第5話 とある執事の記録

 古来より『好奇心、猫を殺す』という、ことわざがある。

 猫は九つの魂を持っており、強すぎる好奇心は、その九生すら滅ぼすだろうという意味だ。

 ――僕にある最大の欲望は、おもしろい話を聞きたい、おもしろいものを見たい。それだけ。

 この飢餓にも似た好奇心が完全に満たされた後ならば、僕は九回殺されてもかまわない。


   ◇ ◇ ◇


◎ゲブラー共通歴 四〇三四年 二月十四日

 昨日までは何かあれば、ぐずぐず鼻を鳴らしていたティファレトだが、本日、リィゼン盗賊国と衛星国アルゼンが離岸したのを期に、覚悟完了した様子。これからよろしくお願いします、と頭を下げる程度の礼儀はわきまえたが、レイシア様は複雑な顔をしている。

「――ユーグ。頼むから、彼女を手厳しくしつけるのは、やめて欲しい」

「廃太子とはいえ、王族の花嫁が、粗野ながらっぱちでは、御母上と妹君に顔向けできないのでは」

「私は、これ以上、きみのような性格の人間を増やしたくないんだよ。息が詰まる」

 レイシア様は、じゃじゃ馬がお好みであったか。そういえば婚約破棄されたセシリア嬢も、金属鎧を着込み、剣を振り回す女性だった。



◎ゲブラー共通歴 四〇三四年 二月十六日

 レイシア様の懇願により、礼儀作法の指導は最低限に。

 よく考えたら、ただの花嫁など、つまらない。退屈だ。そも現在、傭兵稼業(レイシア様の槍一本)で生きる身。流浪生活に、礼儀正しい令嬢など、飯の種にもならない。

 という結論に達して、僕は、主人に「槍を教えてはいかがです?」と提案したが、ため息をつかれただけだった。

「――ユーグ。大の男であるきみが、槍一本も振り回せないのに、なぜ、きみよりも小柄なティファレトに、槍を教えなくてはならないのか。だったら、まずは、きみが、」

 変に槍だこなどができたら、指先の感覚がにぶって、鉛筆が握りづらくなるではないか。僕は見聞作家であり、おもしろおかしい世界見聞録をつづりたいだけ(官僚時代は、高給取りであっても、じつにつまらない生活だった。退屈をまぎらわせてくれる存在は、レイシア様と亡くなられた妹君、その御母上だけである)。

 それから、僕の担当は宿泊施設や食糧、交通手段の確保と荷物持ちである。ただ無駄に、苺とゆで卵を消費し続ける黒蛇とはちがう。



◎ゲブラー共通歴 四〇三四年 二月十九日

 拾った黒蛇女に対する教育方針を見失いつつある昨今。苺とゆで卵が異様な速度で消費されている。

 リィゼン盗賊国の衛星国家アルゼンは、国家間貿易が盛んであるため、苺の値段が安定してはいるが、このままでは、国王すら農作業をしているという、ハーベス神農国に移住しなければならないだろう。いや、僕はべつに農業を馬鹿にしているわけではない。単純に、ハーベス産の野菜は、高品質・低価格という話だ。アルゼンで買う苺は、品質に対して、いささか高いように思われる。

「ユーグ! 苺よりも、きみが使う鉛筆や紙のほうが、高いと思うのだがね!?」

 珍しく、レイシア様がお怒りになった。しかし、僕の鉛筆は代用品がないが、食物は代用がきくのではないだろうか。

 結論。『苺がだめなら、林檎を食え』

「えっ? 林檎のが高いんじゃないの? 今年から苺はナントカ栽培で安くなったって、シェンナが言って――」



◎ゲブラー共通歴 四〇三四年 二月十九日

 苺か林檎か論争で、ティファレトごときに論破され、いささか不愉快な気持ちで、商店街に買い出し。安い食材を求めるついで、書店や衣料品店へ。

 今現在、ティファレトが着ているのは、レイシア様用に購入したリィゼンの民族衣装で、当然、丈が合わない。長い裾の上衣(シヤツ)に、水色の着流しを羽織って、適当な帯でくくっていているだけで、かなり、だらしがない。

 僕は(一応は)女性である彼女の衣類を整える提案を主人にしたのだが、

「いや、このままでいい。むしろ、これがいい。彼女に似合っているだろう」

なるほど。男物を着せていれば、ある意味、護身に――

「彼女が、男物(わたし)の服を着ているということが、乙だと思うのだが。ああ、きみには男の浪漫が、わかりづらいか」


 レイシア様が、壊れた。


 

◎ゲブラー共通歴 四〇三四年 二月二十一日

 レイシア様が、宿に押し入った強盗をひねり潰した件により、ここの用心棒となった。ついでに僕も、経理を任されたので、当面の宿と食事は確保した。

 問題は、ティファレトだ。彼女の知能は幼児並。言葉遣いもあやしく、掃除婦や女給としては、三流どころか五流に相当する。とにかく、あの口から、頭の悪い発言が飛び出さないよう、簡単な読み書きと算術くらい、修めさせなくては。

「ユーグが教師というのも、不安があるな」

 レイシア様は、かつての教師役であり、学友でもあった僕をうさんくさそうに見る。

「頼むから、彼女の精神を汚染するのは、やめてくれ。私は、こざかしくて口達者な女性は、好みではない」

 色ぼけが目立ち始めたレイシア様は、ティファレトに対して、過保護に過ぎ――ああ、なるほど。要するに、ご自分の手で、調きょ



◎ゲブラー共通歴 四〇三四年 二月二十二日

 昨日、日記を書いている途中で、鉛筆を使い切ってしまったので、買い足すついでに古本を一冊、購入。

『上(かみ)帝(かど)と玄(くろ)女(め)』という、神話文学だ。表題作のほか、短編がいくつか入っている。表現が子ども向けだが、ティファレトには、これくらい易しい本がちょうどよいだろう。

「つ、ついに世界中すべての島国を、ひとつの大陸として統一したマルセル帝の御前に、黒髪に赤い瞳の美女が現れ、言った。

 我は、玄女ゲブラー。その真武を讃え、汝に、上帝の号を与えよう。不老の神として、生きとし生けるものを導き、永久楽土を築け。

 上帝となったマルセルによって、ひとつ国に統一された大陸は、天上へ昇った。天の大陸は、しばし栄えたが、またしても人の間に争い、貧富の差、病が生じ、蔓延した。これをマルセル帝はたいへん悲しみ、ゲブラーに願った――って。

 ねえねえ、こっから先の紙がないよ? ユーグ、食べちゃった?」

 執事と羊の区別もつかないのか、この小娘。



◎ゲブラー共通歴 四〇三四年 三月三日

 上帝由来の祭り、善勝祭で、目抜き通りが賑やかだ。

 アルゼン国に伝わる霊宝武具・針ねずみ連弩のご開帳を聞きつけ、観光に。

 レイシア様もまた、ティファレトとともに無料配布の卵をもらって、午前中までは機嫌がよかった。

 よかったのだが、午後になって、ティファレトが倒れた。

「ユーグっ、ティファレトの具合はっ?」

 ただの食べ過ぎだ。毒物のほとんどを受けつけないという、くちなわ族でも、卵を五十個も丸呑みにしたら、腹痛くらい起こすだろう。

 貴重な霊宝見物の最中で呼び戻され、不機嫌だった僕は、世界一まずい胃薬を調合して、彼女に飲ませてやった。

「……うげえぇぇぇっ」

 飲みこまずに吐き戻すようなら、さらに三倍濃縮の胃薬を出してやる。絶対にだ。



◎ゲブラー共通歴 四〇三四年 三月五日

 公用商館での日雇い仕事が終わり、宿に戻ると、ティファレトが部屋を水浸しにしていた。

 本人もずぶ濡れ、買ったばかりの本も、床同様。

「ほっ、本! 本を読んでただけなんだよっ」

 ティファレトが僕の視線におびえ、言い訳を始めた。

「仙人のお話、声に出して読んでいたら、なんでか水がいっぱい、出てきちゃって」

 どうせ言い訳をするなら、もっと愉快なものを用意して欲しい。



◎ゲブラー共通歴 四〇三四年 三月十五日

 宿の裏庭にある花壇にて、実験十日目。

 三人並んで、からっぽの如雨露を持つ姿は、なんとも間抜けだ。

 が、ティファレトが読んでいた本、それを一文ずつ区切って音読した結果、

「なんでー? なんで、私のだけ、水が出るの?」

 何をどうやっても、ティファレトの如雨露からのみ、あるはずのない水がわき出て、花壇を潤している。

 これは、あれか。仙術だか、魔術だか、神通力のたぐいか。

 ひょっとして、僕も、苺と卵を大量摂取すれば、水芸が極められるのか? いや、だとしたら、レイシア様にその兆候がないのは、おかしい。他にも条件が?

 ああ、レイチャード側につかなくて正解だった!

 王族の正妃と愛人、その子らの骨肉の争いなど、ありきたりなものだが。レイシア様についてきて、本当によかったと思っている。

 僕が、この世で一番憎むものは、退屈。

 レイシア様についていく限り、非日常的な何かが待ち受けているはずなのだ。


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