第3話 運命の出会い

 綺麗な夕焼け空が、視界一面に広がる。私は何の感慨もなく、ただ黙ってそれを見つめていた。

 いや、違う。強制的に見させられている・・・・・・・・のだ。

 だって私は今、砂浜に仰向けに埋められているから。砂が重すぎて、身動きなんてしたくても全く出来ない。

 これは勿論、クラスメイトの仕業だ。昼食の後、私は赤澤のいるグループに無理矢理この海岸まで連れて来られた。

 そして全員総出で、私を砂の中へと埋め込んだ。今日の私のベッドだと言って。

 赤澤達は私を埋め終わると海岸でひとしきり遊び、そのまま私を放置して帰ってしまった。後に残された私は、どうする事も出来ずただずっと変わりゆく空を眺め続けている。


 ……波の音が、心なしか近くなってきたような気がする。そういえば潮には満ち引きがあるんだった。

 待って。……待って。

 このまま、潮が満ちたらどうなるの? 私は一体どうなるの?

 潮がここまで届かなければいい。でももし届いたら……?

 そこまで考えてぞっとした。もし波で砂が流れなければ、このまま……。


「だ……誰か助けて! 誰かあ!」


 沸き上がる恐怖を抑え切れずに、私は声を限りに叫んだ。唯一少しだけ動く首をブンブンと振りながら、どうにか砂から脱出出来ないかともがく。

 理性では解っている。助けなんて来やしない。だってこの島には、私とクラスメイト達しかいない。

 解っていても、叫ばずにはいられない。誰かに助けを求めずにはいられない。

 だって私はまだ死にたくない。この旅行さえ終われば、やっと新しい人生が始まるのに。

 惨めな生贄のまま終わる人生なんて……絶対に嫌!


「誰か! ここから出して! お願っ……」

「……ねえ」


 その時、波の音に混じってか細い声が聞こえてきた気がした。私は叫ぶのを一旦止め、見える範囲を懸命に見渡す。

 右を思い切り向いた視界の端、本当に端の方から誰かが歩いてくるのが見える。その誰かは黄色のリュックサックを背負い、どこの学校の物かは解らないけどセーラー服らしき物を身に纏っていた。


「ねえ、砂から出して欲しいの?」


 今度はハッキリと聞こえた。知らない女の子の声が、私に呼び掛けている。私はここぞとばかりに、大きく頷き叫んだ。


「そう! お願い、出して! 私を助けて!」


 私の声に反応し、誰かの歩みが駆け足になった。そしてその姿が、ハッキリと解るところまで近付いてくる。


 それは、真っ赤な襟の白い長袖のセーラー服に真っ赤なスカートを穿いた、漫画にでも出てきそうな美少女だった。


 パッチリとした大きい目。綺麗に通った鼻筋。小さめで形の良い唇。茶色がかった髪をツインテールにしているのが、どこか幼さを感じさせて庇護欲をそそる。


 男なら、いやもしかしたら女でも、見たら放って置けないと思うような美少女がそこにいた。


 こんな女の子、今まで見た事がない。赤澤も美少女と呼べる方だと思ってたけど、この子はそれ以上だ。


「待っててね。今出してあげるからね」


 思わず呆ける私に微笑みかけ、女の子が手で砂を掘り始める。体に感じる砂の重みが、少しずつだけど失われていく。

 そうして日が完全に沈んだ頃、漸く私は体を動かす事が出来るようになった。


「あ、ありがと……っ!」


 起き上がろうとして、全身に今までとは比べ物にならない痛みが走る。何故かと考え、一つ思い当たった。

 もしかしたら、塞がっていない擦り傷に砂が入ったせいで化膿したのかもしれない。別荘からこの海岸に来る途中も、赤澤達に散々転ばされた。


「……怪我、してるの?」


 女の子の問いに、私は小さく頷く。すると女の子は、背負っていたリュックサックから一本のペットボトルとタオルを一枚を取り出した。


「動かないでね。今手当てするから」


 そう言って、傷口を手探りで確認しながらペットボトルの中身をかけ、その後タオルで水気を拭く。液体をかけられた部分が酷く染みたけど、その後は少し痛みが楽になった。

 多分、ミネラルウォーターをかけてくれたのだろう。見える傷を全部消毒し終わると、今度は女の子がリュックサックの中から絆創膏を取り出す。

 それを綺麗になった傷口に、丁寧に貼り付けてくれる。本心から私を気遣ってくれていると解る、優しい手際。


「……っ」


 気が付くと、目から涙が零れていた。こんな風に人の優しさに触れたのは、本当に久しぶりだった。

 誰かが困っていたら助ける。本当なら、当たり前の事の筈なのに。

 辺りが暗いお陰か手当てに集中しているせいか、女の子は私が泣いている事に気付いていないらしかった。その事が、少しありがたかった。


「はい、終わったよ。どう? 少しは楽になった?」

「……うん」

「良かったあ。役に立てて」


 手当てを終え、暗闇の中で女の子が嬉しそうに笑った。それは今まで見たどんな人の笑顔よりも、とても愛らしく見えた。


「あのう……あなたは誰? 何でここに?」


 少し心が軽くなった私は、気になって当然の疑問をぶつけてみた。だって本当なら、私達のクラス以外に誰かがいる筈はないのに。


「私? 私は白石しらいしまどか。私はね……」


 すると、女の子は。花の咲くような笑顔で、こう告げた。



「この島にいる人達を、全員殺しに来たんだ」

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