第3話 運命の影

「ヒィ!!!!!!」

 その光景を見た瞬間、オレは叫んでいた。澪がオレの部屋にいた。そしてオレが隠しておいたはずのエロ本を読んでいやがったんだ。

「あ、灯也。おかえり~」

「お、おかえりじゃねえッ!! おめえ、おめえいってえそこで何やってやがんだッ!!」

「だって灯也のこと、知りたかったんだもん」

 オレのことを知りたければ何をしてもいいのかッ!? 世のストーカーたちもそんなことを言いながらストーキング行為に及んでるんじゃないのかッ!?

「ねえ、灯也ってば、こおゆうことがしたいの?」

 澪が表紙をオレに見せつけた。ほんの出来心だったんだ。ちょっとこういうのも見てみたかっただけなんだ。

「したげよっか?」

「せんでいい……ッ」

 やりたくてもできねえだろ、その胸じゃッ。かわいそうな縄がとっかかりを求めてさまよっちまうわッ……!!

「あ、灯也、ボクの胸じゃそんなことできないって思ったでしょ? もう小学校のころとは違うんだよ? ボク、ちゃんと胸あるよ? 見る?」

 見ねえよ……ッ!! 見るわけねえよ……ッ!!

「!? な、なにしてるッ!?」

 澪がオレのベッドの下を漁り始めた。こいつはいつのまにかオレの部屋のことを全部把握してやがったんだ。

「ちょっとこの辺、借りてくね。灯也のこと研究しなきゃ」

「お、おいッ!! ちょっと待ちやがれ……ッッ!!」

「じゃね~」

 澪は疾風のように部屋から出ていった。あとにはオレが残された。何も言えず、ただ立ち尽くしていた。


「灯也」

 翌日のことだ。オレは廊下で文芸部の部長に呼び止められていた。

「なんだ?」

「ちょっとウチの部室に来てくれ」

 そう言われてオレは文芸部の部室に行くことになった。

 文芸部の部室には重苦しい空気が淀んでいた。いったい何があったというんだ。

「どうしたんだ。空気重いぞ?」

「……」

 文芸部部長はおもむろに茶色い封筒を差し出した。

「なんだこれは?」

「読んでくれ」

 封筒の中には一枚の紙が入っていた。そこにはこう書かれていた。


『碧川澪×黒崎灯也 相性100パーセント』


「!? どういうことだ?」

「実は我が部の部員であり恋愛研究家であるラブリ~ラビリンス先生が、ウチの高校の全カップルを分析した結果、灯也と碧川澪の相性が100パーセントになってしまったんだ」

「なんだと!?」

 ラブリ~ラビリンス……恋愛小説家であり恋占いの神として女子どもの間で絶大な信仰を集める恋愛神。もし、もしこんな結果が出てしまったことを澪が知ったら……ッ!!?

 調子に乗る……ッッ!! ぜったい調子に乗る……ッッッ!!!!

「今、文芸部内には情報規制をかけている。これは絶対に漏れてはならない情報だからだ。灯也、俺はお前が次の陰キャ総番長になると信じている。だからけッ!! 陰キャ道をッッ!!」

「ありがとうッ!! ありがとうッ!!!」


「ヒィ!!!!!!」

 教室に帰ってきたとき、オレは叫んでいた。澪がオレのエロ本を読んでいたんだ。しかもその周りをチーム陽キャが取り囲んでいる。

「ミオっち~なぁんでそんな本読んでんの~?」

「え~、だって灯也がこおゆうことやりたいって言うんだもぉ~ん」

 馬鹿か? お前は馬鹿なのか?

「ミオっち。まだ未経験のミオっちに忠告しておくけどね。最初っからこんなことできないわ。初めては男も女もテンパるもの。頭でっかちなのはやめてフィーリングに身を任せるべきよ」

 普通にアドバイスしてんじゃねえ!! お前も馬鹿なのかッッ!?

「それにアタシのミオっちの初体験でこんな事したら、アタシ、灯也のことぶっ殺すかもしれない」

 なんだよそれ!? 友情に厚いすぎてウザい。まさに陽キャじゃねえか!!

「もぉ~マイちゃん、灯也のこと、殺さないでよぉ~」

 澪がとりなしてまたキャッキャし始めるチーム陽キャ。しかし、残りのクラス全員の視線はオレに集まっていた。ドン引き。まさにドン引きの視線だ。オレはもう死ぬしかない。


 そして放課後。オレはまたしても屋上に呼び出されていた。

 チーム陰キャに取り囲まれるオレ。腕を組んだ陰キャ総番長が言った。

「灯也、やっちまったな」

「やっちまってねえッッ!! まず話を聞いてくださいッッ!!」

「問答無用だ」

 しかしそのとき、オレの隣に立つ男があった。

「待ってくれッ!!」

 文芸部の部長だ。

「こいつは今、運命に抗って陰キャ道を歩もうとしてるんだッ!! だから見守ってやってくれッ!! こいつを信じてやってくれッッ!!」

「文芸部部長……。わかった。いいだろう。信じてやる。灯也、運命に抗い続けろよ」

「わかってます……任せてください……ッッ!!」


 文芸部部長の口添えで解放されたオレは意気揚々と帰り道を急いでいた。運命に抗おう。そういう決意を固めてみると、未来が急に明るくなったみたいだ。

 だがしかし、急に霧が立ち込めた。なんだ? なんなんだ? まるで歌謡ショーの演出でスモークがたかれたときみたいじゃねえか。

「!?」

 霧の中にシルエットが現れた。あのシルエットは……天才恋愛小説家・ラブリ~ラビリンス先生ッッ!!?

「誰も運命には逆らえないわ」

 厳かに声が響いた。天から降ってくるようでもあり、地から湧くようでもある、そんな声だ。

「あなたは澪と結ばれるしかないのよ」

 審判が下った。やがて霧は晴れた。影も消えた。マジかよ。あの天才恋愛神・ラブリ~ラビリンス先生が「運命」と断じた以上、オレに勝ち目なんて無い。オレは……オレはいったいどうなってしまうんだ……。

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