第4話木曜日
四
「昨日、失恋した」
昨日は僕が突然一方的に帰ってしまったので今日は来ないのではないかと思ったが、そんなこともなく、今まで通りに来ては同じ台詞を吐いていた。
「昨日はごめん」
「別にいいけど何かあったの?」
「いや、特に何かあったわけではないんだけど」
昨日の自分でもわからない衝動を思い出しながら話すが、未だに自分でも理解していないのでうまく話せなかった。
しかしそんなことを気にするようなことはなく「そ、別に何もないならいいけど」と言って深くは追及してこなかった。
僕はまた真妃の気が変わって話を蒸し返されないように話題を変える。
「今日はどんな風に告白したの?」
「普通に呼び出して告白しただけよ。そんな変なことはしてないわ」
「そっか。でもよく一昨日はあんなことしたのに呼び出しに応じてくれたね」
大木くんも意外と根気強く付き合ってくれているなと感心してしまった。
真妃は「ああ。それはね、これを渡したのよ」と言って鞄の中から折りたたまれた紙を取り出した。
そこには大きな文字で『果たし状』と書かれていた。
「えっと、これは?」
「見ての通り果たし状よ」
「見たまんまだから困惑してるんだけど……普通こういうときはラブレターじゃないのか」
「もう何回も告白してるのに今更ラブレターなんて意味ないでしょ」
「それはそうかもしれないけど、かといって果たし状はまた意味が違うんじゃ」
「違わないわよ。私にとって告白は決闘みたいなものだもん」
真妃にとってはそうでも世間一般では違うのではないかと思ったが、ここでそれを言っても納得するような奴ではないのがわかっているので黙っていることにした。
「それで、中にはなんて書いたの?」
『果たし状』と書いてあっても中身次第ではラブレターっぽくなるのではと思い訊いたが、僕の期待は泡となって消えた。
「いつもの場所で待つ。首を洗って来な!」
何で「首を洗って出直して来な」みたいな言い方をするのか。それにそんな内容の果たし状を貰ってよく来たな大木くんは。
「女から果たし状を貰って来ない男なんていないでしょ」
「現代で果たし状を貰うことがほとんどないんだけどね」
「それもそっか」なんて笑いながら言う真妃。
それを見て思った。表面上はいつもと変わらないように見えるが、内心傷ついているのではないだろうか。
確かに今までも振られて僕に話してきたことはあったから失恋経験がある(というかそれしかない)のは知っているが、今まで同じ相手に何回も告白したことはなかったのではないだろうか。そう考えると今回は今まで以上に本気で、だから振られて本来ならもっと落ち込んでいてもおかしくはない。
しかしそう思っていても僕から何か言うことはできなかった。
真妃が無理をしてかどうかはわからないが、気丈に振る舞っているのに勝手に気を遣うのは単なるエゴだ。
「それで、明日も告白するの?」
もしかしたら愚問だったかもしれないなと思いつつ訊くと、案の定「もちろん」という返事が来た。
しかし、そのあとに何気ない風を装って「でも明日で最後にする」と言った。
それを聞いて僕は何か気の利いたことでも言ってあげられれば良かったのだが、何も言葉が浮かばず、「そう」とかろうじて返事をしただけだった。
「てなわけで明日で最後の失恋報告になると思うから楽しみに待ってな!」
元気いっぱいに言う真妃の内心は決して表面上のそれとは違うはずなのに、それを見せずに振る舞えるのは純粋にすごいと思った。
「明日で最後にする」と言ったとき、一瞬、表情が暗くなったのを見逃さなかった、だからそんな風に思ってしまうのだろうか。
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