第3話水曜日

   三



「昨日、失恋した」

 もはや「おはよう」みたいな挨拶のように失恋の報告をしてくる真妃に、それを待っているかのように同じ場所に居る僕はさながらコントをしているようでもあった。

「駄目だったか」

「うん。何度言われても無理って言われた」

 昨日よりも少し落ち込んでいる様子の真妃。

 何か慰めの言葉でもかけようかと思ったら、真妃が言葉を続けた。

「だから」

「だから?」

「悔しくて」

「悔しくて?」

「股間蹴ってやった」

「そうはならんやろ」

 つい似非えせ関西弁みたいなものが出てしまった。

 こいつは大木くんに好かれたいのではないのか。それではただ嫌われるだけの気がする。

「蹴ってそのあとどうしたの?」

「悶えている様子を見ながら高笑いして去ってやったわ」

「悪魔かよ」

 男の僕なら大木くんのつらさがよくわかる。

 股間を蹴られて平気な男などいないだろう。

「私もさすがにやってしまったと後悔したわ。でも後悔はしてない」

「どっち」

「好きな人の股間を蹴ったということは後悔してるけど、股間を蹴ったという行為には後悔してない。だから」

「だから?」

「股間蹴らせて」

「嫌だよ」

 何でよみたいな顔をするけれど、股間を蹴らせてと言われていいよと言う男はいない。いるにしてもそいつは変態だからすぐに逃げたほうがいいだろう。

「確かにお前が座ってる状態だったら蹴るより踏ませてのほうがやりやすいか」

「そういう問題じゃないけど」

 真妃の恋愛事情なんて知らなかったけど、いつもこんな感じだとしたら今まで振られ続けたことにも納得した。

 真妃は見た目こそ小柄な女の子といった感じだが、言動が粗暴で男は引いてしまうのかもしれない。

「で、そんなことをしておいて明日もまた告白するの?」

「もちろん」

「逃げられたりするかもよ」

「そうしたら羽交い絞めでもして捕まえてやるわ」

「告白相手を羽交い絞めしてからの告白ってこわすぎるんだが」

「そう?」と不思議そうな顔をする真妃。

 なるほど、真妃は自分が凶暴なことをしているという自覚がないからこういうことに抵抗がないのか。

 普通は羽交い絞めしてきた相手に告白されて付き合うなんてことはないと思うのだが。

「あの、真妃さん? ちょっとその暴力的なところは一旦止めてみません?」

「? 止めてどうするのよ」

「もっとこう、女の子らしくするというか」

「女の子らしさって何。それってスカート穿いて、家事や裁縫が得意で、男より一歩引いた人間になれってこと。馬鹿馬鹿しくて話にならないわね」

 嫌悪感を隠そうともせずに言い放つ。

 何もそこまでしてほしいわけではなく、普通に暴力を止めたらという話だったのだが。

「いや、別に僕もそこまでしてほしいわけではなくて」

 僕がどう言葉を繋いだものか悩んでいると、真妃は「ふう」と息をついてから言った。

「別に私だってそれくらいわかってるわよ。もっとお淑やかになれば好かれるんじゃないかってね。でも、もし私が自分に嘘を吐いてお淑やかな私を演じたとしてもすぐにボロが出るだろうし、何より本当の自分を好きになってもらいたい」

 真妃自身、何も考えていなかったわけではないらしく、自分の恋愛論を語る。

 僕ももし恋愛するなら真妃と同じように考えるかもしれない。けれども、いざ外からそのやり方を見ていると悪手に見えてしまうのもまた事実であった。

「そっか。ごめん。そんな風に考えてたんだね」

「何謝ってんのよ」と笑いながら言う真妃。

 真妃は暴力的なところはあるかもしれないが別に怒りっぽいわけでも心が狭いわけでもない。

 根は優しい子なのだ。

「そんな真妃だからいいのかもね」

 僕が呟くと「どうした?」と怪訝そうにこちらを見る真妃。

 僕は「ううん、何でも」と言って立ち上がった。

 いつもなら真妃が先に帰って僕はその後もしばらくその場に居たけれど、今日はなぜか僕から先にこの場を立ち去りたい気分だった。

 自分でも訳がわからず、真妃には口ごもりながら先に帰る旨を伝えて足早に去って行った。



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