第5話 錯綜する世界

「ふはははははは……ッッ!!」

 オレは思わず高笑いした。姉ちゃんが帰ってくる!! 遠い大学に行った姉ちゃんが帰省するんだ!! 姉ちゃんはオレの味方だ。澪のヤツ、見てろよ!!


「じゃじゃ~ん!」

 リビングでは地獄が展開されていた。澪が新しい水着を着てポーズをとってやがるんだ。

「はぁ~尊いわ~語彙力が死ぬぅ~」

 おふくろはもう完全に骨抜きにされている。澪が着てるのは白のツーピースビキニってやつだ。ボーイッシュな澪がこんなビキニを? コイツ、何狙いだ?

「ねえ、灯也、どうかな?」

「とりあえずよぉ、上はいらないんじゃねえか? ボーイッシュを極めろよ」

「もぉ、いるよぉ! ボク、女の子なんだよっ!」

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 おふくろの息が荒くなってきた。ヤバい兆候だ。

 そのとき、玄関のドアが激しく開く音がした。続いてドスドスとした足音が。そしてついにリビングのドアが開かれる。現れたのはもちろん、オレの姉ちゃんだ。シャンプーのCMのように黒髪ストレートをなびかせ、ドSな視線を周囲にまき散らす、爆乳なフレンズだ。

「たでえま」

「おかえりなさいませッ、お姉さま……ッッ!!」

 オレは全力で媚びた。この状況を好転させられるのはお姉さましかいない……ッッ!!

 姉ちゃんは澪をぎろっとにらんだ。

「あ……」

 澪はびくっと固まる。姉ちゃんはおもむろに澪に手を伸ばした。

「デビルフィンガーァァァッ!!」

「はわあああああっっっ!!?」

 そして澪の胸をわしづかみ。さすが姉ちゃんだッ、ためらいってモンがねえ……ッッ!! だが追撃すると思ったオレの予想に反して、姉ちゃんは驚愕の表情になった。

「な……ッ!!? この感触ッ! もはやAではない……ッッ!! Bだッッッ!!?」

 どうやら澪の胸は成長していたらしい。そこらへん直視できなかったから、オレはスルーしていた案件だ。つーか、どうでもいい。

「灯也、気付かなかったのか? どうしてこんなになるまで放っておいた!?」

 いや、知らねえよ。人間の価値って胸のサイズで決まるもんじゃねえだろ!?

「お義姉ちゃん……」

 おい澪、オレの姉ちゃんだ。お前のお義姉ちゃんじゃない。わかるか?

「ボク、成長したんですっ! だから認めてくださいっ! ボクをっ、灯也の彼女としてっ!!」

 付き合ってねーよ!? なに言ってんの!? どーしたの!? だいじょうぶ!?

「……わかった。いいだろう」

 お姉さまァッッ!!!?

「だが、忘れるな。これが黒崎家のスタンダードだ」

 姉ちゃんは上着を脱ぎ棄て、乙πを放り出した。

「うわ……」

 澪が羨望のまなざしを向ける。なぁ澪。そこは変質者を見るようなまなざしを向けなきゃだめだろ。

「ボ、ボクだってっ! いつかきっとお義姉ちゃんみたいになるんだ……っ!!」

 うん、スポ根マンガのノリはやめてもらえる? どうしたの? なにがしたいの?

「ビクンッ、ビクンッ」

 おふくろが口でビクビク言いながらよだれを垂らしていた。おふくろには親父と結婚した当初から、そっち方面の疑惑もささやかれていた。しかし親父はすべてを受け入れて結婚したらしい。なんて複雑な家庭なんだ。オレはもう死にたい。

「それじゃあ、澪。さっそく黒崎家の嫁として私に奉仕しなさい。具体的には、お風呂場にぬるぐちょBカップソープランドを開店しなさい」

 よく言えたな!? よくそんな低俗なワードを平然と言えたな!?

「……ご、ごめんなさいっ!! それは恥ずかしすぎですっ!!」


 その夜、暗い部屋の片隅でオレは体育座りをしていた。まさか姉ちゃんまで澪の味方になっちまうとはな。オレはもう本当にダメなのかもしれねえ。

「灯也っ?」

 ドアの向こうから澪の声がする。

「灯也、入ってもいい?」

「勝手にしやがれ」

 澪が部屋に入ってくる。

「あれ、暗いよ?」

 澪は電気を点けた。部屋の隅で体育座りするみじめなオレを見ろ。しかし澪は頓着なく、オレの隣にすわった。肩をくっつけて。

「灯也、どうしたの?」

「別にどうもしねえよ」

 澪の視線を感じて、横を向く。澪と目が合った。

「ねえ、灯也。ボク、灯也のこと、好きだよ」

 いつもこれを言う。言い続ければなんとかなると思ってる。そういうヤツだ澪は。

「だから灯也のこと、たくさん知りたくなるんだ。教えて灯也。いま、灯也が考えてること……」

 なんてまっすぐな女だ。オレでなけりゃ、とっくの昔に澪の魅力に溺れてただろうな。オレも何度でも同じことを言うしかない。

「澪。何度だって言う。オレたちの道は交わらねえんだ。お前は陽キャで、オレは陰キャだ。お前たちが明るい太陽の下でキャッキャしているとき、オレたちは薄暗い部屋に一人でいるんだ。卑屈になってるわけじゃなく、そこに居場所を感じてるんだ。住む場所が違う、だからオレたちの道は交わらないんだ」

「……わかんないよ」

 澪は言った。

「灯也だっておひさまの下でキャッキャしたら楽しいかもしれないよ? それにボクだって、暗い部屋に一人でいること、あるもん」

 説得は今回も失敗した。なぜ澪はオレをあきらめない?

「灯也」

「……んだよ?」

「ボクたちお似合いだと思うよ。だってボク、灯也のこと好きだもん」

 意味わかんねえ。どうして陽キャは常にポジティブシンキングでいられるんだ?

 澪が立ち上がって服を脱ぎだす。

「お、おいい!?」

 澪はさっきの水着姿になった。白いツーピースビキニのやつだ。どうやら服の下に着てたらしい。

「ねえ、灯也がそうしてほしいなら、ボク、上はつけないよ? 灯也の前でだけ、ね」

 澪の顔は真っ赤になってる。恥ずかしいならやるんじゃねえよ……ッッ!!

「いや、やめろ……やめるんだ……いい子だ……」

「もぉ、灯也ぁ……」

 これから長い夏休みが始まる。これからどうなってしまうんだ……。

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