シンプル幼馴染み2000
ブル長
第1話 地獄の夏
オレの名は
オレにとってこの世界で一番ヤバい存在は「幼馴染」ってやつだ。いったい何なんだ。わけわかんねえ。どうなってんだ。オレのこのくだらない手記を読んでくれる心やさしい人たち、どうかオレとこの恐怖を共有してくれ。
朝起きると、すでに背筋に悪寒が走ってる。来るんだ。ヤツが来るんだ。オレを起こすという名目で、ヤツがオレの部屋に来るんだ。
「おっはよ~灯也っ!」
ヤツが来た。オレの部屋に入ってきた。ヤツの名は
「さぁ~! 今日も元気に登校だぁっ!」
元気モリモリポーズをとる澪。はっきり言って、澪はちょっとおかしい。周りからは陽キャだと思われてるみたいだが、オレに言わせりゃ振り切っちまってる。つまりクレイジーなんだ。
水色のセーラー服にカバン片手。髪の毛は中性的なショートカット。振り切った陽キャの証として、その瞳は正のオーラを放ちまくってる。まるでビームのように。
「ほら、早く着替えて! ボクのことは気にしなくていいよっ!」
一人称はボク。そのせいで女ものの服を着てないと男の子に間違われることもある。
「あれ~灯也ぁ~?」
無言のまま澪の背中を押し、部屋の外へと追ん出す。毎朝これだ。ここは地獄か?
階下に降りると、リビングで澪はおふくろと談笑していた。おふくろはもはや澪を黒崎家の嫁として仕込み始めている。馬鹿なのか? お前の目は節穴か?
「はぁ~」
おふくろがわざとらしくため息を吐いた。
「澪ちゃんみたいな嫁がほしいわ~」
うるせえ。
「澪ちゃんを義理の娘にしたいわ~」
だまれよ。
「そのためにはいつでも実の息子をいけにえに差し出すわ~」
おそろしい女だ。澪もおふくろも。
「てゆ~か、カードゲームにありそうじゃない? 実の息子を墓地に入れて義理の娘を召喚するみたいな?」
おっとそこまでだ。オレにも我慢の限界というものがある。
「わかりましたお義母さま! ボクが灯也のお嫁さんになります!」
「そう言ってくれると思ったわ~。澪ちゃん最高かよ」
なんなんだこいつらは。心がつらい。朝ごはんがのどを通らない。
結局、オレたちは二人並んで通学路を歩くハメになる。
「ねえ、灯也、もうすぐ夏休みだね」
「あ? ああ、そうだな……」
「ねえ、灯也、夏休みまでに彼女、欲しいんじゃない?」
「は?」
「だって彼女がいると、毎日がウキウキになるんだよ?」
「あ?」
「実はね、すっごいカワイイ子が灯也のこと好きなんだって! 告白してみたら? きっとオッケーしてくれるよ!」
それが事実なら極めて興味深い話だ。だが、世の中にはそんなうまい話はない。わかってんだ。
「はい」
澪がとつぜん立ち止まった。
「なに?」
「いいよ、ほら。告白してみて」
「……」
「オッケーしてくれるかも?」
「……」
「あ、ちょっと灯也っ、どこいくの~??」
学校に決まってんだろ。何言ったんだオメーはよ。
学校に着くと、澪はさっそくチーム陽キャの中に入っていく。
「おはよ~」
「おはよ~澪~。どしたの? なんかいいことあった?」
「えっとね~朝から灯也に告白されちゃった~。道の真ん中でだよ? も~恥ずかしいったら!」
「「「きゃ~ウソ~」」」
陽キャどもはこうやって既成事実を積み上げ、陰キャを追い込んでいくんだ。なんてやつらだ。
澪がオレにこんなにも執着する理由。それは小学五年生のころにさかのぼる。といっても大したことじゃない。当時、澪はウザいくらい陽キャで、それが原因でいじめられるというワケの分からない事態に巻き込まれていた。そこにさっそうと現れたのがオレだ。後に「令和時代の大岡忠相」と呼ばれることになるオレだよ。このオレの名裁きでいじめは収まった。だがこれをきっかけに、ただでさえオレにべたべたしていた澪が完全にオレの嫁気取りになっちまったんだ。
学校からの帰り道。やっぱりオレたちは二人並んで歩いてる。だがオレたちも高校生になった。もう子供じゃないんだ。もうあのころのオレたちじゃないんだ。もういい加減、頃合いなんだ。
「澪、まじめな話だ」
「なぁにぃ? 告白ぅ? ボク、告られちゃう?」
「昔のことはもう忘れるんだ。澪も自分の人生と向き合うころなんだ。そうだろ? さぁ、オレという枝から羽ばたくんだ」
「……」
「澪、マジな話、お前くらいカワイイなら、他に男はいくらでもゲッツできそうなもんだ。オレに恩義を感じる必要なんてない。全ては過去の話だ。オレたちの道はそろそろ分かれるんだ。お前は陽キャの道に、オレは陰キャの道に。それぞれの道に踏み出すべきなんだ」
オレの渾身の説得がさく裂した。だが。
「や~だよっ」
「えっ」
「だってボク、灯也のこと、好きなんだもん」
「あ?」
「ねえ、灯也っ、夏休み、どこ行く?」
まるで聞いちゃいねえ……。もしかして澪はこう見えてけっこうヤンデレさんなのか? オレには分かんねえ。これからいったいどうなるんだ……。
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