第二話
その墓地は、森におおわれるようにしてひっそりと佇んでいた。
多くの墓石は崩れて原型をとどめておらず、自然に還ろうとしているものもあった。
きっとかなり古い物で、今はもう使われていない……というよりは供養する子孫がいなくなったのか忘れられたのか、もう面倒を見てくれる人がいないのだろう。
町へ出て行く人が増えたこの村には、珍しくはない光景だ。
でも、やっぱりお墓というのは不気味な感じがする。見えていても、怖いものは怖いし、死角に入られればどうしようもない。
そっと首に触れる。
以前、幽霊に首を締められたことがあった。
まだ生々しく記憶にこびりついた記憶は消そうにも消えてくれない。思い出しただけで手の平は少し湿っていた。
そっと目を上げるとコールタールの霊はお墓に手を合わせていた。
(幽霊が幽霊に手を合わせてる……)
彼はたぶん、そのおかしな事実に気がついていない。その証拠に目を上げた後、彼は君はやらないのか?とでも言いたげに見つめてくる。
それを受けて私もそっと手を合わせて、目を閉じる。
雨は森の木々に阻まれてあまり落ちてこない。首に挟んだ傘は時々風に揺れる。
「ひっ、」
首筋に冷たい物が当たった気がして慌てて目を開けて振り返る。
そこには、何もいなかった。
そっと首にふれると、少しだけ濡れていた。たぶん、落ちてきた滴が肩に当たったのだろう。
墓地にいるせいで敏感になりすぎていたのかもしれない。
(……帰るか。)
雨は次第に強くなって赤い番傘を叩く。私の影から出て来ていたあの妖怪はいつのまにか私の影に戻っていた。
「かs……っ……。」
誰かの声が聞こえた。
小さくて今にも消えそうな、掠れた声。
慌てて振り返って、あたりを見渡す。
「……なんて?」
私が聞き返すと、今度は少しだけ聞こえた。「かさ」と。
木々と、その先の雨が降り続く空を見上げてみるが、幽霊は見えない。どこかから声を飛ばしているのだろうか。
……いたらどんな人か分かるのに。
善人、もとい善霊なのかどうかはかりかねてしまう。
とりあえず危害を加えるつもりはなさそうだけれど。
「かさ……傘?」
今差している傘を少し振って、
「これ?」
と訊ねると、
「……。」
コクリと頷いたような気がした。
「ぼち……、でっ、……。……傘。」
墓地、ここのことだろうか。
「ここ?」
「……ちがっ……て……ら」
「寺?」
いつの間にか私の影から出ていた、黒い幽霊が向こうの方を指さす。
それは盆地の中に、こんもりと盛り上がった丘にある、
「え? うちの寺?」
「……。」
声の主はこくりとうなずいた。
「そこの……ぼ…ち……」
頷き返す。たしかにうちの寺の隣には墓地が隣接されている。
「……さし……あげ……。」
「……?」
ただでさえ小さいのに、雨の音にかき消されて聞きとれない。
「かさ……さして……あげて。」
やっと分かった。
「分かった。」
そう言うと、私は鞄を握りしめて走り出した。
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