第7話 観察と介入

 クーラーの効きまくったリビングで姉ちゃんが涼んでいた。テレビをネットにつないで、リモコン片手にユーチューブの動画を適当にザッピングしてやがる。その格好について言えば、まずパンツをはいている。それから……以上だ。

「姉ちゃん。最低限の慎みってやつは持っといてくれよ……」

 姉ちゃんはジロッとオレを見た。そして耳のあたりの黒髪ストレートをバサッと払い、突き出た胸を強調する。

「なに言ってんの。アンタ、このおっぱい飲んで育ったんだよ」

 自分の胸をぺちんっと叩く。おっぱいに対する幻想がすべて消し飛びそうな威勢のいい音だ。冗談じゃねえ。

「そんなことよりアンタ、海で澪ちゃんの胸をガッツリ揉んだって?」

 澪のヤツ、ちくりやがったな!?

「あれは仕方なかったんだ。澪が変なヤツに絡まれたからよ、オレが彼氏のフリをするしかなかったんだ。マジだぞ」

「へぇ~」

 姉ちゃんは適当な返事をした。

「アンタさ、澪ちゃんのこと、どこまで知ってんの?」

「あ? なんだと? 澪のことでオレの知らないことがあると思ってんのか?」

「だったら澪ちゃんがどんだけアンタのことが好きか、知ってるでしょ?」

「それは知らん」

「いつからアタシの弟はジゴロ気取りのクズになったんだろ? 早いとこ澪ちゃんとハメハメしてカワイイ赤ちゃん作ってほしいのにさ。あ~はやく伯母おばさんになりたぁ~い」

 悪魔め!! 悪魔めぇぇぇ……ッッ!!

「ところでさ、ちょっとコンビニでアイス買ってきて。暑いし」

「なんだと!? オレをパシリにするつもりか!?」

「はよ行ってこい」


 こうしてオレはコンビニへと旅に出た。幼いころに形成された力関係は一生付きまとう。この現世うつしよは地獄じゃのう……。

 コンビニの前にはこの暑い日差しにもかかわらず、陽キャな連中がたむろしていた。この暑いのによくやるぜ。しかし、その連中はオレの姿を見ると、オレを取り囲んだ。

「お前、黒崎灯也だな?」

 髪の毛が細めで柔らかそうな優男やさおとこがオレの名前を呼んだ。たしか澪と同じクラスのヤツだ。

「そうだが? お前誰だよ?」

「碧川さんの彼氏なのか?」

「いいや、違うぞ」

「そうか。だったらオレが碧川さんに告白しても、文句ないってことだな?」

「ご自由に」

 優男なのに鼻息の荒い男だ。陽キャは恋愛ってやつが絡むと豹変する。あんまり刺激しないようにしないとな。オレは無害な笑顔を浮かべて、やつらの脇をすり抜け、アイスを買って帰った。


 夏休みといえばゲームだ。オレはその日、夜までゲームしていた。最高だ。なんて最高な夏休みなんだ。久々にオレの人生が落ち着きを取り戻して陰キャしてる。陰キャ最高ッ!!

 だがそんなウキウキ気分も階段を上がってくる音でしぼんで消えた。この階段を上がってくる音。オレが聞き違うはずもない。澪が階段を上がってくる音だ。

「灯也ぁ?」

 部屋の前でオレの名前を呼ぶ。朝とは違ってオレが何をしてるか分からないからだ。たしかに、オレがシコってる可能性もある以上、この対応は正解だ。澪もこういうところは成長したんだ。

「なんだよ。入っていいぞ」

 澪が入ってきた。なんか今日は神妙な感じだ。

「どうした? なんだよ?」

「あのね、灯也。ボク……告白されちゃった」

 オレの頭の中にあの優男の顔が浮かんだ。

「そうか。よかったじゃん。めでてえじゃん」

「灯也……ほんとにそう思ってる?」

 思ってるよ。当たり前じゃん。お前もそろそろオレから羽ばたかないとな。オレはそう言おうとした。オレはたしかにそう言おうとしたんだ。だが、なぜかオレは次の瞬間、澪をガッツリ抱きしめていた。

「いいわけねーだろ!!」

「えっ……」

「もう少しなんだよ!! もう少しでオレの中にあるお前への気持ち、言葉に出来そうなんだよ!! だから待っててくれ。オレが言葉にするのを。もうお前のいない人生とか、考えてねーから……ッッ!!」

 な、なに言ってんだオレぇッ!!? どうしちまったんだぁぁぁぁ……ッッ!!!?

「と、灯也……」

 澪のカラダを通して、澪の驚きが伝わってくる。

「うれしい……ボク、うれしいよ、灯也っ」

 澪の腕がオレの背中に回された。なんだこの状況ッ!?


『待ってるからね!』

 そう言い残して、澪は帰っていった。涙ににじんだ瞳がまっすぐにオレの姿をとらえていた。オレは茫然としてた。だが、頭にひらめくものがあった。そうか……そういうことか……ッッ!!

 ガシャアアアアアアア!!!

 オレはリビングに突入した。そこには相変わらず姉ちゃんがいた。朝と違うのはパンツのほかにシャツも着ているということだ。クーラーを効かせすぎて寒くなりやがったな!?

「おい、姉ちゃん……」

 姉ちゃんの手にはリモコンが握られている。テレビには何も映っていない。

 オレがあんなことをやっちまった理由。それは姉ちゃんの操作系念能力「遠隔操作する他人の運命リアリティ・ショー」しかありえねえッ!!

「姉ちゃん、やりやがったな……!?」

 姉ちゃんの能力は条件を満たした他人をリモコンで操り、それをドラマのように第三者視点でテレビ画面に映して見る、そういう能力だ。オレはいつでも姉ちゃんの言いなりだからすでに条件は満たしてたというわけだ。

「たしかにやったけど。でもアンタだって知ってるでしょ? アタシの能力はチャンネルを切り替えるだけ。アンタの中に存在しないチャンネルを選ぶことはできない。あの言葉も、アンタの本音の一つではあるわけ」

「な、なんだとぅッッ!?」

 バカなっ!! そんなバカなことがあるかッ!! オレの……オレの澪に対する気持ちとか、もう鉄筋コンクリートで固められてんだよっ!! 澪は……澪だッ!! それ以上でも、それ以下でもねえッッ!!!!

「アタシには分かる。結局アンタたちは結ばれるしかない。早くアタシのために可愛い甥っ子と姪っ子を製作しなさい」

 ふざけんな!! 姉ちゃんの思い通りになってたまるかッ!! オレは……オレはァッッ!! ちきしょう!! とんでもないことになっちまったッッ!! オレはこれからどうなってしまうんだ……ッッ!!!

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