティファレト)。絶対にそんなことは、』

『よこせ、猛禽の谷に放り込んでやろう! いくら不老不死とはいえ、その肉、生きながら食らわれ続ければ、狂乱して自害するであろう!』



 ――上(え)帝(い)の(ゆ)卵(う)でないといっても、レイチャードにつけられた傷は、ひどかったらしい。

 それでも生きてるんだから、私というか玄女って頑丈なんだなーって思う。

二十日ほどで、歩けるようにはなったので、私はクロイツ王兵師団国のお城見物をはじめた。

 ここに来た途端、いきなり拷問室行きだったから、見物してなかったんだよね。

 クロイツのお城は、なんというか、白や灰色の壁と、赤い絨毯と、時々、色硝子の窓がある砦みたいな感じだった。

 城のみんなは忙しそうだった。先代総長の裁判とか、新総長の即位についての準備とか。

 銀髪さんやユーグとは、目が覚めて、一回会ったきり。

 シェンナもお見舞いに来てくれたけど、クロイツから不戦条約?とかを結べたので、ルヴァンおじさんへ報告するため、あわてて帰って行った。

 ……ひとりぼっち。つまんない。

 今の私に、何かできそうなことないかな……?

 玄女の特別優遇だとかで、誰にも怒られないまま、あちこち城内探検をしていると、誰かの古い寝床のしたに、地下室への階段を見つけた。

 ここに行かなきゃいけない気がしたので、階段をおりる――と、そのまま踏み外した。

 勢いづいた二本脚がかってに、駆けだす。

「あっ、わっ、ぎゃっ、どいてええええええ」

 なんて叫んでも、階段の先にある鉄格子がどいてくれるはずもなく、

「んがっ」

 私は鉄格子に直撃し――

「…あれ?」

 なぜか、目の細かい鉄格子をすり抜けてしまった。

 なんで? どうして?

 と思う暇もなく、鉄格子にぶつかって止まるはずだった体は、そのまま次の扉に体当たりしてから、なかへと飛び込んでいった。

 扉のおかげで脚は止まったけど、勢い余ってそのまま、べちんと床に張りつく。

「…もうやだ、この二本脚」

 靴はくと、足裏の感覚なくなっちゃうから、転びやすくなるんだよね。

「鼻の骨、また折れてないよね」

 片手で、じんじんする鼻をおおって、どうにか上体を起こす。

 つむっていた目を開くと、そこは青白く光る石室だった。海のにおいがする。

「我が背、我が君の許しなく、霊宮に入ることができるのは、」

 歌うような声。

「ようこそ、玄女さま。……ティファレトちゃん」

 すぐそばの井戸のなかから、裸の、美人のおねえさんが這い出てきて、にっこり笑った。

 青が混ざった銀色の髪と鱗の。すごく綺麗で、優しいそうな女のひと。雰囲気が、銀髪さんに似てる。

 ぼーっと見とれていたら、おねえさんは、白い、やわらかそうな腕を伸ばして、私の頭を撫でてきた。

「…っわああああ」

 我に返って、後ずさりする。

「――ほんと、あの子が言うとおりだわ。おもしろくて、かわいいひと」

「おねえさん、誰? もしかして、霊宮?」

「はい。霊宮クロイツ、レイシアの母親です。息子とユーグがお世話になって」

 クロイツおかあさんが頭をさげた。

「あー。えっと。私こそ、銀髪さん、じゃなくて、レイシア総長にお世話に、」

「いいえ、こちらこそ」

 ぺこぺこ合戦が終了すると、なんとなく、二人で笑い合った。

 おたがい井戸のへりに腰かけて、いろんな話をした。

 玄女のこと、上帝のこと、世界のこと。

「……それでね。ユーグは、レティシアに噛みつかれたのを怒って、尻尾をつかんで、振り回したのよ。レイシアは、とばっちり。目を回して、ふらふらしていたわ」

 それから、銀髪さんたち家族のこと。

「ユーグは物怖じしないから。たとえ王族相手でも、容赦しないのよね」

 ……いいなあ。うらやましいな。私も銀髪さんたちみたいに、きょうだい、欲しかったなあ。

 レイチャードも最初から、銀髪さんたちと育ってたら、ああいう、ひどいことはしなかったのかな?

「レイシアもユーグも忙しいから。あなたが、たまに話し相手になってくれたら、うれしいわ」

「おかあさんは、そとに出られないの?」

「私たちの胴や尾は、国土とつながっているの。……だから、私たちは脚が欲しくて、王さまや玄女さまのお手伝いをする。最後まで生き残った霊宮だけが、玄女さまに脚をもらえて、自由になれるから」

 ずきずきと頭が、胸が痛んだ。

 島国を背負って。海を泳ぐ霊宮。

 王さまのいうことをきかなくちゃいけない霊宮。

 地下にひとりぼっちで、とじこめられた――

「わたし……わたし、がんばる!」

「え?」

「玄女なら、霊宮に二本脚あげられるんだよね? なら、」

 えーっと。うんと。

 どうしよう?

 とにかく、クロイツおかあさんを井戸から引き出してみる!

「おかあさん、ちょっと肩貸してください」

 私は霊宮の背後にまわって、その両脇に腕を差し入れると、ぐっと引っぱった。

「なあに? 何をする気なの、」

「みんな、あちこち旅したり、美味しい物食べたり、好きなひとと一緒にいられるのに! 霊宮さんだけ、それができないなんて、ひどいと思う!」

「きゃっ」

「わああっ」

 勢いよく引っぱったせいで、二人そろって、石床に転がった。

 それでも、霊宮のしっぽはずるずると伸びていて、途中でちぎれることもない。

「…無理しないで。ここが限界よ。私は、あの扉を絶対にくぐれないから」

「うーっ。でも!」

 クロイツおかあさんの下半身を撫でる。

 私に脚が生えたくらいだから、どうにか……なんとか、ならないかな……。

 脚、脚、脚!

 二本の脚!

 ――そうやって、しっぽを撫でているうちに、奇妙なことが起きた。

 きれいな鱗皮の、その光沢がくすんでくる。

「……あれ?」

「いやだ、ティファレトちゃん、くすぐったい!」

「おかあさん! あしっ、脚が出てきてるよ、内側から!」

 鱗皮がひからびるように、剥げていく。その皮が脱げると、ひとまとめになっていた二本脚が出てきた。

「私に……脚が。まさか、こんなことって!」

 霊宮さんに、脚をください。

 どこまでも自由に行ける脚を、好きな人と一緒に歩ける脚を!

 誰かを犠牲にして、たくさん殺して。悲しませて。

 そうして、つくった国なんて、統一された世界なんて、いらない……!



「――はは、うえ?」

 クロイツおかあさんと、呆然としたまま、抱き合っていたら、背後で銀髪さんの声。

「これは驚き。霊宮に、人間の脚が生えた」

 それから、ユーグの。

「レイシア、ユーグ!」

 クロイツおかあさんは自分の脚で立つと、二人に飛びついて、抱きついた。

「レイシア、レイシア、レイシア!」

「母上……」

 クロイツおかあさんが、わあわあ泣き出した。銀髪さんも涙ぐんでいる様子。

 ユーグはあいかわらずだったけど、外套を脱いで、クロイツおかあさんの肩にかけてあげている。

 ――わたし。

 わたし、他の霊宮さんのところにも行かないと。今いる霊宮さんをみんな解放して、島国同士の戦争をやめさせよう。

 それで本当に戦争がなくなるかはわからないけど。

 でも島国が、ほいほい動いて、よその国とくっついちゃうから。だから国土をひろげるための戦争なんて起きるんじゃないかな?

 ――銀髪さんたちに気づかれないよう、こそこそ、壁にへばりついて、わきを通り過ぎる。

 じつはうっかり、ユーグと目が合っちゃったんだけど、彼はただ、にやっと笑っただけだった。

 すれ違いざま、口の動きだけで、ありがとう、と彼は言った……ユーグがそんなこと言うとは思わなかったので、びっくりして心臓とまるかと思った。



「それでね、ティファレトちゃんが脚をくれたのよ。わかるの。今まで、私につなげられていた霊宮のことも全員解放してくれて、」

「ティファレト……そうだ、彼女は? 先まで、ここに、」

「さて。どこへ行ったんでしょうね、あの黒くちなわの小娘は」

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