すきありっ!
結葉 天樹
この思いだけは真剣
「すきありーっ!」
渾身の力を込めて私は竹刀を振り下ろす。タイミング、キレ、共に申し分ない打ち込みだ。
「甘い」
だが、そんな自己ベストの打ち込みを兄の圭介は軽々と打ち払う。
「はい、一本」
「あうっ!」
その直後、私の頭は竹刀で軽く叩かれる。勝負ありだ。
「あーもう。今日も一本も取れなかった!」
「そんなに簡単に取られちゃ、こちらの立場がないっての」
私は地団太を踏む。ちょっとは手加減してくれたっていいじゃないかと思う。
「もっと沈着冷静に対応しろ。剣の道は日々精進だ」
幼い頃から竹刀を握っていた圭介と違って、私が剣道を始めたのはこの家に来てからだ。それなりに長くやってはいるけど、やはり経験の差はどうしようもない。
「可愛い妹に少しは自信を持たせてあげようとか、そういう兄としての慈悲は無いの?」
「それはない。やったらお前は自惚れるだろ」
「ぶーぶー」
拗ねてやる。だけど、間違っていないかもしれないのでブーイングに留める。
「じゃあ、もし圭介から一本でも取ったら何でも言うことを聞いてくれるとかは?」
「お前、剣道を何だと……」
「おねがーい」
圭介の眉間に皺が寄る。でも、私がもっと頑張ろうとしていることは認めてあげたいという気持ちも見え隠れしていた。まったく、素直じゃないんだから。
「はあ……わかった。一本取ったらな」
やがて、圭介が折れてくれる。神聖な剣道場でなんて会話をしているのかとお父さんがいたら怒られそうだ。
「でも、こっちも手加減はしないからな」
「ふふーん。すぐにすきを突いて一本取ってあげる」
「む、やれるものならやってみれば良いじゃないか」
「良いのかなー、そんなこと言って?」
圭介の自信満々な態度に、ふと悪戯心が芽生えた私は距離を詰める。竹刀を構えていないので圭介も油断していたらしく、私の接近にちょっと驚いていた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「何が……むぐっ!?」
飛び込むようにして、一瞬で顔を近付けて唇を塞ぐ。不意打ちに圭介が硬直した。
兄妹とはいえ親の再婚の連れ子同士。厳格なお父さんには内緒だけど、私たちは隠れて付き合っていたりする。
「ば、馬鹿お前!? こんなところ父さんたちに見られたら」
我に返って、慌てて圭介が私を引きはがす。沈着冷静を語っていた圭介が動揺しているのは何だか見てて笑ってしまう。
「け、剣道場でなんてことを」
真面目を装っているけど、圭介も嬉しくてちょっと照れてる。だから強く私を叱れない。
真剣に剣道に打ち込んでいる人にとっては不真面目に見えるかもしれないけど、私たちにとって、この朝の稽古は家の中で二人きりになれる大切な時間でもあるのだ。
「ふふ、宣言通りに好きを突いたよ、圭介」
これも「すき」には違いない。さて、もうすぐ朝食の時間。私は身を翻して歩き出す。不意打ちとはいえ久しぶりのキスで足取りも軽い。
……正直に言うと、恥ずかしくてこれ以上向き合っていられないのだけれど。
「……一本取られたな」
後ろから、そんな圭介の呟きが聞こえてきた。
さて、何をお願いしようかな。
すきありっ! 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki
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