第7話 「十二国記」シリーズ

 さてさて。

 お待たせしました(?)、「十二国記」シリーズ。


 こちらの作品は、もはや言わずと知れた有名作。日本の作家、小野不由美さんによる長大なファンタジー小説だ。

 内容については割愛するが、細部に至るまでまことによくできていて、特に法律に関する思索が秀逸。心躍る傑作ファンタジーのひとつだと言えるだろう。


 実はお恥ずかしい話だが、このエッセイの冒頭でもちらっと宣伝してしまった拙作「白き鎧 黒き鎧」を書いていた2015年時点で、私はこの作品をまだ読んだことがなかった(もちろん、存在は知っていた)。

 けれども、執筆中に他の書き手さんから何度か「読んだことがありますか」「ないなら是非読んでみて! 絶対ハマるから」とおすすめされたり、拙作についてのご感想の中で「あの『十二国記』では……」等と引き合いに出されたりして、非常に気になっていた作品だった。


 しかし、執筆中にほかの作家による傑作異世界転移ものを読んでしまったりしたら、自分の筆が鈍ることは間違いなかった。それを大いに警戒したため、自分の作品を完結させてから、ようやく落ちついて拝読した、という経緯がある。

 そして本当に「うわ、書き終わってから読んでよかった!」と思ったものだ。

 こんな素晴らしいものを読んでしまったら、「自分の作品なんてこの世に存在する価値なし・意味なし」と考えて、筆が進まなくなったに決まっているからである。

 いや、要するに、それほど素晴らしい作品だということだ。


 さて、司書としていつも悩むのが、こちらの作品を利用者におすすめする時の方法である。

 こちら「十二国記シリーズ」は、最初、「魔性の子」という学園ホラーとでも言うべき作品として執筆が始められている。だが、これがなかなか、中学生におすすめするのが難しい作品なのだ。

 まず、「怖いのは嫌い」という子が一定数いる。物語の舞台は現代の高校で、主人公が高校の男性教師(教育実習生)。そこに感情移入しにくい子も多いだろうと思われること。

 私自身はとても魅力的な物語だと思うけれども、この導入で間違えると、「この話は自分向けの話じゃない」と判断して、その後のシリーズを全部読まないという、とてももったいない選択をしてしまう利用者が多そうだと非常に危惧してしまうのだ。


 実は「十二国記」は、この「魔性の子」はいわば序章のようなもので、実際はその次の「月の影 影の海」で主人公を高校生・陽子にしてからが本番なのだ。

 主人公も、話によってどんどん変わっていく。少年のこともあれば青年のこともあり、陽子よりももっと幼い少女のこともあり、また時には中年の文官だったり、「麒麟きりん」とよばれるこの世界の不思議な生き物であったりもする。要するに、視点を変えながら紡がれる、壮大な群像劇なのだということもできるわけだ。

 こちらで使われている中学校の国語の教科書では、この中の「図南の翼」が紹介されているが、これから読み始めても分からないことはない。こちらの主人公は、王になることを目指すひとりの活発で利発な少女である。


 ただ、「じゃあ、陽子のところや他の話から読み始めればいいじゃないか」と言うと、さほど問題は簡単ではないのだ。

 「魔性の子」の中に出てくる恐ろしげな謎の存在(幽霊や妖怪といったたぐいのもの)があるのだが、次の物語を先に読んでしまうと、その存在が何であるのかはすぐに分かってしまう。つまり、ネタバレしてしまうのだ。

 一度そちらを読んでしまったら、先に「魔性の子」を読んだときに感じられたはずの初々しい体験や、そこから現れたはずの感動は二度とその人の心に戻ってこないことになる。

 ここが、司書としては大いに悩ましいところなのだ。


 実際、「何かいい本ないかしら」とやって来たとある先生に「魔性の子」からおすすめしてみたところ、「これは私、合わなかったわ」と、すぱーんと返却されてきたという痛恨の事態があったりして、もうね……(白目)。


 というわけで。

 生徒にはどう紹介したものかとしばらく頭をひねった挙げ句、私はとある非常に読書家な生徒さんをつかまえて、これらのことを全部開陳し、「どっちから読むのがいいかな? どうする??」と正直に聞いてみたのである。

 その子はしばらく考えてから、とりあえず「魔性の子」と「月の影 影の海(上巻)」を両方借りて帰った。「もし『魔性の子』の冒頭を読んでみてダメでも、諦めないで陽子ちゃんの方を読んでみて」と私がお勧めしたからである。


 そして。

 二週間ほどして、その子は「魔性の子」を返却しにきた。そして改めて「月の影 影の海」を借り直していったのだ。

 ちょっとルール違反かなとは思ったけれど、私はこっそりその子に訊いてみた。

「どうかな、面白かったかな……?」と。

 その子はしっかりと、嬉しそうにうなずいてくれた。


「うん。すっごく面白い」


 いやもう、嬉しかったですね!

 これが司書をしていて最も嬉しい瞬間かもしれない。


 ご静聴、ありがとうございました。

 


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