失恋Weekly

第5話金曜日

　　　五

「昨日、失恋した」

「……昨日『も』失恋したの間違いだろう」

　そんな口の利き方しかできない自分に嫌気が差す。

　当の真妃はあまり気にした様子もなく、笑いながら「そうだな」と言う。

「これで諦めるの？」

　我ながら意地の悪い質問だった気がするが、真妃は「一応」と答えただけだった。

「今日で日曜日から始まった私の告白無双はこれにて終了。明日も告白すれば全曜日達成できたのに」

　面白いことでも話すように言うが、僕には笑うことができなかった。

　人が人を本気で好きになって何回も振られる。その事実が並大抵のことではないと恋愛未経験の僕でもわかる。

「そういえば最初に告白したのは日曜日なんだよね？　休みの日にわざわざ呼び出したの？」

「うん。前々から誘ってて、ようやくお互いの予定が合ったからデートって言うのかな。デートして、それで告白した」

『デート』という聞きなれない単語にドキッとしてしまったが、それをおくびにも出さずに続ける。

「よくわからないけど、初デートで告白って早くない？」

「善は急げって言うだろ」

　使い方が合っているか微妙なところだが、それはともかくとしても早急だった気がする。

　もう少し真妃の良いところを知ってもらってから告白したほうが良かったのではないだろうか。

　そうすればこの約一週間、放課後のひとけのない公園で僕と二人で話すなんてこともしないで済んだかもしれない。

「後悔はしてない？」

「もちろん。これですっかり諦められるし逆に清々しい気分だぜ」

「嘘だね」

　咄嗟に出た言葉に僕自身驚いたが、もう今更引き返せない。言葉を継ぐ。

「清々しい気分とかそうやって笑いながらこんなつらい話をするなんて変だよ。僕の知ってる真妃は粗暴で男勝りだけど、根は優しくてそんなに強くない」

「お前に何がわかるんだよ」

「わかるさ。何年一緒に居ると思ってるんだ」

　真妃はそれ以上喋るなと無言で言ってくるが続ける。

「悲しくて誰かに話して楽になりたかったから毎日僕の所に来てたんでしょ？　本当は慰めてほしかったんだ」

「そんなことない」

「嘘」

「根拠は」

「根拠はない。けど」

「けど？」

「一番最初に真妃は慰めろよって言ったじゃないか」

「は、そうだっけな。そんなの冗談に決まってんだろ」

「僕も最初はそう思ってた。でも違った。あれは本音を本音とは思わせないために演技してたんだ」

「何でそう思う」

「思い返すとそもそもあのテンションはおかしかった。高すぎる」

「ただ振られて逆にハイになってただけかもよ」

「そうかもしれないけど僕は違うと思った。なぜなら今までの失恋したときはもっと一目見てわかるくらいには落ち込んでたから」

「お前、そんなによく私のこと見てるのか。きも」

「自分でも驚いたよ。僕が真妃の変化に気付けるくらいには気にかけてることにね」

　真妃はどういうリアクションをとればいいのか判断しかねているのだろう。少しの間沈黙が流れた。

　真妃からの言葉を待とうと思ったけれど、沈黙に勝てない僕から話してしまう。

「そういう真妃だって僕のことよく知ってるじゃないか。僕が学校帰りにこの公園に寄ってることなんて誰にも言ってないのに」

　そう言うと、少しばつの悪そうな笑みを浮かべる真妃。

「前にお前が一人さびしく帰ってるところを見かけたから後をつけたらたまたまここに入るのを見ただけよ」

「ストーカーかよ」

「誰がお前のストーカーなんかするか！」

　この威勢はいつもの真妃のだ、そう思った。

「普通に話しかけてくれたら良かったのに」

「話しかけたら逃げるだろ」

「声かける前に飛び膝蹴りとかしなかったら逃げないよ」

「そうなのか」と驚いたような表情をするけれど、それは当たり前のことだと思うのだが。

「でも確かにこれだと腑に落ちない点があるんだよね」

「何」

「何で真妃は毎日僕の所へ来るのか。それだけはわからない」

「そんなの意味なんてない。ただ単に暇そうなお前に八つ当たりしようと思っただけ」

「うん、確かにそう見える」

　僕が素直に認めると思わなかったのか少し面食らった真妃。

　そんな真妃のことをお構いなしに続ける。

「それだったら一日でいいはずだ。初日でもいいし、何日目でもいい。でも真妃は毎日来た。それは僕に何かを期待してたんじゃない？」

　我ながら自意識過剰なことを言っているような気もするが、どういうわけか、この件に関しては自信を持って言えた。

「お前に期待？　は、寝言は寝て言え」

　やはり素直には認めない。

　ここはもっと攻める、虚勢を張っても嘘は吐かず、実直に。

「真妃の友達は良い人多いよな」

「いきなりなんだよ」と訝しむように見つめる。

「今まで失恋したときには僕にも話すくらいだから他の友達にも僕に言ったように報告したんじゃないの？　それで優しい友達は優しく慰めてくれた」

　肯定も否定もしないので続ける。

「しかしそれに真妃は不満を感じた。不満と言うと大げさかもしれないが、何かしらの違和感を覚えた」

　真妃は何も言わない。

「真妃って結構面倒くさい性格してるのかもしれないけど、優しい人の優しい言葉があまり心に響かないんじゃない？」

「違う！」

　それまで黙っていた真妃が声を張り上げる。

「他の子が慰めてくれるのも嬉しいわよ。でもなぜか胸がもやもやしちゃって」

「なるほどね。友達だからこそ言われたくないこともあるわけだ」

　真妃は小さな声で「違う」と言うが、薄々感じていたのだろう。

　これは思春期特有の悩みなのか、はたまた真妃個人の悩みなのかはさておき。

「それで僕の所に来たわけだ。幼馴染みではあるけど、友達かと言われれば即答はできない。そんな微妙な関係であり、優しい言葉をかけないであろう僕に」

　それを聞くと、何か言いたげに口を開くが真妃の口から音が出ることはなかった。

　どの部分に文句を言おうとしていたかわからないが、とりあえず気にしないことにした。

「それで真妃は思いついたんだ。僕に慰められたらどんな気分になるのか。だから僕の所へ来た」

　一瞬、申し訳なさそうな表情をする真妃。これはもう肯定と受け取っていい反応だろう。

「だけど真妃の予想通りかどうかはわからないけど、僕はこの五日間慰めなかった」

　ひと呼吸おく。

「真妃にとってももしかしたら一日も慰められないのは想定外だったんじゃない？」

「ま、確かに連日振られてくる幼馴染みに慰めの言葉がないなとは思ったよ」

　別に僕だって人に優しい言葉をかけられないわけではない。

　これは偏見かもしれないけど、お互いの関係性によっては言葉で多くを表現しないこともある気がする。

　僕と真妃は小さい頃から一緒にいることが多かったが、何も最初から優しくしていないわけではなく、知り合った頃は何か嫌なことがあったときはお互い話して共感し合っていたはずだ。

　しかし、いつからかそれがなくなった。

　なくなったと言うと語弊がありそうだが、何もお互いのことをどうでもよくなったとかではなく、お互いをよく知っているからこそ多少の嫌なことがあっても相手は大丈夫だと勝手に思い、あまり言葉に出して心配とかをしなくなっていた。

　最近いつ真妃に対して「大丈夫」や「ありがとう」なんて言葉を言ったのか思い出せない。

　そう考えると数日前に「頑張って」と言ったときに笑いながら小突いてきたのは、本当に嬉しかったのだろうか。

　最近僕が言葉に出さなくなったことに真妃は飢えているのかもしれない。

　なら僕がやることは決まっている。

　恥ずかしくても恥知らずな人間にならないよう努力しよう。

「ごめん」

「え、何急に謝ってんの」

「今のは諸々込みの謝罪」

　真妃は何のことだかわかっていない様子だが仕方ない。

　それでも僕は言葉を紡がねばならない。

「本当はね、もっとちゃんと真妃と向き合うべきだったんだと思う。でも僕が恥ずかしがって口に出さなかったから真妃がここに来たのも無駄になった」

「別に無駄とか思ってないよ」

「そう言ってくれると僕も嬉しいよ。ありがとう」

「嬉しい」と「ありがとう」どちらの言葉に反応したのか定かではないが、僕のほうを見て驚いたような表情をする。

　ちゃんと目を見て話したほうがいいのだろうが、そこまで思い切りよくなれず、地面を見ながら話す。

「よく考えたら真妃はいつも昔と変わらず僕に色々なことを話してくれたよね。失恋したなんて話、本来ならいちいち僕に言わなくてもいいことなのにいつも僕に言ってきた。それって真妃は今も昔も変わらず僕に接してくれてるってことだよね。それなのに僕は勝手に距離をつくって真妃に相談とか失恋話みたいな大事な話をしなくなった」

　口が乾く。

「もしかしたら真妃は昔みたいにもっとお互いの話をしたいんじゃないのかって思ったんだけど、どうかな」

「うーん、まあ確かに学校にいるときとかあんまり話さなくなったなとは思ってるよ」

「そうだね。それも僕が僕みたいな人と話してたら真妃に迷惑がかかるかなと思って」

　と言ったところでみぞおちに衝撃が走ってむせ返した。

「迷惑ってなんだ。別に私とお前が話してて何で私に迷惑がかかるのよ」

「いやだって、スクールカーストの違う人間が話してたら変じゃないか」

「何がスクールカーストが違うだ。もう一発やるぞ」

　拳を構える真妃。

　もう一発なんて受けたら吐いてしまうかもしれないので、咄嗟に反論する。

「スクールカースト上位の僕と下位の真妃が話してたらそりゃ変でしょ」

　再びみぞおちに衝撃が走った。

「別にスクールカーストとかどうでもいいけど、お前が上に立とうとしてるのが腹立つ」

「いつも目線は僕のほうが高いけどね」

「心の目線は私のほうが高い」

　心の目線って、その言い方だと僕のこと心の中で見下してないか。

「何をごちゃごちゃ考えてるのか知らないけど、とりあえず喧嘩売ってるなら買ってやるから立ちな」

　そう言って立ち上がり僕のほうを向いて拳を構えた。

　こうして立ち上がっているのを見ると、いつもの態度の大きさとは反比例して身体は小さいなと改めて思う。

「ちっさ」

「よーし、わかった。早くやろう」

　つい心の声を漏らしてしまった。

　まさに火に油を注ぐ形になってしまった。

　何とかしてこの場を治めなければ。

「真妃って身体は小さい割には結構胸大きいよね」

　言い終わった瞬間に股間目がけて踵が振り下ろされた。

　あまりの衝撃に一瞬、呼吸が止まる。そのあとに激痛を感じ声も出せず、地面にうずくまった。

「おい、セクハラ野郎。何か遺言はあるか」

　セクハラ野郎とは失礼な、と言ってやりたかったが、まだ痛みが続くせいで声が出せなかった。

　それを見ながら真妃は笑っていた。

　変な話かもしれないが僕はそれが嬉しかった。

　本当は僕もずっと真妃とこうして話していたかったのかもしれない。

「ごめん」

　ようやく痛みが引いてきて言葉を発せるようになった。

　それを聞いた真妃が「何でお前が謝るんだよ」と楽しそうに言う。

「もしかしたらこれから言うことは本気で真妃を怒らせるかもしれないけどいい？」

「別に。どうせ駄目って言っても勝手に話すだろ」

「じゃあ遠慮なく」

　一回深呼吸する。

「正直、僕は真妃が振られて良かったと思ってる」

　また拳が飛んでくるかと思って身構えたが、真妃は黙って聞いていた。

「もし、真妃に恋人ができたらこうやって話すこともなくなるのかもしれないと思ってちょっとこわかった」

　頷きもせずにただじっと真妃は聞いているので、どんな気持ちで聞いているのかわからない。

「なのに僕は平気なふりして真妃の話を聞いて、しかも真妃に嘘吐いてるなんて言った。僕だって人のこと言えない癖に」

　自分の情けなさに自嘲気味に話してしまう。

「本当は最初の日に僕が言うべきだったんだ」

「何を？」

「僕も真妃が好きだ」

「『も』って言うと私もお前が好きみたいに聞こえるだろ！」

「え、違うの？」

　とぼけた風に訊くと、真妃は「好きになるわけねーだろ」と言って公園の出入り口へ向かってしまった。

　やはり気を悪くさせてしまったのか、と後悔の念が押し寄せようとしていたとき、真妃は一回ぐるりと振り向いて「今はな！」と言った。

　その言葉をどう捉えていいのかわからなかったが、とりあえず嫌われたわけではなさそうで安心した。

　振られ続けた真妃と今初めて振られた僕。

　今後どんな関係になるのかまったくわからないけれど、それも恋愛の一つなのだろうと思った。