第2話 謎の弁当
朝になった。オレの背中を冷たい汗が伝った。じっと耳を澄ます。しかしヤツが階段を上がってくる音は聞こえない。もしかして今日、ヤツは来ないのか? やっとわかってくれたのか?
おそるおそるリビングに顔を出すと、そこにもヤツはいなかった。そうか。そうだったのか。やっとわかってくれたようだ。
ところでリビングにはおふくろもいなかった。テーブルの上にはまだ温かい弁当が置かれている。どうやらこれを持って学校に行きやがれということらしい。やれやれだ。オレは登校した。
昼休みになって、オレは教室の片隅で弁当を広げた。その瞬間、オレは光の粒子を幻視した。それほど輝いていたんだ。今日の弁当は。
冷凍食品が進化し続ける時代だ。しかし、人間には「人のぬくもり」というものを感じる第六感が備わっている。だからオレには見えたんだ。このハンドメイドの弁当には愛がこもってる。
ありがとうおふくろ。でも今日って何の日だ?
いや、そうじゃない。こんな特別じゃない、何の変哲もない一日に、こんな弁当を喰ったっていいじゃないか。こんな愛情弁当喰ったっていいじゃないか。息子を想う母の気持ちを受け止めたっていいじゃないか。
オレは一口食った。
「う、うめえ……」
オレは感激した。我知らず、涙が一筋ほおを伝った。
「うめえよ……」
特にこのアスパラガスのベーコン巻きには熟練の職人技を感じる。おふくろ、達したなぁ。ついに、神の領域に。ベーコンになってくれた豚さんもこれで浮かばれるってもんだ。
「と~うやっ!」
澪がやってきた。
「……なんだ?」
一口欲しいのか? やらねーよ。
「どう? おいしい?」
「うまいに決まってるだろ。なに言ってんだ」
母親が息子のために愛情込めて作ってんだよ。うまくないわけねーだろ!?
「よかった」
「は?」
「それ、ボクが作ったんだよ?」
「ぐふうッッ!!!」
な、なにを……何を言ってるのかわかんえええあああああああああ……!!!
「え~なになに~?」
「ど~したのミオ?」
チーム陽キャの面々が群がってきた。
「灯也がね、ボクの作ったお弁当がおいしいって。『うまいに決まってるだろ』って」
「キャ~やっぱりそういう関係じゃ~ん!!」
「バレたか~バレたか~、えっへへ~」
オレは、オレは澪の作ったものをうまいって言いながら食っちまったのか!? もうだめだ。お終いだ。オレは死んだ。スイーツ☆
オレは泣いた。泣きながら弁当を喰った。悲しいことに涙の味がする弁当も塩味がきいておいしいと思ってしまった。
「灯也、そんなにおいしい?」
うるせえ、うるせえよ。オレは……オレはもう終わったんだ。
だが、オレは別の悪寒も背中に感じていた。チーム陽キャの作り出すキャッキャゾーンの外側にはブリザードが吹き荒れていた。チーム陰キャの心象風景が作り出す、絶対零度の地獄だ。それは極めて近い将来、オレに牙をむくことになるんだ。
放課後、オレは屋上に呼び出されていた。
屋上に行くとそこにはオレと同じ陰気そうな連中が勢ぞろいしていた。オレの姿を見て、一人の男が前に出る。この高校の陰キャ総番長だ。
「灯也。お前、女子の手作り弁当を喰ったそうだな?」
「誤解です!! オレは何も知らなかったんです!!」
「お前は俺たちを裏切った。だからペナルティを課す」
「待ってください!! 話を聞いてください!!」
だが、オレに残された時間はもうなかった。
――ズズ……。
男たちが能力を発動させる。
「おい、せめて銃火器を使えよ!! 初めから
夕暮れの屋上だった。
「カア……カア……」
カラスが鳴いていた。オレはぼろ布のように横たわっていた。オレは死んでいなかった。オレの能力「
とぼとぼとオレは家路についていた。同志たちよ、オレは裏切ったんじゃねえんだ。ちきしょう、澪のヤツ。オレの弁当を作りやがって。
「と~うやっ!」
来やがった。いったいどこから現れやがった。神出鬼没だよマジ。
「あれぇ、どーしたの灯也? おでこすりむいてるよ? ほら、ばんそうこう貼ったげる」
澪のカバンからばんそうこうが取り出された。なんだこのかばん。ドラえもんのポケットか?
「お前、ばんそうこうなんて持ち歩いてんのかよ?」
「えっへへえ! これがボクの女子力だよ。惚れ直したでしょ?」
まず惚れてねえよ。何言ってんだ。
「おりゃっ」
ぺしんとばんそうこうが貼られた。いてえじゃねえか、何やってんだよ。
「男の子だからいろいろあると思うけど、ほどほどにね」
誰のせいでこうなったと思ってんだ。オレの数少ない人間関係に災厄をもたらしやがって。オレはいったいどうすればいいんだ。オレはこれから、どうなってしまうんだ……。
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