第三話
寺に着くと、私は一直線に御堂へ向かい、鞄を置いた後、紳士用の傘をさしていた傘と合わせて持って墓地へと向かった。
あの声の人が差してあげて欲しいと言っていたのがどれだけ大きな人だったとしても、人じゃなかったとしても、これなら何とかなるだろう。
墓地に着くと、私は一度立ち止まって呼吸を整えた。
あの森の御墓から全力ダッシュしたせいで、息がすっかり上がってしまっていた。
呼吸を整えつつ墓の間を歩きだす。
敷き詰められた砂利が歩くたびに音を立てた。
ここの墓は主に寺の檀家の方達の代々の御墓だ。長年続いて来た家も多いせいで、同じ名前もよく見るし、けっこう古い時代のものもちょくちょく見る。
私は小さい物だったとしても、見逃さないように注意して墓地の間を歩く。
「……あ、」
――つきあたりの端っこに、彼はいた。
降りしきる雨も全く気にとめずに座り込み、祈っている。
彼の白いTシャツは雨で透け、裾は泥で滲み、なかなかに悲惨な事になっている。
男の年齢は分からないが、痩せた体とふさふさの髪から察するに、二十代後半、といったところだろうか。
雨の日のこんな墓地にわざわざ人が来るはずもなく、ここにいるのは男だけ。
雨の音がうるさくこだまするそこは、酷く静かだ。
男が祈る先にあるのは古びた一つの墓。
墓石は大きく欠け、花は何十年もいけられていない。ろうそくを立てるべきあの場所は、骨組しか残っていない。
忘れられた墓の一つである。
しかし、こういう墓が必ずしも古いものとは限らない。
手入れをしなければ、どんなものでもあっという間に朽ちる。手入れをしていても、不慮の事故は起こる。
昔から、少なくとも私が気付いた頃にはこういう墓には大体幽霊はいない。
ちゃんと綺麗にされた墓の幽霊は周囲の幽霊と楽しそうに談笑しているのを見かけることもあるのだが、放置された墓の幽霊は、所在なさげにいるのを見たと思ったらふとした瞬間に消えてしまう。
私のいる寺にだって、こういった墓は少なからずある。
でも、寺だってこの墓を預かる身にすぎない。勝手に修理も出来ず、朽ちて行く墓と、消えて行くそこの主を、指をくわえて見ている事しかできない。
寺に住み込んでいるだけの私が出来る事なんて、ない。
「……不甲斐……ないな。」
思わずぽつりと言葉をこぼした。
見えていたって、出来る事なんてないのだ。
こんな言葉を零したって、すぐに雨にかき消されて誰にも届くことはない。
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