第8話 運命の存在

 陰キャは基本、家にいる。でも時々出かけることだってある。オレは今、図書館にいた。まったり孤独を楽しむためだ。ついでに本も読む。

 昼頃になって、オレは図書館にある喫茶室に行った。サンドイッチとコーヒーを注文して席に着く。そこでオレは奇怪な光景を見た。

 爺さんだ。爺さんが喫茶室のテーブルに着いて、タブレットをスワイプしている。これだけだと別に変なことじゃない。イマドキの爺さんってだけだ。でもそのタブレットはネンで具現化されたものだった。なんて爺さんだ。オレはコーヒーでサンドイッチを流し込み、爺さんに忠告しに行った。

「おい、爺さん。こんなところで何やってんだ。ギョウを使うまでもねえ。見る奴が見ればわかるんだぜ?」

「ほっほっほ。老い先短い身じゃ。今さら能力がバレたところで何の問題もないのう」

 存在感のある四角くてデカイ顔だ。その顔に白いひげを蓄えている。白髪と白いひげが四角い顔を四角く取り囲んでる。そんな感じだ。体つきもがっちりしている。昔は相当鍛えていたな。

「だったら教えてくれ。そのタブレットはいったい何だ?」

「これはワシの具現化系念能力『走馬燈メモリーズ』じゃよ。脳細胞の一つ一つに宿る記憶をこのタブレットに転写すると、ワシが忘れていたようなことまで思い出としてよみがえるんじゃ」

「へええ、そいつは楽しそうだな?」

「ああ、楽しいとも」

 爺さんはオレにタブレットを見せてくれた。画面には一枚の写真が映っていた。昭和初期って感じだが、白黒じゃなくカラーだ。それもこれも爺さんの記憶を転写したためだろうな。そこに写っているのは一組の少年と少女だった。

「こっちの男の子が爺さんか?」

「そう。そして隣の女の子が婆さんじゃよ。家が近所で小さいころから一緒に遊んでおったのじゃ。いわば幼馴染じゃの」

 ちっ、こんなときまで幼馴染の話か。オレは追い詰められてる。

「幼馴染とはいいものじゃよ」

 爺さんの頬を一筋の涙が伝った。

「ワシは……ワシはあの戦争ですべて失ったと思っておった。故郷を焼かれ、家族を失った。同郷の友も失った。何もかも失くしたと思うておった」

 戦争の話か? でも今年の終戦記念日はもう過ぎてんぜ爺さん?

「しかし、どうだ。婆さんが、婆さんが生きておったのじゃ。あの戦火を生き抜いてくれておったのじゃ。そしてワシは婆さんの中にワシの故郷を見出したのじゃ。婆さんの中にワシの故郷は生き続けておったのじゃ。幼馴染とはありがたいものじゃの。それからワシは婆さんと結婚した。ワシは幸せだったのじゃ」

 くっ、この爺さんも幼馴染推しか。やばすぎるぜ。

「ところで……見たところ君も素晴らしい幼馴染を持っているようじゃの」

「なに言ってんだ爺さん。もうろくしちまってるのか?」

「隠さなくてもいい。ワシには分かるんじゃよ」

 爺さんの手が、テーブルの上に載せてたオレの手に触れた。

「幸せになるんじゃよ……」

 気が付いたとき、オレの目の前から爺さんが消えていた。おい、どこに行きやがったんだ? 不思議なこともあるもんだ。


 結局、あの爺さんは何者だったのか? どう考えても分からねえ。そうこうしているうちに午後三時だ。そろそろ糖分でも補給するか。コンビニに行こう。

 オレは図書館の玄関の方へと歩き出した。するとちょうど玄関先で、澪とチーム陽キャの連中にばったり会ってしまった。

「ああ~! ミオの彼氏じゃ~ん!」

 誰がだよ!! 変な既成事実を作ってんじゃねえよ!?

「カノジョほっといて何やってんのコイツゥ~?」

 余計なお世話だよ!! カンケーねーだろ!?

「ミオ、あんたさみしいならさみしいって言わなきゃ。男なんてはっきり口に出さないと分からない動物なんよ。鈍感なんやから」

 お前らよりは、よほど繊細な心持っとるわ!! 繊細過ぎて陰キャになるしかなかったんだからなァ!!

「というかコイツ一人? え? 一人で何やってんの? 一人って……キモっ」

 ふざけんじゃねえよァ!!! 一人で何が悪いんだよォォォォ……ッッッ!!!!

「もぉ~みんなぁ~やめてよぉ~! てへっ」

 澪、お前……彼氏がディスられてるのに何笑ってんだぁ? ……え、彼氏!? ち、ちげえよ……!? オ、オレは彼氏なんかじゃ……彼氏なんかじゃないんだからねッ!!

「灯也が困ってるよぉ~やんやん」

 つーか、お前、何くねくねしてんだ? 頭大丈夫か?

「ミオの幸せスイッチ入ったぁ☆」

「恋するミオたん、カワイイなり~」

 ……オレの前でそういうノリやめてくんない? 死んでいい?

「お……お前らみたいな連中が図書館に来ていいと思ってんのかよっ!? 図書館は静かにするところだぞっ……!」

 ハァ……ハァ……言ってやったぜ。

「は? ミオたんが『ノスタル爺』に会いたいっていうから来たんだよ?」

「めっちゃ健気じゃん。お前、調子乗んなよ?」

「は?」

 ノスタル爺? ノスタル爺ってなんだ?

「なにその顔? あんたノスタル爺も知らないの?」

「ノスタル爺っていうのはねぇ、この図書館に出没するお爺さんで、会うことができたら『どんなことがあろうと絶対に必ず幼馴染と結ばれる』っていう都市伝説があるんだよ?」

 ……えっ?

「灯也っ、ボク、必ずノスタル爺さんを見つけるからねっ!! そしたらボクたち……きゃ~」

 顔を隠して走り去る澪。

「あ~待ってぇ~」

「もぉ~ミオたん、カワイイんだからぁ~」

 そしてそれを追いかけていくチーム陽キャ。

 オレはそれを茫然と見送った。え? なに? なんだと? ノスタル爺……まさか? まさか、あの爺さんが!? おいおいおいおい、嘘だろォォォォ……ッッ!!? なんだよ、なんだよそれェッッ!! なにが『ギョウを使うまでもねえ。見る奴が見ればわかるんだぜ?』だ!! 使える能力が一つとは限らねえだろォッッ!? そしてあの爺さんにとっては、こっちが本命……他人の運命を操作系念能力『幼馴染ENDルートカクテイ』だったんだ……ッッ!!! ちきしょう、なんてこった! ふざけるんじゃねえよ!!

 こうなったら……こうなったら運命と戦ってやるッ!! そうしなきゃ、オレは澪と結婚するしかなくなるからよォッ!! やってやる……やってやらあッッ!!! でも勝てるか? 運命によ? いや! そんなこと考えたってしょうがねえ!! とにかくやるんだ!!やるしかねえんだ!! チキショウ! オレはこれからいったい、どうなってしまうんだ……。

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