第8話:紅と。蒼と。黒と。鬼の三重奏
「なんなのよ、アレ。馬車のときから普通じゃないとは思ってたけど、まるっきりバケモノじゃない……!」
戦士の少女が、悲鳴じみた叫びを漏らす。
ダリオたちも他の冒険者も、シュラに対する恐怖心がありありと顔に表れていた。
それは真っ当な精神の人間にとって当然の反応なのだろう。
戯れで殺戮を成す鬼など、忌避されるのが当たり前の存在なのだろう。
別段、なにを思うわけでもない。最初から彼らにはなんの期待もしていない。
しかし、たった一人の例外を想うと、温かな感情がアーシェの胸を満たす。
「地獄で踊り、地獄を創る鬼の剣舞か。あんなの、誰も足を踏み入れられやしないっ」
「そうね。あんたたちには逆立ちしたって不可能よ。――でも、あいつは違う」
「あいつ? って、そういえばあのインチキ野郎も一緒に行ったよな!? まさかあの剣風に巻き込まれて細切れになったんじゃ、あ……!?」
死の嵐に目を凝らして、ダリオが驚愕に顎を落とした。
ようやく気づいたようだ。嵐の中、シュラと並んで踊るもう一つの人影に。
そう。ライガだ。
剣を振るい、低級魔法も駆使する彼の戦いぶり。それ自体は特筆するべき点もなく、どう見ても凡庸の域を出ない。多少機転の良さや勘の鋭さは見受けられるが、達人だの天才だのと称されるような高みには到底届かない代物だった。
しかしライガはそれを、シュラが巻き起こす死の嵐の真っただ中で行っているのだ。
ゾンビもどきが次々に肉塊と成り果てる中、ライガだけが平然と動き回る。目と鼻の先で死が吹き荒れているというのに、散歩でもしているかのような気安さだ。
縦横無尽に走る大鉈の刃は、ライガの黒髪の毛先すら斬り飛ばすことがない。せいぜい余波で毛先を揺らすところまで。
かといって、刃が意図的にライガを避けているようにも見えない。それにしてはシュラの剣舞は遠慮がなく、ライガの動きも無防備に過ぎた。
笑みすら交わすその余裕は、互いに当たらなくて当然、避けて当然という確信がなければ到底不可能だ。
「ど、どうなってるんだ!? なんであいつ、あの剣風の中で生きていられるんだ!?」
「『勘』よ。ライガは、シュラと同質の直感を持っているの。だから、普通なら予測できないシュラの動きが読める。シュラが次にどう剣を振るうか、どう動きたいのか、その無意識下の心を感じ取れる。二手三手先まで理解できるから、シュラの刃がライガに届くことはないし……シュラの動きを助けることもできる」
ライガは、ただ嵐の中に生きて動き回っているだけではなかった。
シュラの斬風が断ち切れなかった死体の首を、ライガの剣が斬り飛ばす。
ライガの低級魔法で足が止まった死体を、吹き荒ぶシュラの斬風が八つ裂きにする。
背中合わせにクルクル回り、目まぐるしく立ち位置を入れ替え、時に頬が触れ合うほどの近さで密着しながら、二人軽やかに刻むステップはまるで舞踏。
そこへ横槍を入れようとする無粋な輩は、爪先すら踏み入れること叶わずに両断されていく。
そう、ライガはシュラと共に剣舞を踊っているのだ。
「勿論、ライガの直感力はシュラに遠く及ばないわ。でも、これは強いとか弱いとか、才能の優劣なんて話じゃないの。強いて言うなら、波長。ライガはシュラと波長がピッタリ合うから、シュラが見ているのと同じ景色が見える。そしてなにより……ライガには、同じ地獄でシュラと一緒に舞い踊る覚悟がある。あんたたちに、あいつの真似ができる?」
黒鬼という唯一無二のパートナーを得て、紅鬼の舞いは太刀筋と共に冴え渡る。
荒れ狂う嵐の中心で、刃を手に踊る二鬼の笑顔はなんと楽しげなことか。
見惚れるほどに凄絶な鬼の舞踏を前に、冒険者たちは言葉を失う。
しかしアーシェとしては、いい加減に少々面白くないところだ。
「いつまでも、二人だけでいちゃついてるんじゃないわ……よっと!」
《魔杖弓》を構え、矢を番える代わりに、杖の部分を指先でなぞる。
今しがた組み上げた魔法式と、杖の内部に元々組み込まれた魔法式。二つの魔法式が光の記号に分解・再構築され、一つの式となって炎の矢を生成する。
さらに杖の先端から、細長い砲身のごとく、魔法陣がいくつも連なって展開された。
指を離すと同時、炎の矢は魔法陣を通過するごとに加速。放たれた頃には、赤い閃光と化して空を切り裂いた。
――アーシェが用いる《魔杖弓》は、《禁書イービルイン》から得た『異界の知識』を元に考案した、オリジナルの魔導具だ。
【
結果、魔杖弓から放つ魔法攻撃は、矢の域を超えた閃光に変じて敵を穿った。
「アハハ!」
「よっ。ほっと」
炎、氷、雷、岩……色取り取りの閃光が、二鬼の舞踏に華を添える。
音を置き去りにして飛来する超高速の魔法矢は、盗賊ゾンビもどきの金属鎧も紙切れのように貫く。
直撃すれば二鬼とてただでは済まないだろうに、まるで気にした様子もなく剣舞を続けていた。実際、閃光は舞踏を彩りこそすれ、決して妨げることはしない。むしろ、離れて投擲などで舞踏の邪魔をしようとする不埒者へ、的確に風穴を空けていた。
閃く刃と閃光の音、そして鬼の笑い声が響き渡る。
三鬼の織り成す美しき合奏が、死体も二度三度死ぬ地獄絵図を描く。
もう絶句するばかりのダリオ一行に代わって、幾分か立ち直った他の冒険者たちが、畏怖と感嘆半々の声を漏らした。
「なんつーえげつない射撃だよ。そのくせ、味方にはかすりもさせねえとはな」
「あんたにも、あの紅い嬢ちゃんの動きは丸わかりってわけかい?」
「いいえ、全くわからないわよ」
「へ?」
「ボクは目で距離を測り、鼻で風を測り、耳で死角の状況を測り、経験で敵の動きを予測する。そうやって計算に計算を重ねて正確に的を射るの。だからボクには、計算が通用しないシュラの動きが全く予測できない。シュラを避けて矢を射ることができないのよ。
逆にシュラもボクの計算が理解できないから、射線に入らず立ち回ることができない。ボクたち双子はバラバラで、二人だけじゃ全く連携が成り立たないのよ」
なにせ、シュラの動きは速い。
離れた場所を狙ったところで、矢が手元から飛び出した瞬間には、射線に転がり込んでしまうことなど稀によくある話だ。一方でシュラにとっても、その直感力と反応速度でさえ、アーシェが放つ魔法矢の弾速は避けるのが困難。
才能が違い、感性が違い、見えている景色が違いすぎる。
そんなどこまでも噛み合わない双子は、物心ついた頃から共に戦場を生きながら、ずっとバラバラにひとりぼっちで戦ってきた。互いを守りたくても、一緒に戦いたくても、どうすればいいのかずっとわからないでいた。
「でも、現に……いや、二人だけじゃって、まさか!?」
「そうよ。ライガが、バラバラだったボクたち双子を結びつけてくれたの」
彼との出会いは全くの偶然だ。あるいは運命の悪戯か。
とある戦争で軍全体が敗走し、運悪く逃げ遅れて敵軍に包囲された。
廃墟に潜伏するも疲労と消耗の限界が訪れ、最早これまでかと覚悟したところに、涙目で転がり込んできたのがライガだ。
「ライガはシュラの直感だけじゃなく、ボクの計算もある程度は理解できる。ボクがどこへ射かけたいか察して立ち回るし、逆に向こうから射線を確保してくれる。シュラの動きも、ライガなら射線に入らないよう誘導できる。シュラもライガの意図なら感じ取って素直に従うからね。
ライガが間を取り持ってくれて、初めてボクとシュラは連携が機能する。だからボクたちは、三鬼で一つの《トライオーガ》なの」
今も、アーシェはライガが確保してくれた射線に照準を定めて、矢を放つ。
その直後、シュラが意図せず射線へと飛び込みそうになった。
しかしそこへ、ライガのフォローが入る。腕を組むような形でシュラの動きを止め、しかし勢いは殺さず射線とは別方向へ誘導した。シュラもそれに逆らわず身を委ね、身の捻りを加えて一層重い斬撃を敵に見舞う。
すぐ傍らを閃光が駆け抜け、射線上の敵を三体まとめて貫通。頭の破壊には至らなかったが、即座にシュラとライガが斬り捨てた。
双子だけでこうはいかず、ライガも単独では凡庸な傭兵に過ぎない。
三人揃ってこそ、この無双の強さを発揮できるのだ。
「ボクたち双子のどちらか一方に共感して、理解して、合わせられる人なら、探せばそれなりにいるかもしれない。だけどボクたちの両方に、共感して理解して合わせてくれる人は、きっとこの世界にライガしかいない。だからライガはボクたち双子にとって、どんな天才や英雄よりも特別な存在なのよ」
ライガを見る目が変わる冒険者たちの様に、胸がスッとする。
アーシェもシュラも、ライガが不当な扱いを受けることは我慢ならない。
双子にとって彼はかけがえのない、心臓にも等しい存在だ。
だから誰にもライガを軽く見させやしないし、決して双子の傍から彼を離さない。
――たとえそれが、本当は普通の人であるライガにとって不幸なことだとしても。
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