第4話 この足で立つ
ただ、そばにいたかっただけ。
しっぽがなきゃ、そばにいられないと思ったから……
◇ ◇ ◇
「だから! 俺が捜しているのは、黄色の目玉の、黒蛇女だ。こんくらい、ちっこいの」
「だから! あたしだってば!」
「ナァーゴ」
「ほらー、ラックはわかってるのに! なんでシェンナは、わかんないの!」
と、あたしとシェンナは口げんかをしていた。大通りのはしっこ、朽ち果てた上(かみ)帝(かど)廟(びよう)のまんまえで。
銀髪さんたちと、お城に向かう途中、シェンナとラックが捜しに来てくれるのを見かけたときは、ほんとのほんとに嬉しくて。なのにさ、なのに。
「俺もラックもあいつも、この辺じゃ有名人なんだよ。なりすまし詐欺なら標的、間違えてるぞ」
ぶっきらぼうに言って、シェンナはくるりと背を向けた。
……シェンナは、もともと口が悪くて、人間嫌いなんだけど。それでも、こんな冷たい態度とられたの、初めてだった。
「う~」
それが寂しくて、悲しくて。ずるっと鼻水が出た。
シェンナはそのまま、馬小屋のある駅のほうに行ってしまって。
ラックは、こっちを振り返りつつも、シェンナのあとを追う。
あたしは、ふたりにおいてけ掘にされ、しょげ返っていた。
……あたしなら、どんなときだって、シェンナのこと間違えたりしないのに……。
「ティファレト?」
「ひっっ」
銀髪さんが、いきなり頭を撫でてきたので、びっくりして手首を叩いてしまった。
「――ああ! くちなわ族は、頭を撫でる相手を選ぶんでしたっけ」
「そう、なの?」
「つがい、つまり結婚してもいいと思える相手でないと、警戒してしまうそうで」
「……ぜんぜん知らなかった」
「ほらね。あなたが知らなかったように、彼だって、何も知らない。わからない。本当に、くちなわ族のことを理解してくれる人間なんて、いないんです。だから、そんなに落ち込まないで」
「で。いかがなさる、おつもりですか?」
ユーグっていう、片眼鏡の男のひとが、銀髪さんに訊ねた。
「そうだね。とりあえずは、」
銀髪さんは、こっちを見て、そしてユーグを見た。
「今日は、監獄城を見物する予定だったから、私たちも駅馬車に乗せてもらおうか。もちろんティファレトも、私と一緒に行きますよね?」
「――あなたは、どこに住んでいたんです?」
「あたしは五階に飼育部屋もらってたよ。一階と三階と五階、それからてっぺんにチョスイ? っていう水場があって、すぐ、お水をもらいにいけるから」
銀髪さんたちと一緒に、高い塔を見上げながら、答えた。
「おかしい」
ユーグは紙に絵や文字を書きつつ、首をひねった。
「門番は、いる。なのに? なぜ、ティファレトは王城から、なんの分別もなしに出られたのか?」
「ティファレトは、ここから出るとき、誰かに叱られたりしなかった?」
「ぜんぜん。なんで?」
「幼(こ)生(ど)体(も)のときは、有名人だった。しかし、成体になったあなたを、誰も知らない。つまり、ここから出るときに、不審者として処理されてもおかしくなかったはず」
「そうでなかったら、門番や衛兵は、でくの坊も同然です」
「うーん……。たぶん、ルヴァンおじさんの友達いっぱい来てたから? そういうときは、門番さん、あまりうるさくないよ」
「ほう。盗賊王の友人なら、自由に行き来できる? ルヴァン王には、友好国や衛星国がいくつかあるので、各国の要人とも親しい、か」
光を反射させながら、ユーグが片眼鏡を指で押し上げた。
「どのような方々でしたか?」
「んと。おっぱいとお尻のおおきい、おねえさんたち」
銀髪さんとユーグはそろって、ぱかんと口を開けた。
「……子どもの教育上、よろしくない人物と場所だ」
「そうですね」
とか言いながら、頭を撫でるの、やめて欲しいな。なんとなく落ち着かない。
「レイシア様、いかがなさいますか?」
「クロイツ王兵師団と、リィゼン盗賊国。国風も国民性も相容れないが、なんらかの縁は結んでおきたかったな。しかし、甥御どのがあれでは、盗賊王と直接お会いするのは無理かも知れないね」
「強行突破しましょうか?」
「やめてくれ。きみがやらかしたことは全部、私の責任になるんだぞ。これ以上の心労(ストレス)を増やすのは、勘弁して欲しい」
二人が相談している間、もう一度お城を見上げる。
もう、ここには帰れないかも知れない。シェンナやラック、ルヴァンおじさんたちと暮らせない。
なんだか、くたくたと脚から、ちからが抜けてしまった。
しっぽがなきゃ、シェンナのそばにいられない。そのしっぽを探しに、のこのこ外に出たのが間違いだった? だけど、あのとき、たしかに、こっちのほうに何かがあるような気がしたのに。
「ティファレト?」
「うう~」
「ティファ、」
「まーた、あんたたちかよ」
「ナー」
背後から、シェンナとラックの声。
「女の泣き落としなんか、たくさんだ。とっとと置屋に帰れ」
ものすごく怒った声で怒鳴って、シェンナの脚は目の前を通り過ぎていった。
「…今の彼に、何を言っても無駄ですね」
「ユーグ。あまり厳しいことは、」
「成体(おとな)になった以上、せめて、自分の両脚で立ち上がったら、どうですか?」
「ユーグ!」
「あなたは幸運だ。すくなくともレイシア様は絶対に、あなたを見捨てません。絶対に」
「え?」
「しかし、こちらは出奔中の廃太子と、その従者。あらゆる余裕が、ありません。、自分の身の回りの世話は自分で行い、その上で、僕とレイシア様の役立てるよう、努力するならば、同行を許可します」
役立つ。誰かの、役に立つ。
「……あたし、」
「『わたし』」
びしっと、鞭のような声が飛んできた。
「あ、わ。わた、わたし、は、」
シェンナと暮らしていた昨日のことを考える。
口は悪いけど、シェンナはごはんと寝床をくれた。ここに連れてこられた頃、ほんとは心細くて、こっそり泣いていたら、ラックが友達になってくれて。シェンナは、ちょっと乱暴に頭を撫でてくれて。でも、それは、くちなわ族だったから。人間じゃないから。愛玩動物として、飼われていたから。
……あたし、知ってる。シェンナは、人間が嫌いなんだ。いつか裏切られるんじゃないかって、ルヴァンおじさんのことすら怖がって、いっつも部屋に鍵をかけてた。
「わたし、」
私は、ルヴァンおじさんと仲良くしているおねえさんたちを見てたら、私もシェンナとあんなふうに仲良くなりたいと思い始めて。
「私は……。くちなわ族として飼われるんじゃなくて。人間として、シェンナの友達になりたい。信じてもらえる人間になりたい、です」
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