第6話:馬車の中でも絡まれて


 どうにかこうにか天秤の均衡を保ったまま、一夜を明かしての早朝。

 盗賊団《双頭の暴竜》に占拠された町を解放するべく、一行は出発した。


 討伐隊の人員は冒険者たちが四十五人に、ライガたち傭兵三人を合わせて四十八人。

 町一つを占拠できる規模の盗賊団相手には、些か心許ない数にも思える。


 しかし《双頭の暴竜》が脅威である所以は、ドラゴンライダーの頭目だ。決して統率の取れた組織ではないそうなので、数がいても頭を潰せば残りは烏合の衆と化すだろう。


 討伐隊は六台ある豪奢な馬車に乗り、裕福な行商に扮して町に入る。町は物流の中継点なので、なにも知らない行商がノコノコやって来ても不思議ではない。盗賊たちは喜んで中に引き入れることだろう。奥へ侵入したところで二手に分かれ、迅速に人質を解放すると共に頭を討伐……という段取りになっていた。


 事前に斥候を放って盗賊団の数や人質の居場所を探る予定なので、その結果次第で多少の変更は起こるだろう。しかしこちらも急拵えの寄せ集め、作戦なんてこんなものだ。高度な作戦を立てられる学があったら、そもそも冒険者や傭兵などやっているまい。


 それはいいのだが、馬車で町に向かっている現時点で問題が一つ。


「あんな卑怯な手で勝っといて、よくも堂々と僕の前に顔を出せたモンだな……!」

「あんな無様で情けない負け方しといて、よく人前に顔が出せたな?」

「な――!」


 なんとライガたちは、ダリオ一行と同じ馬車に押し込められてしまったのだ。

 どうも、昨日の一件で双方共に問題児扱いされた模様。

 それならそれで引き離しとくべきでは? と思わずにはいられない。

 やたらと絡まれるこっちはいい迷惑だった。


「今日も見せびらかすように侍らせやがって、この女の敵め!」

「お前にだけは言われる筋合いないわー」


 どうもダリオは、スペースに十分な空きがあるにも関わらず、双子にギュウギュウ挟まれているライガにお冠らしい。しかし自分を棚上げするにも程があった。


 ダリオのパーティーは彼の他に戦士・僧侶・魔法使い・盗賊とバラエティ豊かな構成だが、その全員が女性だ。見事なハーレムパーティーである。これでなぜ女の敵などと他人を非難できるのか、全く不思議でならない。


 しかし……他の冒険者パーティーにも、一人は決まって女性がいた。案外、傭兵と違って女性の冒険者は多く、男女混合というのも珍しくないのだろうか。


 やはりライガが咎められる筋合いはないと思えるのだが、昨日の一件でダリオは完全にこちらを目の敵にしていた。


「ところで、よく一晩で俺が潰してやった顔が元通りになったな?」

「ふん! あんな傷、うちの優秀な僧侶が一発で治してくれたさ!」

「オイオイ。鼻がちょっと砕けただけの傷に、貴重な治癒魔法の回数を使ったのか?」


 これにはライガも呆れる他ない。


《魔法使い》とは常人より遥かに高い魔力量と、魔力の源となる自然界のエネルギー《マナ》を知覚できる稀有な体質を持った者だけがなれる職業だ。


 攻撃魔法の威力と範囲は剣や弓矢といった大抵の武器を遥かに上回り、治癒魔法を始め武器や道具では真似できない芸当もこなす。魔法使いというだけで勧誘には困らないほど、魔法という代物は強力だ。


 しかし、専門家である魔法使いをして、一日に使える魔法の回数は限られていた。

 魔法の種類にもよるが、外傷を瞬時に治す治癒魔法となれば、日に五回使えたら相当優秀な部類だ。これでも、他に一切魔法を使わない前提での話である。


 治癒魔法を操る僧侶は魔法使い以上に希少で、見たところ今回の討伐隊でも彼女だけだ。

 治癒魔法の使い所は非常に重要だろうに、既に一回消費してしまったとは。


「あの、大丈夫。魔導具に、魔力、充填してある、し」

「そうよ! 一回くらいでゴチャゴチャ言わないでよね!」


 僧侶の少女がボソボソと呟き、戦士の少女が威嚇するように怒鳴ってくる。


 魔力を注ぐだけで様々な効果をする《魔導具》だが、魔法使いにとって最大の利点は魔力を蓄積・貯蔵できる点にあった。平時に魔導具へ魔力を充填して置くことにより、戦闘時に使える魔法の回数を増やすのだ。


 故に魔法使いの装備は防具よりも、魔力を充填した魔導具で固められる。「魔法使いは攻撃されると脆い」と一般に言われるのもそれが理由だ。

 と、その魔法使いである少女が、向かいに座るアーシェへと声をかけた。


「一ついいですか? その、弓? って杖ですよね? 貴女も、魔法使い?」

「《魔杖弓まじょうきゅう》――ボクが自前で作ったクレバーな魔導具よ。魔法を主な攻撃手段にしている、という一点で魔法使いと定義していいなら、ボクも魔法使いで間違いないわね」


 腰のベルトに吊り下げた、今は弓部分を折り畳んである杖を叩いてアーシェは言う。

 自前云々の下りに表情を強張らせるも、魔法使いの視線に冷やかしの色が浮かんだ。


「でも、お言葉ですけど、それにしては魔導具の数が……」


 魔法使いの少女は、魔力を通しやすい特殊な繊維で編まれたとんがり帽子とマントに加え、その下にもアクセサリー型の魔導具をいくつも身につけている様子。


 対するアーシェの格好は、最低限の要所に金属プレートで防御を固めた軽装。一見するとただの弓使いにしか見えない。魔導具は腕輪とイヤリング、そしてライガと同じフード付き黒コートくらいのものだ。


 そんな装備で魔力は足りるのか、と魔法使いの少女は問いたいらしい。

 それを聞いたダリオが、ここぞとばかりに嫌味な笑みを浮かべる。


「ハッ! どうやら満足な装備を買い揃えてやる甲斐性もないらしいな! なんて情けない男なんだ! 彼女たちが不憫でならないよ!」

「そんなわけないでしょ。ただ――私は魔導具に頼るまでもないだけ」


 アーシェは冷笑で斬って捨てると同時、普段抑えている魔力を露わにした。


 全身から蒼黒のオーラが広がって、たちまち馬車の中を包み込む。

 魔力を知覚できない者でも肌が粟立つ圧迫感に、対面するダリオたちは大蛇の腹にでも呑まれたような心地だろう。無論、ライガとシュラは慣れた感覚なのでどうってことはない。


 格の違いを見せつけられ、憐れな魔法使いの少女は卒倒寸前だ。


「う、嘘でしょ? こんな魔力量、魔法学校の先生たちにだって……!?」

「ああ。貴女、エリート魔法使いを輩出するとかで有名な、あの魔法学校の出身なの? でも、悪いわね? 世の中は広いから、上には上がいるってこと。ボクの上にも更に上がいるんだけど……。ま、要するにイイ男の隣にはイイ女が、ってことかしら?」

「いや、二人がイイ女なのは間違いないがなあ」


 そこらの魔法使いを、アーシェと比較するのはあまりに酷だ。

 なにせ、彼女の膨大な魔力量は一体化した《禁書イービルイン》に起因するもの。

 ハッキリ言って、インチキじみた反則技であるからして。


 勝ち誇るアーシェに、魔法使いの少女はなにも言い返せない。打ちひしがれた彼女に代わって、次に声を上げたのは戦士の少女だ。


「だ、だったらそっちの赤毛女はどうなのよ!?」

「あたし?」

「そうよ! なに、その武器? 大鉈なんてただの薪割り道具じゃない! そんなので戦えるの? まともな剣の一本も買えないほど貧乏なわけ?」


 シュラが腰のベルトから吊り下げた大鉈を指差し、戦士の少女が挑発的に言う。

 瞬間、ライガは席を立って大きく戦士の少女へと踏み込んだ。


 そして彼女の首――に食い込む寸前の大鉈を、シュラの右手を掴むことで止める。

 なんということはない。シュラが一瞬で大鉈を抜き、少女の首を断とうとしたのだ。


「シュラ。流石に殺すのはマズイ」

「なんで? さっきから口を開く度に人を不愉快にしてくるし、もう敵じゃん? どうせ向こうでも邪魔になるだろうし、ここで始末した方が後が楽じゃないかな?」


 真顔で問い返すシュラに、ダリオ一行は顔色を真っ青にした。

 正直なところ、シュラの主張に異論はないライガだが、ここはしっかり宥める。


「無法がまかり通る戦場ならまだしもな。こんな道端に死体も転がってないような地域で、口論だけを理由に殺しなんてやったら、ただの犯罪者扱いになるぞ。せめて相手に先に得物を抜かせなくちゃ、正当防衛なんて言い訳も通らない」

「ふーん。じゃあ、どこまでなら斬っていい?」

「どこまで? そうだな……さっきから喧嘩を売ってるのは向こうだし、装備までなら自業自得で通るか?」

「うん、わかった!」


 笑顔で頷くや否や、シュラが大鉈を片手に舞う。

 戦士の少女の全身を撫でるように、刃の描く銀閃がいくつも空を走る。少女が「ちょ」「やめ」「たすっ」と途切れ途切れの悲鳴を漏らした。


 やがてシュラは満足したように手を止め、足でカツンと床を叩く。

 すると、戦士の少女が身につけていた防具や武器が、バラバラの金属片になって床に転がった。……ついでに服と下着も。


「キャアアアアアアアア!?」

「ちょっと、ライガは装備までって言ったじゃない。下着まで斬ってどうするのよ?」

「だってこの子がビクビク動くからさー。肌を斬らなかっただけ、我ながら上手く加減できた方だと思うんだけど」


 戦士の少女の悲鳴を余所に、アーシェとシュラは暢気な会話だ。

 なお、ライガは即座にアーシェの手で目を塞がれたため、なにがとは言わないがロクに見えなかった。


「今、見ようとしたら目ん玉潰すわよ?」

「そこまでして見る気ないっての。二人の寝間着姿の方が何千倍もグッとくるし」

「本当? じゃあ、今度はもっとエッチな寝間着にしたらライガ嬉しい?」

「ヤメテクダサイ、俺の理性とか理性とかが持たないから」


 ようやく手が離されると、戦士の少女は魔法使いのマントで肌を隠していた。

 そんな恨みがましい目で睨まれても、喧嘩を売ってきたのはそっちだろうに。

 シュラも全く気にせず、どうだと言わんばかりに胸を張る。


「今のだけでも、あたしが君たちより何千倍も強いのはわかったでしょ? これがあたしたち、《トライオーガ》だよ。よく覚えといてよね」

「……ああ、よくわかったよ」


 そう呟くダリオの顔は、しかしまるで懲りていなかった。


「つまり、こういうことだろ? そいつは強い二人の影に隠れて、二人の手柄を掠め取って甘い汁を吸っているんだ! 二人ともそいつに騙されて――ひっ!?」

「ストップ。だから殺しはマズイっての。二人してプッツンしない」


 あくまでライガを貶めたがるダリオに、殺気全開となった双子をライガが制止する。

 今回の盗賊退治を引き受けたのも元々は、ライガだけが知名度の低い不遇をどうにかしようという双子の発案だ。この言われようは我慢ならなかったらしい。


 ただでさえ、双子は害意に対して即座に殺意で切り返す性格。自分のことでもそうなのに、ライガが絡むと黒塵火薬以上に爆発しやすいのだ。それだけ大切に想われている裏返しだと思えばこそばゆいが、手綱を握る立場としては気が気でない。


 おかげで自分が腹を立てる暇もなく、ライガは双子に言った。


「俺が二人の影に隠れているだけかどうかなんて、すぐにわかることさ。口先で無駄な言い合いを続けるより、実戦で思い知らせてやればいい。――俺たちが、《トライオーガ》を名乗る意味をな」

「……そうね。せいぜい、思い知らせてあげるとしましょうか」

「ふふっ。それなら、思いっきり暴れなくちゃね」


 いくらか機嫌を直して、薄ら寒い笑みを浮かべた双子がライガの両隣に戻る。

 ダリオたちは何一つ納得していない、敵愾心剥き出しの顔だったが、もう口を開くことはしなかった。……一夜が明けるまでの話だが。





 ――それから。

 ダリオが絡んでくる他は何事もなく、三日かけて一行は問題の町に到着。

 しかし、行商に扮して入る作戦は前提から崩壊する。

 斥候の報告を受け、町に突入した一行が目にしたのは。


「なんだ、こりゃあ……?」


 町の住人と盗賊団が、異様な光景だった。


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