第5話:二人部屋、二つのベッド、三人で


 盗賊団に占拠された町の奪還は翌朝の出発と決まり、一時解散に。

 ライガたちも宿で一泊となったところで、一つ問題が起こった。

 占拠された町周辺の村々から逃げてきた避難民で、宿の部屋はほとんど満室。

 それでもどうにか部屋は確保できたのだが……。


「ライガ、あたしと一緒に寝よ?」

「さっさと選びなさいよね。べ、別にボクはどっちでも構わないけど」


 ここは二人部屋で、当然ベッドも二つなのだ。

 そして今、ライガの目の前では。

 双子がそれぞれのベッドにころんと寝転んで、こちらを待ち構えている。


 頬を仄かに赤く色づかせ、普段の無邪気さから一転、小悪魔めいた艶のある笑顔で誘ってくるシュラ。

 ツンとしながらも頬は真っ赤、そのくせチラチラこちらを窺う視線が、却って嗜虐心を刺激するアーシェ。


 風呂上がりの火照った肢体から漂う甘い香りに、ライガは立ち眩みを覚えた。


「いや、あの、二人が一緒のベッドで寝れば解決なんじゃ……」

「嫌よ。シュラは遠慮なくスペースを取るから、ベッドから蹴り落とされちゃうじゃない」

「それはアーシェの寝相が悪くて、自分から転げ落ちちゃうんでしょー。あたしだって蹴られたりするから、アーシェと一緒はヤー」


 常識的な解決策を提案したつもりなのだが、にべもなく却下されてしまう。

 シュラは仰向けで両手を広げ、アーシェはうつ伏せでベッドをポスポス叩きながら、重ねてライガに呼びかけてきた。


「ほら、明日も早いんだから、もう寝よう? あたしと一緒に、ね」

「ボクかシュラか、簡単な二択でしょ?」


 ――え・ら・べ・る・かぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 魅力的かつ贅沢に過ぎる二択を前に、しかしライガは頭を抱えて絶叫したくなった。


 双子とのスキンシップで傾きを変動させ、偏りが過ぎれば一方を殺すことになる、ライガにしか見えない呪いの天秤。スキンシップの種類で、どの程度まで傾きが変わるか。その基準は実のところ曖昧だ。


 同じ「手を繋ぐ」行為であっても、それに伴う状況や会話の内容などで、いくらでも傾きの度合いが変動してしまう。

 一番目に見えて傾くのは、双子と一体化した《邪剣》か《禁書》を使用した際だ。


 仮契約のため引き出せる力は限られているが、どちらも並の魔導具とは比較にならない能力を発揮する。止むを得ず、その力に頼らねばならない窮地に立たされたことも過去に多々あった。


 従って、ライガは常に天秤を並行に保たなければならない。

 下手に偏りを許せば《邪剣》か《禁書》の使用に迫られた際、そのまま双子の一方を殺すことにも成り得る。


 ……そんな事情も、仮契約でかかった呪いのせいで話すことはできず。


「じゃあ俺は床で寝るから、二人で広々とベッドを使えばいい」

「良くないよ! 一ヶ月ぶりの柔らかいベッドなんだよ!?」

「ライガの体はボクたちよりひ弱なんだから、一番きちんとした睡眠と休養が必要じゃない。床で寝るなんてクレバーの欠片もない選択は認めないわよ」


 第三の選択肢「どちらも選ばない」に逃げようとしたところで、当然双子が納得するはずもない。


 ジッとこちらを見つめる視線の圧に、そして五感から精神を蝕む甘い誘惑に、ライガは懸命に抗う。

 久しぶりの宿だからと着替えた双子の寝間着姿は、恐ろしく目に毒だ。半ば透けて見える薄い生地に身を包み、上目遣いで誘ってくる様の破壊力といったら。


 ライガとて健全な男だ。こんな極上の据え膳を前にして、若い衝動に我を忘れたい気持ちは当然ある。しかし、冗談でなく双子の命がかかっているのだ。

 だからライガは、二人が迫る二択を毅然と跳ね除けなければならない。


「ああ、もおおおお! 俺は右か左かと言われたら真ん中を突っ切る男なんだよ! どうしてもって言うなら、二人と一緒に寝る以外の選択肢は断固として拒否だからな!」


 事情がどうあれ、言っていることは最低だった。

 ――あ、これ二人の代わりに俺が死ぬ流れでは?

 流石のライガも、自分の勢い余った失言には双子からの制裁を覚悟した。


 したの、だが。


「「…………」」


 なぜか双子は嫌悪や呆れの表情一つ見せず、互いに顔を見合わせ。

 ニッコリと、それは愛らしくも寒気がする捕食者の笑みを浮かべて――





「なんでこうなった」

「なんでもなにも、ライガの要望でしょ?」

「全く、ボクらを二人同時になんて、とんだ贅沢者よね」


 第四の選択肢「どっちも選ぶ」があっさりと通ってしまい。

 ライガは一人用ベッドを並べた即席ダブルベッドの真ん中で、左右から双子に挟まれて就寝することになった。


 一人余計に多い分、必然的に三人の密着度は高くなる。

 それはもう、ムニュムニュとフニフニと至高の柔らかさがライガの全身を襲っていた。


 双子だけあってシュラとアーシェは、印象は違えどよく似た顔立ちで、スタイルの良さも瓜二つ。しかしこうして密着されるとわかるが、触り心地にはハッキリ違いがあった。


 剣を手に暴れ回るシュラは、引き締まった無駄のない筋肉が織り成す弾力と張り。

 魔法狙撃を主とするアーシェは、しっとりと触れれば沈み込むような柔らかさ。


 優劣などつけようがない、どちらも至福の感触。それがないに等しい薄地越しで容赦なく押しつけられているのだ。

 三年の月日で培った、鋼の自制心がなければアブナイところだった。


「なによ、必死な顔しちゃって。そんなに緊張すること? 別に野宿でも、よくこうして三人並んで寝たりしてるじゃない」

「いや、普段とは密着度……はともかく、布の隔たりが段違いだと思うんですが」

「やっぱりこういう格好の方が、ライガも嬉しい? ギュー」

「待って死んじゃう。俺の理性さんが圧死しちゃうから」

「だらしないわねえ。ちょっと密着されると、すーぐ鼻の下伸ばすんだから」

「アーシェだって、ライガからギューってされると嬉しくて大人しくなっちゃうくせにー。素直じゃない妹を持つと、お姉ちゃんは心配しちゃうなー」

「所構わず甘えるクレバーじゃない姉を持った、妹の苦労も知って欲しいわねっ」


 ライガを挟んで、戯れのような言い合いを重ねる双子。

 こういう場合、どちらも自分が姉だと主張して喧嘩になりそうなものだが。不思議と二人はシュラが姉、アーシェが妹で互いに納得している。


 この双子、口を開けば衝突ばかりなものの、決して仲が悪いわけではない。

 物心ついたときから、互いに支え合って戦場を生き抜いてきた、唯一の家族なのだ。


 言葉にせずとも、互いがかけがえのない存在であることをライガは知っている。

 ――ただ、どうしようもなく歯車がだけなのだということも。


 そんな二人の間を埋める、小さな歯車となることがライガの役目。

 そうしてライガたち《トライオーガ》は、三人で一つとなってやってきたのだ。


 だからこそ。仮に呪いのことがなかったとしても、ライガは双子のどちらも選ぶことはないだろう。

 どちらを選んでも、三人で一つの関係は崩壊する。そうなれば、三人とも共倒れだ。《トライオーガ》は三人揃ってこそ、鬼神の強さを誇るのだから。


「ほら、明日は早いんだ。もう寝るぞ」

「あ……ふふっ。よく眠れそー」

「もう、そんな、子供扱いして……」


 それがわかっているのか、いないのか。

 頭を撫でてやれば、二人とも心地良さそうに目を細めて微睡む。

 まるでライガの傍が、世界で一番安心できる場所だとでも言わんばかりに。


 ――ここまで心を許されて、双子から向けられる親愛の意味を理解できないほど、ライガは鈍感でも天然でもない。

 ライガにとっても、二人の存在は世界で一番特別だ。


 戦場を逃げ惑う中で双子の鬼と出会った、あの日。

 この恐ろしくも美しい鬼を、そして不器用に互いを想い合う姉妹を、不遜にもライガは守りたいと願った。

 それを叶える力が自分にあると知ったとき、どこまでも凡庸な自分の全てを捧げてもいいと思った。そうするだけの甲斐が、価値があると信じた。


 信じた気持ちが裏切られたことは今まで一度だってないし、むしろ身に余るほどの対価を、温もりと幸福を毎日貰い続けている。


 だから、二人を守ることこそがなにより大事で、自分の浅ましい欲求など些事。

 二人にかかった死の呪いを成立させまいと、ライガは不誠実の誹りも覚悟し、どっちつかずの姿勢を貫くのだ。


「しゅきー。らいがー」

「らいがぁ。す、ぴぃ」

「…………」


 ――たとえ第三者から、「両方にいい顔して美味しい思いを味わってるだけのハーレム野郎」と謗られようとも!



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