冷雨 ー雨の中で見つけた傘ー

@hosikagami

第一話

雨が降っていた。

周囲をぐるりと囲む山々は全て霧で覆われ、湿っぽい空気は体にまとわりつく。

道の両側にある田んぼは、山の方までずっと、同じ形のまま広がっている。

私は学校が警報で休みになったおかげで、昼過ぎにも関わらずのんびりとこの道を歩いていた。

警報、といっても範囲が広いのとここが山の中の小さな集落なせいで、このあたりだけ見ればさほど雨は降らないらしい。それどころか、数時間後には晴れるかもしれないそうだ。

赤い番傘をくるりと回して空を見上げる。

一面グレーの空。今はまだ晴れるようには見えない。晴れるとしても少しの間だろうし、今日は洗濯物を干すのは無理そうだ。

「梅雨になる前に、一回全部の布団干しておきたいんだけどな……」

あの数の布団を干そうと思ったら、あらかじめまとめておいた方がいいかもしれない。それで、もし夕方晴れたら少しだけでも干して……

「……やっぱり早めに帰ったほうがよさそうだな。」

ちょっと早足になり、家路を急ぐ。夕方までそんなに時間がない。

「……お嬢様。」

ヌルッとした低い声が後ろから聞こえた。

慌てて足を止めて振り返ると、そこにはコールタールがそのまま起き上ったみたいな黒い物体が立っていた。

「……私はお嬢様じゃない、ただの住み込み。」

それは、私がそう言ってもそのまま佇んでいる。

これは、人々が幽霊、妖、あるいは神などと呼ぶもの達。専門の人に聞いたら、きちんとした呼び分け方があるそうなのだが、私には良く分からないので、不気味そうなのは『妖怪』、人間っぽいのは『幽霊』というあいまいな呼び分けしかしていない。

彼らは普通の人には見えない。でも、私には昔から見えていた。人に見えないものが見える、というのは良くも悪くも注目を浴びやすいし、厄介事も多い。

その関係もあって、私今寺に住まわせてもらっていて、彼は私を守るため私の影に棲んでいる。

「……お嬢様。」

黒い妖怪はもう一度、そう言った。

雨がその妖怪の中をすり抜けて地面に落ちる。

彼はもうずっと前に死んでいる。そして、彼はそのことをちゃんと知って、受け止めている。

だから雨に打たれることも、濡れることすらない。

世界からも認識されない存在、それが彼らだ。

「何の用?」

そう私が言うと、彼は塊から手のような物をにゅるん、と生やすと、森の方を指さした。

疑問に思ってその指の先をよく見ると、寂れた墓地があった。

普通の妖怪にこんなことをされたら100%あの世へのお誘いなのだが、彼は私を守るように寺の住職から言われている。勿論、肉体も魂も。だからその可能性はないとして、

「どういう意味なの?」

そう訊ねると、彼は

「あそこにいる人、求めてる。」

そう言って勝手にすたすたと墓地の方へ歩いて行ってしまった。

「えっ・・・・・?」

あそこに人なんていない。少なくとも私には見えない。

でも彼がいると言うのならばいるのだろう。

この世のものではない何かが。

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