第3話

私が冥界に来てから三日が経過した。


 服は死んだときのままだったのでそのまま生活している。


 初日は冥界の寒さになれる訓練から始めた。


 裸足のまま外に出ると、一面銀世界で思わず見とれてしまい、立ち止まった瞬間に寒さのあまり足の裏の皮膚が地面にへばりついたので、無理矢理地面から足を動かすと皮膚が剥がれた。


 急いで安全領域に戻り、足を治してもらった。


 その後、私の足の大きさに合う靴といくつかのアドバイスを貰ったが、私は靴は断った。


 私自身の力で克服してやると私は私自身に誓った。


 ここで甘えてしまうと、これから先で何かに甘えてしまうと思ったからだ。


 しかし、アドバイスは素直に受けるべきだと怒られたので、アドバイスは受けようと思う。




 ・とにかくできるだけ脂肪を落とし、筋肉をつける


 ・過呼吸を可能な限り避け、素早く大量に呼吸すること




 以上の二点が私がもらったアドバイスである。


 体の熱は筋肉が作り、脂肪は一度冷えると温まるのに時間がかかり、無駄でしかないとのことだった。


 呼吸については胸で呼吸するなと言われた。


 理由はよく知らないが、その道に詳しい人がいるとのことで、今度会わせてくれるとのことだった。


 アドバイスを聞いた瞬間、私は安全領域から飛び出した。


 貰ったアドバイスを早速試してみたくなったからだ。




 一度目と同じように何度も足の裏の皮膚が剥がれ、指先も赤くなり痺れたが、落ち着いて先ほどのアドバイス通りりの呼吸を行うと幾分楽になった。


 尾を出してみようかと思ったが、私が寒さになれない今出すと可哀想だと思ったので外に出すことは延期した。


 幾らか走り回った後、足の裏の感覚がおかしいので確認すると、皮膚が再生を始めていた。


 怪我をしたことは何度もあったが、こんなに早く治るなんてことはなかった。


 しかし、私はこれを最高だと思った。


 こんなに早く治るのなら相当な無茶をしても大丈夫だと思ったからだ。


 それから色々と無茶なことをし、体力づくりに励んだ。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 「そろそろ基礎的な身体能力を伸ばすのも限界になってきたから何か武術的なのを教えて」


 「しばらく戻ってこないと思って帰ってきた開口一番がそれなの?あなた見ないうちに身体がしっかりしてきたわね。ん...?まってあなた何食べて過ごしてたの?冥界に食料になるものなんてないはずでしょ?!」


 「肉ならそこら辺にうじゃうじゃいたから一匹ずつ誘い出して食った。火を起こそうとしたけどいくらやっても点火しないからそのまま食べた」


 「呆れた...まさか冥界の魔獣を食べてたなんて。身体に異常があればすぐ言いなさい。私でも食べたら何が起こるかわからないから」




 エレちゃんは、苦笑いのような心配そうな歪な顔をしてこっちを見てくるが、私自身に特に変化はない。


 変化と言えば、力が生前よりも異常に強くなってきている。


 魔獣どもに囲まれ、絶体絶命の時に向かってきた魔獣の頭を握り潰し、驚いたことは記憶に新しい。


 尻尾に関しては、外気に触れさせたところ寒そうに縮こまったので、今は出していない。


 しかし、触ったらとても暖かい。




 「そういえば武術を教えてほしいんだっけ?言っとくけど私が武術を嗜んでると思えるのなら、あなたの目は節穴ね。私は基本的に動かないから運動不足!」


 「そんな気はしてた。じゃあ教えてくれる人紹介して。冥界ならそういう人の魂くらいあるでしょ」


 「それがそうでもないんだよね。死んだ人の魂はワルキューレが交渉して持ってっちゃうから。でも、交渉を突っぱねてここに落ちてくる武人も何人かはいるわよ」


 「それを紹介してよ。まさか運動不足で歩くのがつらいから嫌だなんて言わないよね」


 「...そんなことはないわ。ただ全員癖が強いのよ。出来れば疲れるから会いたくない」




 癖が強くて会いたくないのはわかるが、運動不足を指摘されて目をそらすのはやめてほしい。


 また今度、あの暗い空間から引っ張り出してこの寒い地で運動させてやろうと思う。








 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 しばらく二人で歩き、雪山の麓に到着すると、地面が所々砕けたような跡があり、何かいるのは明らかだった。




 「誰か来たと思えば引きこもり女神と...見たことない奴だな」




 声のする方向を見ると上裸の男が立っていた。


 筋骨隆々とまではいかないが、必要な部分のみを育て、それ以外をそぎ落としたような身体つきをしている。


 上半身と下半身のバランスが良さそうな筋肉の付き方だ。




 「引きこもりは余計だ戦闘狂。用がなければ来たくなどないがそうも言ってられなくてね。この娘を鍛えてあげてほしい。理由はあとで教える」


 「誰が戦闘狂だ誰が。力を求めて何が悪い。この凶拳李、一つを極めたら次を極めねば気が済まない性格でな。こればかりは仕方がないだろう。仕方ない、その頼みを引き受けてやる。娘っ子、俺が教えられるのは劈掛掌と八極拳だ。槍も教えることはできるが、多く学んでも器用貧乏になるのが関の山だ。無手なら己の肉体と技術でどうにかなるしな」




 劈掛掌も八極拳も聞いたことのない言葉だ。


 確かに私に武器となるものはないので、無手で戦える手段を教えてくれるのはありがたい。


 今まで空腹感に襲われては、近くを通った魔獣に飛びつき、急所への攻撃を集中させる方法で仕留めてきた。


 奇襲の戦法を取らなくてよくなるのはこちらとしても、心に余裕が持てるので必ず会得したいところだ。




 「わかった。早速修行したいから、稽古をつけて」


 「焦るな焦るな。まずは劈掛掌と八極拳の違いについて教えてからだ。そのあとに面白いものを教えてやろう。まず劈掛掌だが、簡単に言えば遠距離戦向きの武術であり、八極拳は近距離戦向きの武術だ。両方を極めれば神さえも恐れると言われている。口での説明は苦手でな、細かくは指導しないから見て盗むと良い。こちらの感覚を教えてしまうと、違和感でしかないからな」




 その説明の後、師匠の指導の下、技を見様見真似で行っていたが、何度か見るうちに私の身体に違和感があることに気が付いた。


 一度見たときは猿真似のような動きになったが、二度三度見るうちに完全になっていき、四度目でついに自身の身体に最適化された動きが出来るようになった。


 これには、師匠凶拳李も驚いたようで、修行一日目にして自身が覚えているものをすべて見せてくれた。


 師匠はそれも一つの才能だと言い、上位互換コンプリートと名付けてくれた。


 その後、発頸を教えてくれた。


 発頸を使用すると、後ろ足で踏ん張るため地面が割れるのだそうだ。


 最初に見た地面の砕けた跡は、発頸の修行の後のようで、私も何回か繰り返すうちに、地面が砕けた。


 その後は、師匠と組手をし、一日目が終了した。


 技と技の応酬だったが、長年修行している師匠に軍配が上がり崩れたところに発頸を撃たれ、吹き飛ばされた後、臓器の破裂や複雑骨折、肺に骨が刺さるなどの重傷を負った。

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