第2話 生贄の役割
「着いたー!」
「わ、ホントにおっきい!」
桟橋から、道なりに歩き続けて十分ほど。私達は漸く、宿泊先の別荘へと辿り着いた。
三十人は泊まれるというだけあって、別荘と言うよりはちょっとしたペンションのようだ。白で統一された壁と
「中に入ったらすぐご飯作ろ! 皆お疲れ様!」
赤澤がそう言って、玄関のドアの鍵を開ける。皆は楽しそうに談笑しながら、別荘の中に入っていく。
私はと言えば、体中が痛くて正直立っているのもやっとだった。あれからも歩くのが遅いから押してあげると言っては突き飛ばされ、蹴られ、私の体は打ち身と擦り傷だらけになっていた。
こうなる事は覚悟していた。ここは誰の目も届かない孤島。皆は最後に私を思い切りいたぶる為に、この旅行を計画したに違いない。
本当は来たくなかった。けど親のいる前で誘われてしまえば、逃げ場などある訳がなかった。
「何ボーッとしてるの? ほら、黒井さんも早く行こうよ!」
私が動き出せないでいると、それに気付いたクラスメイトが二人、こちらに駆け寄ってきた。そして私の手を片方ずつ掴み、強引に引っ張り出す。
「あ゛、ちょっと、待って」
「楽しみだねー。黒井さんもそうだよね。ね?」
足が縺れて転びそうになるのを必死で耐えながら訴えるけど、二人は足を止めない。そして玄関を潜ると、散らばった靴の上に放り投げられた。
「ぎゃあっ!」
「あ、黒井さん皆の靴片付けてくれるんだね! 優しい! 流石黒井さん!」
無様に倒れる私に、一人のクラスメイトがそう声をかける。その声はどこまでも明るくて、朗らかで、普通だ。
そう、普通。皆にとって私をいじめる事は、息をするのと同じくらい普通の事なのだ。
「じゃあ、お願いするね! よろしく、黒井さん!」
それだけ言って、皆はさっさと行ってしまった。後には、倒れたままのボロボロの私だけが残される。
――許されるなら、このままいつまでも倒れていたい。けど次に誰か来る前に靴を総て揃えておかないと、もっと酷い目に遭うかもしれない――。
私は気力を振り絞り、方々に散らばった靴を一足一足揃え始めた――。
「あ、黒井さん終わったんだー」
「今皆でご飯作ってるからさー、座って待っててよー」
何とか誰かが来る前に靴を揃え終えた私は、皆の待つリビングキッチンへと足を踏み入れた。リビングキッチンでは皆が、和気藹々と昼食を作っている。
「て、手伝わなくていいの……?」
「うんうん。休んでてよ」
やけに優しい言葉に私が戸惑っていると、皆がそう言って一斉に頷く。本当に、休んでていい、の……?
私が、そう思っていると。
「だって黒井さんが触ったものなんて、汚くて食べられないもん」
え? 私は、思わずその場に固まった。
「そうそう、触った所から腐っちゃいそうだよねー」
「食材が可哀想だよー」
「食べたら黒井さんみたいになっちゃうかも」
「怖ーい!」
和気藹々と、あくまでも和気藹々と口々にそういう皆。……ああ、そういう事か。
生贄である私は――とことんまでこのクラスの異物なのだ。
「ほら、席に着いて待ってて。黒井さんの席はあそこね!」
やがて赤澤が振り返り、部屋の一点を指差す。そこは食材が入れてあったのだろう、空のビニール袋が敷き詰められた部屋の隅だった。
「……ありがとう……」
やっとそれだけを振り絞って口にして、私は指定された場所に座った。足の擦り傷がビニールの表面に擦れて、じくじくと痛む。
そうやって痛みに耐えながら座っていると、やがて赤澤が何かが乗せられた皿を持ってこちらにやってきた。今度は何かと、私は反射的に身構える。
「はい、お待たせ。黒井さんの分、出来たよ」
天使のような微笑みで、赤澤が持っていた皿を差し出す。それを見て、私は無意識のうちに後ずさっていた。
それは、積み重ねられた生ゴミの山だった。
「黒井さんの為に、皆で一生懸命作ったんだよ。食べてくれるよね?」
朗らかで、柔らかい、赤澤の笑顔。差し出しているのが、生ゴミの山だとは思えないくらいに。
気が付くと、他の皆も全員私を見ていた。赤澤と全く同じ笑みで。
「……いただきます」
私は生ゴミを手で掴み、口に入れた。途端に口の中全体に、生臭い味が広がる。
「どう? 美味しい?」
「……美味しい……」
「ホント? 良かったー!」
私の感想に、赤澤が嬉しそうに笑う。どうして。どうしてそんな顔が出来るのか。
「遠慮しないで、残さず全部食べてね。黒井さん!」
無理矢理顎を動かしながら、私の目にはいつしか涙が浮かんでいた。
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