ズットモ

由希

第1話 最高のクラス

 私達のクラスは、最高のクラスだった。

 普通一つのクラスに何人も生徒がいると、仲間外れになる子が一人は出るものだ。けれど私達のクラスには、そういった事が一切なかった。

 何をするにも全員で団結し、全力で取り組んだ。クラス対抗で何かをやれば大抵一位を取った。

 私達のクラスは、最高のクラスだった。


 ただ一人、私――黒井くろい陽子ようこ以外にとっては。



「わー、凄い!」

「緑がいっぱいだねー」


 次々と桟橋に降り立ったクラスメイト達が、辺りを見回し歓声を上げる。そこは舗装されていない一本の道以外生い茂る木々に囲まれた、まさに孤島と言うべき場所だった。


「それじゃあ、明後日の昼に迎えに来るべな。危ない所には近寄らんようにな」

「はい! おじさん、ありがとうございます!」


 私達全員が降りた事を確認すると、船頭さんはそう言って船を桟橋から離した。遠ざかっていく船を、クラスメイト全員が手を振って見送る。

 明華女子中学校、三年B組。全生徒二十五名。

 私達は今卒業旅行で、クラス委員の赤澤あかざわ香苗かなえの親が所有している瀬戸内海の島にやって来たところだ。何でもここに建てられている別荘は、三十人くらいまでなら余裕で泊まる事が出来るらしい。

 親や先生抜きで、子供達だけで過ごす中学生活最後の三日間。親達も皆の仲の良さは知っていたから、中学最後の思い出になるならと快く我が子を送り出した。

 食料や調理道具など必要なものは総て事前に運び込まれているし、発電機があるから電気にも困らない。大した不便もなく、のびのびと過ごせる訳だ。


「それじゃあ皆、行こー! 着いたら皆でお昼ご飯作ろうね!」

「おー!」


 皆に声をかけ、赤澤が先頭に立って歩き出す。その後に続くように、他の皆も移動を開始する。


「いづっ……!」


 不意に足を思い切り踏まれ、思わず踞る。と同時、今度は後ろから突き飛ばされ、バランスを崩した体は地面に大きく倒れ込む。

 更に倒れ込んだ私の体を、大勢の足が遠慮なしに踏みつけていく。その痛みに、私は堪らず悲鳴を上げた。


「ぎゃっ! 痛い、止め……」

「ねー、着いたら何しよっか?」

「あたし川に遊びに行きたい!」

「川に魚いるかな? 釣りとかしたいね!」


 私が幾ら痛みを訴えても、足が止まる事はない。それどころか、逆にあからさまに蹴りつける動きまで出だすくらいだ。

 口から出るのは、実に他愛のない雑談。まるで、私などまるで存在しないかのように。


 私は、このクラスの生贄・・だ。


 始まりは、中学二年の三学期。赤澤が、うちのクラスに転校してきた事だ。

 明るく優しく何でも出来る、優等生を絵に描いたような赤澤がクラスの人気者になるのに時間はかからなかった。三年に上がり、赤澤がクラス委員に立候補した時も反対する者は誰もいなかった。

 ところが赤澤に任せれば安心だと、先生が用事で席を外したホームルーム。赤澤は、唐突にこう言ったのだ。


『それじゃあそろそろ、生贄を一人決めようと思いまーす!』


 赤澤は言った。より良いクラスを作る為には、誰か一人を残りのクラスメイト全員でいじめ団結力を高めるのが一番効果的なのだと。

 普通なら、ふざけるなと猛反発するのかもしれない。けどその頃には私達は既に、赤澤の事を信頼し切っていた。赤澤が言うのならそうなのかもしれないと、そう思ってしまったのだ。

 それに生贄はたったの一人。自分が生贄にさえならなければいいという思いもあって、全員が赤澤の提案に賛成した。

 生贄は、投票制で決められた。くじ引きだと生贄となった生徒に同情してしまうかもしれない、それでは団結力は高められないという事だった。

 実際、いじめるべき相手を自分で決めるという後ろ暗い行為は、もう引き返せないのだという気持ちに私達をさせた。そうして集められた票を赤澤が一人で集計し、遂に生贄の名前が発表された。


 黒井陽子。私の名前だった。


 以来、私は生贄としてクラスメイト全員からいじめを受ける事になった。普通いじめとは実際に危害を加える者とそれを見て見ぬふりする者に分かれるものだが、赤澤は全員に積極的に危害を加えさせた。

 初めは戸惑っていたクラスメイト達も、やがていじめ行為に快感を覚えるようになっていったらしい。いつしか赤澤がいなくても、進んで私をいじめるようになっていった。

 そして赤澤の言う通りいじめ行為は徐々にクラスに強い連帯感を生み、私達のクラスは学校のイベントで大活躍した。いじめは常に先生や他のクラスの生徒のいない時に行われていたから、何も知らない周囲の人間は私達のクラスを最高のクラスだと絶賛した。皆が仲良しで結束の固い、素晴らしいクラスだと。

 先生に本当の事を話した事もあった。けれど先生は私の話を、面白い冗談だと言ってまともに取り合ってくれなかった。勿論その後は、皆に酷い制裁を受けた。

 親も皆を、私のいい友達だと信じて疑わなかった。私が生贄に決まってすぐ、赤澤が親の懐柔にかかったからだ。幾ら本当の事を伝えても、あんなにいい友達の事を悪く言うなんてと逆に叱られるだけだった。

 死のうかと考えた事もあった。でもそれは、皆に対して負けを認める事になると思うとどうしても死ねなかった。私は皆に負けたくなかった。

 それに、たった一年の辛抱だ。高校に上がれば、この地獄も終わる。そう考えて、卒業まで必死に耐えてきた。

 高校は、遠く離れた全寮制の高校を受験した。私を知る者の誰もいない環境で、新しい生活を送る。それが今の私の夢。


「黒井さーん、いつまで寝てるの? 早くおいでよ!」


 いつの間にか、全員が私の上を通り過ぎたらしい。気付けば遠くから、そんなクラスメイトの声がした。

 痛む体を何とか動かし、よろよろと立ち上がる。遅れれば、今度はどんな目に遭うか解らない。


(この旅行が終われば――全部終わる)


 その想いだけを支えに、私は足を引きずり皆の後を追った。

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