第9話:《カースファクト》
「な、なんとか片づいた、か?」
「しかし、一体この町でなにが起こってやがるんだよ!?」
切断か破壊で頭部を失い、全ての屍が再び動かなくなった。
ライガたち三鬼は増援の群れを全滅させてもまだまだ余裕だが、冒険者たちは最初の手勢だけで一杯一杯だったようだ。体力はともかく精神的な疲弊が大きいのか、中にはヒステリック気味に叫び出す者までいる。
ダリオ一行など、町の住人であろう死体を複雑な表情で見つめ、顔色は血の気を失って青い。死体とはいえ住人を手にかけたのが余程ショックだった様子だ。
生きた人間の相手が日常茶飯事のライガとしては、これくらいで怖気づかれても困る。
なにせ、これで終わりという保証はどこにもないのだ。ここに転がる死体の数は、どう考えても町の総人口には足りないのだから。
「盗賊団には死霊使いまでいやがるのか!?」
「馬鹿、こいつらはゾンビじゃないって話だったろうが!」
「誰が馬鹿だ! じゃあどうやって死体が動き出したんだよ!」
「それに住人だけでなく、盗賊団まで全滅してるのはなんで!?」
「私にわかるわけないでしょ!」
「たぶん、《カースファクト》じゃないか?」
ライガの発言に、言い争う冒険者たちの声がピタリと止まる。
強張った顔を互いに見合わせ、代表して一人がライガに問い返した。
「カースファクトって、お前……。中央列強国を滅ぼした、あの?」
「ああ、そのカースファクトだ。町を占拠した盗賊と町の住人が不可解な状態で突然全滅し、挙句に死体がゾンビでもなしに動き出す。こういう異常事態を引き起こせる代物といえば、真っ先に思い浮かぶのは彼の悪名高い呪物だろ?」
――五十年前に起こった中央列強国の滅亡。その発端となったのは地下深くに古代文明、それも大陸中央部をまたがる巨大国家の遺跡が発見されたことだ。
歴史的・学術的価値もさることながら、特筆すべきは現代の技術では再現不可能な力を秘めた遺物、すなわちアーティファクトの数々。中でもオーバーテクノロジーの源とされる、異界の知識が記されたという《禁じられた魔導書》が有名どころか。
一つでも多くのアーティファクトを手にしたものが、世界の真なる頂点に立つことは明白。列強国は血眼になってアーティファクトの発掘に全力を注いだ。
それが全ての間違いだった。
古代文明の遺物は、そのことごとくが呪われていたのだ。
強大な力を維持するため、遺物は人の魂を糧とする。そして魂を捧げさせるために所有者を狂気で蝕み、最後は所有者の魂までも喰らい尽くす。
そうして国王を始め、遺物を手にした列強国の重鎮たちは一人残らず狂い、その狂気は民にまで伝染。血みどろの戦争を起こして、大陸の秩序と共に中央列強国は滅んだ。
そんな惨劇が起こった後も、遺物の力に取り憑かれる者は後を絶たない。列強国の跡地から持ち出され、遺物は今や大陸全土に広まってしまった。大陸を蝕む呪いは今日もどこかで、混乱の時代にさらなる混沌を起こしている。
やがて人々は、この古代から蘇った呪物を《カースファクト》と呼ぶようになった。
「け、けどよう! ありゃ一種の都市伝説だろ!?」
「そりゃ、実在するのは知ってるぜ? けど早々出くわすような代物じゃ……!」
「割とよくあることだよ?」
「滅多に出くわす代物じゃない分、普通の魔導具と見分けがつかないケースも多いわ。モノによっては、ただの小道具や装飾品と思われたまま流通することだって珍しくないの。それがなにかの拍子で、突然呪物としての力に目覚めたとしたら……」
「盗賊と住人のどっちが所持していたにせよ、呪いで双方まとめて全滅って事態は大いにありえる話なのさ。そもそも、俺たちが今こうして置かれている状況がとっくに異常だろ。下手な先入観は捨てとかないと、命取りになるぞ」
――それに、《カースファクト》同士はどうも引かれ合う性質があるようで。
ライガたちは、過去にも幾度となくカースファクト絡みの事件に巻き込まれていた。双子に宿る《邪剣》と《禁書》が、今回も呪いを引き寄せた可能性は否定できない。
そこまで話す義理もないので、また言い争いを始めた冒険者たちを余所に、ライガたちは未だ実体の見えない『敵』について考えを巡らした。
「引っかかるのは、具体的な手段ね。最終的には死体の群れで呑み込んだにしても、まず大量の死体をどうやって用意したのか。盗賊団が住人を何人か殺したとして、その何人かを操ったところで死体の量産に繋げるのは難しいわ。ゾンビみたいに感染するわけでもないみたいだし、数を増やす前に潰されるのがオチよ」
「えーと、つまり?」
「ただ死体を操るだけの力じゃ、この状況は作れない。大量の死体をどうやって用意したのか、そこに呪物の秘密があるんじゃないか、って話だ」
「……それくらい、自力で理解しなさいよね。いつもライガを頼って」
「アーシェの説明がわかり難いのが悪いんじゃん!」
互いにカチンときた顔で睨み合う双子。
それ自体はいつものことだが、いつになく剣呑な空気が漂った。
じゃれ合いで済みそうにない険悪な空気の張り詰め方に、ライガが焦る。
「いやいやっ。なにお前らまで喧嘩腰になってるんだ、っての!」
ライガは二人まとめて抱きしめることで、両者に制止をかけた。
途端、戦闘態勢に入りかけた双子の体がふにゃりと弛緩する。表情からも、まるで夢から醒めたように剣呑さが抜け落ちた。
それにホッと安堵しつつ、ライガは二人の頭を撫でる。
「あんまり脅かすなよな。お互い上手く噛み合わなくて、イライラすることもあるのは知ってるけどさ。そこら辺を助けるために俺がいるんだろ? 二人とも、いくらだって俺を頼ってくれよ。俺は、ただそのためだけに、ここにいるんだから」
――趣味嗜好も噛み合わず、ライガを間に挟まなければ日常会話さえ続かないことも。
そんなシュラとアーシェは、あまり仲の良い姉妹には見えないかもしれない。
しかし戦場で出会ったとき、連携もままならずボロボロになりながら、それでも懸命に互いを守ろうとしていた二人をライガは知っている。
そしてそういうわけか、ライガは間に立って二人を結びつけることができた。
才能でもなければ、努力の賜物でもない。たまたま二人と波長が合っただけ、相性が良かっただけという話。それでも、二人の助けになれるから、二人が必要としてくれたから、ライガは《トライオーガ》の三人目として、ここにいる。
姉妹なのだ、喧嘩なんてよくあることだろう。だけど、取り返しのつかないような仲違いなんてさせない。二人が一緒に笑っていられるよう、自分が守る。そうでなければ、自分が存在する意味がない。
……と、そこまで考えてふと我に返る。なにを自分は深刻に考え出しているのか。双子が少しばかり険悪になったくらいで。
急に恥ずかしくなってライガが誤魔化そうとした、そのときだ。
ちう、と両の頬に熱くて柔らかい感触。
「な、な、な!? え、なんで突然!?」
ひっくり返りそうになりながら後退して、ライガは双子から距離を取る。
左右から双子の唇に吸いつかれた頬が、燃えるように熱い。
「えーと、なんだろ。なんかこう、ムラッとして?」
「ムラッて!?」
「なによ、ライガが煽ってきたんでしょ? いつもそうやってどっちつかずの態度で、ボクたちを二人してその気にさせて……悪い男なんだから」
頬を火照らせてはにかむシュラと、耳まで真っ赤にしながらそっぽを向くアーシェ。
しかし、こう言われてしまうとライガは返す言葉もなかった。
二人を守りたいからこそ、どっちつかずでいなければならないのだ。一方を選ぶことは、もう一方を殺すことになるから。
傍から見れば単なる優柔不断なのは、ライガとて承知しているが。
いつの間にか言い争いを止め、白けた視線をこちらに投げかけてくる冒険者たちには色々と物申したい。言いたくても言えないのだが。
「人が退くか進むか話し合ってるのをそっちのけで、なにイチャついてんだコラァ!」
「両手に花とか、貴族でもないのに許されると思うなよウラア!」
「左右からチュッチュしてもらうとか、妬ましさで俺らが死ぬぞジェラア!」
「知能がゴブリン並みに落ちてないかお前ら!? つーか俺は――」
「ゴギャアアアア!」
あたかも、頭の悪いやり取りが続くのに痺れを切らしたかのごとく。
鼓膜が破れそうになる声量の雄叫びと共に、建物を突き破って『そいつ』は現れた。
肌を覆う鋼鉄のような鱗。太い尻尾と首。非常に発達した後ろ足で直立する、《リザード》や《アリゲーター》といった近しい魔物とは明確に異なる体型。なにより特徴的なのは、肉厚の牙が並び強靭な顎の力も窺える、大きく凶悪極まりない面構えの頭部。
トカゲの暴君とでも呼ぶべき、恐ろしい風貌の怪物だ。
「《レックス》だと!? こんな町中に!?」
「まさか、こいつが盗賊の頭目が従えてるっていう騎竜なの!?」
思わぬ脅威の登場に冒険者たちがどよめく。
《レックス》は「陸のワイバーン」とも呼ばれる亜竜の一種だ。
ドラゴンとしては下位に位置するが、森に放てば生態系を滅ぼしかねない、見上げるほどの巨体に違わぬ戦闘力と食欲の持ち主。ワイバーンに比べ、騎竜として利用される例は少ない。空を飛ぶワイバーンより戦闘の機会が多い分、気性も荒くて扱い難いのだ。
それを乗りこなすとは、盗賊団の頭は優秀なドラゴンライダーだったのだろう。
成程、確かにレックスを一頭従えていて、戦力もそれなりの数がいたなら、戦争の影響で兵力が減った町一つくらいは攻め落とせるかもしれない。
ワイバーンやリザード程度までしか想定していなかった冒険者たちは、レックスの威容にすっかり尻込みしてしまう。
しかし、全く動じない者も二鬼いた。
「シッ!」
「ヤアアアア!」
アーシェが同時に三発の魔法矢を射かけ、それを追うようにシュラが走る。
魔法矢は三発ともレックスの眉間に着弾。一瞬遅れて、同じ箇所にシュラの大鉈が叩き込まれる。体格的に近い巨大イノシシでも、頭がかち割れる連撃だ。
しかし、レックスが身震い一つで全てを弾き飛ばした。
「グギャ! グググ! ゴギャアアアア!」
頭や尻尾をやたらめったらに振り回し、また別の建物に突っ込むレックス。
声を発していることから死体ではないようだが、その鳴き声がどうもまともではない。眼前のシュラも見えていないらしく、白目を剥いている上に口からは泡を噴いており、明らかに正気を失っている。
なんにせよ手がつけられない暴れ様で、シュラもこちらまで後退してきた。
「やっぱり、並の武器じゃ通じそうにないわね。並の武器じゃ、ねえ?」
「こっちも大鉈じゃ、あの鱗には刃が立たないみたい。と、いうことは?」
双子が、二人して期待の眼差しをライガに向けてくる。
やりようならいくらでもあると思うが……蕩かすような熱を帯びた視線に、説得という選択肢は取りやめた。二人に火を点けたのは他ならぬ自分だ。
若干の諦観、そして誤魔化しようのない昂揚を胸にライガは告げる。
「ああ、わかったよ。――《邪剣》と《禁書》を使うぞ」
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