第18話 金の総長 銀の太子
私の国外追放令を一日だけ解除する。
それは母にとって、耐え難い苦痛だと解っているから、内通者に指定された日に上陸するつもりでいた。
この万全を期するため、またレイチャードの横暴から他の女性を救うには、
あのひとは格好の生き餌。
だから、話してしまったのかも知れない。
――あのひとならば、そうするだろうと確信して。
先行したユーグだけを責め、悲運の聖人君子づらをするつもりはない。
ただ、もしも。
もし、あのひとに何かあれば、実の弟であろうと……
◇ ◇ ◇
一所懸命、銀髪さんのことを考える。
銀髪さんと一緒に、ゆで卵を食べたこととか(味付けは、お醤油か塩かで、もめたっけ)。
苺を食べたこととか(奇数だと最後の一個を半分こしたなあ)。
あと、星を見上げながらの卵まんじゅうとか、苺寒天とか。
よく考えたら、クロイツ王兵師団国に来てから、ご飯食べてないや。
お水はたくさんもらえたけど(ミズゼメとかいうの)。
正気を失えたら、どんなにか楽だろうとも思ったけど、今はまだ、銀髪さんを好きだという気持ちを、手放したくなかったから。
◇ ◇ ◇
痛い。
すごく痛いけど。気を失いたくなるくらい、痛いけど――痛くない。
……痛くない、痛くない、痛くないったら痛くない!
半ば潰れた足を引きずり、レイチャードをにらみつけ。そして、信じられないという顔をしたレイチャードに歩み寄る。
足首につけられた足輪のせいで、大蛇に変身する能力とか全部封じられちゃってるけど。レイチャードは上帝の卵ってのじゃないから、まだ私の、不死、は有効だった。
もう、おとなしく、いじめられっぱなしでいるもんか!
だって今日は銀髪さんが来てくれる日だ。ユーグや退役軍人さんが造反組織とかいうひとたちを連れてきてくれる日だから。
私のやるべきことは、レイチャードを逃がさないこと。それだけ。
「なぜだ?」
自信満々だったはずのレイチャードの顔が曇り、きゅうに泣き出しそうになった。
「なぜ、そんなに頑丈なんだ、貴様は。気持ち悪い」
「これ、あなたが欲しがっていた、不死のちからだよ」
しゃべるたびに、血がぼたぼた、口からこぼれた。
「これくらいじゃ、死なないの。今のあなたは英雄じゃ、上帝の卵にはなれないから!」
ばしん、と。レイチャードの鞭が鳴った。
全身に電流が走る。びりびり痺れる。それでも、死なない。
「不死ってね、どんなにつらくても、死ねないってことなの」
もう一度、鞭が跳ねた。わき腹が熱くて、痛い。でも、死なない。
「どんなにつらくっても、死ぬ気ないけど。だって私、半分は人間だけど、半分は蛇だよ。蛇は自殺する生き物じゃないからね、人間とちがって」
「く、来るな……」
「怖い? もしかして、怖いの? こんなに、ぼろぼろになっても、動く女が」
顔をゆがめて、レイチャードは何度も鞭を振るった。
「不老不死とか、不老長寿とか。そんなもののために、あなたは無関係の女のひとたちをいじめて、殺したの?」
もう一歩、まえに足を踏み出す。
「不死の玄女かどうか試すために、こうやって殺していったんでしょう? そうして、死んでしまうと、ゴミみたいに投げ捨てた!」
「……っ」
「みんな、一度きりの……せいいっぱい生きて、あっけなく死んじゃう命だったのに! 王さまのくせに! 自分のことばっかり考えて、みんなを困らせて! その命をむだに捨てさせた!」
そのまま、レイチャードに飛びかかる。
「自分の思いどおりにならない人間は、みんな殺してしまえばいいって思ったの!?」
血が流れても、肉がこぼれても、内臓がはみ出しても、
「死人に、口なし!? あいにくだけど、私はこの程度じゃ死なないから! えんえん文句つけたげる!」
振り払おうとする彼の腕にしがみつき、噛みつき、引っぱる。
「あなたなんか、総長に、王さまにふさわしくない人間だ!」
どうにかして、レイチャードの持ってる鞭を奪おうとした。
「銀髪さんに、レイシアに王位を譲りなさい! そして、みんなとおなじ立場になって、これまで迷惑かけて、ごめんなさいって言うの!」
「蛇女が、指図するな!」
「私も一緒に謝るから!」
「…なっ、」
「だって。あなたの罪の半分は、玄女なんて存(も)在(の)のせいだから」
せいいっぱい、ちからを込めて、レイチャードを抱きしめる。
「ね? 他のひとと一緒に怒られるなら、そんなに怖くないよね」
「……なん、で……?」
「レイチャード、体にたくさん、傷跡あったから。――あなた、うなされてたよ。母上ごめんなさい、兄上より立派な男になるから、鞭はやめてって。……それで、あなたのしたことが無くなるわけではないけど、ちょっとだけ、かわいそうって思った」
「――だからと同情するか、蛇女のくせに!」
レイチャードが髪をつかんで、私を引っぺがし、床に叩きつけて、蹴り飛ばされた。
ごぼきっ、と首のなかで、何かが潰れる音がした。頭が変な方向に曲がって、もう声も出なくなる。
ああ、これ、普通の人間なら死んでるよね。
「同情が欲しかったなら、この口で、我が身の不幸を吹聴して回ったさ。おのれを矮小化させた、不幸自慢というやつだ」
レイチャードが肩で息をして、すごい形相で、こっちをにらんでいる。
「――だが、私には、それがどうしてもできなかった……」
レイチャード、ほんとは、おかあさんのことも、おとうさんのことも、好きだったのかな。その二人に嫌われたくなくて、がんばって、がんばり続けて……壊れてしまったのかも知れない。
「たがいに傷つけあうくらいなら! 最初から、一人でいい。親も兄姉も、妻子もいらぬ! 私は一人で、独りで、不老不死の王になると、そう決めたのだ!」
「――ティファレト!」
扉の開く音がした。
「……レイチャード、おまえという子は……本気で、私を怒らせる気か!」
その怒鳴り声は、拷問道具満載の、広すぎる寝室にこだました。
「霊宮……私にさからって、国外追放令を解除したな」
「国母たる霊宮を鎖でつなぎ、さらには私の妻を辱めたこと、後悔してもらうが! よいか!?」
銀髪さんの足音が聞こえたかと思うと、床に転がったままの私をまたぎ跳ぶ。長い銀髪が、きらきら光って、流れた。
「はっ! 本気で、打ち込んできたな」
頭上で、ぴんと張った鞭で、槍を受け止めて、レイチャードが笑った。
「この弟を哀れんで、いつでも手加減してくださった兄上にしては、めずらしい!」
「父や義母の所業、おまえの境遇を思えばこそ、国外追放も受け入れたというのに。おまえは、それを!」
「その父も母もな、この手で殺してやったぞ。残りは貴様だ、貴様さえ殺せば、この呪われた家系も、私で終わる!」
「国内法に則り、総長どのに決闘を申し込む」
銀髪さんが、槍をかまえ直した。
「……クロイツは騎士の国、逃げれば、その高慢ちきの自尊心に傷がつくぞ」
「承けた。――貴様だけは、この手で殺してやる!」
あとは無言。息づかいと足さばきの音だけが、会話になった。
槍が宙を突き、鞭が空を舞った。
いつもの優しい銀髪さんは、どこかに行ってしまった。
レイチャードも、見え隠れしていた弱さが消し飛んでいる。
二人とも、もう、私のほうは気にしていない。
……兄弟なのに。家族なのに。なんで、こんなふうになっちゃった……のかな……。さびしい……よ、ね……
「――ティファレト! ティファレト、目を開けて! 私の血なら、いくらでも分けてあげるから! ユーグ、どこだ! すぐに治療を、」
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