第4話:冒険者ギルドで絡まれて


 冒険者と傭兵というのは、「ギルドを介して依頼を受け、体を資本として仕事をこなす」という点で非常に近しい職業だ。


 明確に異なる点としては、傭兵が戦場などで『人間相手』に戦うのを主とするのに対し、冒険者は素材目的で『魔物相手』に戦うのを主とする。逆に言えば、なにを主な獲物として戦うかくらいしか違いがない。


 そのせいか、冒険者と傭兵はギルド規模で仲がよろしくない。互いに「人殺し集団」「獣しか相手にできない腰抜け」なんて具合に罵倒し合う険悪さだ。


 特に盗賊退治は、依頼する側がどっちに依頼すべきか判別できていないことがある。


 依頼の奪い合いになったり、今回のような複数のチームで当たる合同任務で、傭兵と冒険者がかち合う羽目になったりするのだ。

 そうなれば、揉め事が起きるのは必然と言っていい。


 ただ――


「こんな可愛い女の子たちを戦場に連れ回しているだと……!? この血も涙もない人でなしめ! その子たちを賭けて、僕と決闘しろ!」


 今回はなにやら、常にない絡まれ方をしていた。





 馬車が到着した先は、問題の盗賊団に占拠された町から隣の隣くらいに位置する村だった。ギルドやメイビスの呼びかけで集まった冒険者がここに集合している。また、問題の町周辺に位置する村々の住人が、ここまで避難中だそうだ。


 ライガたちはメイビスの案内で早速、冒険者ギルド支部に立ち寄り、合同依頼に当たる冒険者たちと顔合わせすることに。

 しかし通された大部屋に入るなり、中にいた冒険者たちから睨まれる睨まれる。


 ギルドに所属する者は、身分証明として首から金属プレートの認識表を下げる決まり。その点は冒険者も傭兵も変わらず、またちゃんと双方の見分けがつくようデザインが区別されていた。つまり、ライガたちが傭兵なのは一目瞭然なのだ。


 どうやら参加者の中で傭兵はライガたちだけのようで、目立つことこの上ない。

 尤も、睨まれている一番の原因は……


「これ終わったらご飯にしようよ。あたし、お腹ペコペコー」

「シュラは量さえあればいいんでしょうけど、ちゃんとスイーツのある店を選びなさいよね? クレバーな頭脳に糖分摂取は不可欠なんだから」

「わかってるから、飯のことは仕事の話を済ませた後にしようなー」


 両腕に美少女を侍らせ、食事の話などしているせいだろうが。

 これは割といつものことで慣れているため、突き刺さる妬み僻みの視線をライガは黙殺する。慣れているからといって胃が痛まないわけではないが。


 とはいえ、ライガたちの傍らに依頼主のメイビスがいるのを見て、冒険者たちも無闇に騒ぎを起こす気はないようだった。彼らもその辺りは弁えている。


 ……と思いきや、


「オイ、真っ黒野郎! まさかお前、そんないたいけな子たちを血生臭い戦場に連れ回しているのか!? なんて酷い男だ!」


 これから依頼の話が始まるという空気をガン無視して、一人の少年がライガに食ってかかってきた。


 焦げ茶の髪をした、なかなか端正な顔立ちの少年だ。ライガたちも他人のことは言えないが、冒険者たちの中でも若い部類に入る。装備の摩耗具合や、浮ついた感じが否めない佇まいからして、冒険者になってから日が浅いようだ。


 やる気に満ち溢れているのは結構だが、その使いどころを間違ってやしないか。


「連れ回すもなにも、一緒に戦うチームだからな」

「戦場なんかに連れて行くばかりか、人殺しの片棒を担がせているのか!?」

「そりゃあ、傭兵ですし。戦争に参加すれば人を殺すこともあるさ」

「よくもヌケヌケと……! 第一、仮にも戦いの場に女の子を侍らせるような真似をして、恥ずかしいとは思わないのか!?」


 ズビシ! と人差し指をこちらに突きつけてくる少年。

 真面目に言っているのはわかるが、どうにも一挙一動が芝居臭い。


 それに……彼の後ろで黄色い声援を送っている、少年の連れらしきメンバーも女性ばかりだが。少年に咎められる筋合いがあるのだろうか。

 ちなみに女性陣の声援を聞くに、少年はダリオという名だそうだ。


「この血も涙もない人でなしめ! お前みたいな人殺しが、どの面下げて堂々と町を闊歩している! 人を殺して得意になっているようなクズなんて、お呼びじゃないんだよ! 僕がいる限り、大きな顔はさせないからな!」

「……冒険者だって魔物を殺す上、爪や牙に皮まで剥ぐだろうに。『殺し』で儲ける稼業なのはお互いさまだと思うんだがねえ」


 相手に聞こえないよう小さな声でぼやく。

 どうも話が噛み合わない、とライガは少年との温度差を感じた。


 戦争が頻繁に起きているとはいえ、主だった大国は五十年前に軒並み滅んだため、小国同士の小競り合いがほとんどだ。それに魔物の脅威もあるため、都市部まで攻め込んで虐殺や略奪が起こるような、大規模な戦争には発展し難い。


 そのため戦線から遠い都市部と、戦争の巻き添えになりやすい地方では、同じ国内でも生活環境の格差と、価値観や倫理観の大きな落差があった。


 ダリオとかいうこの少年も、今まで平和な都市部で育ち、殺人や人死にとは無縁の生活を送ってきたのだろう。

 だから戦争屋の傭兵であるライガを声高に非難する。


 ――五年前、故郷が戦火に焼かれて傭兵団に拾われるまで、ライガもダリオと同じ側の人間だった。だから彼の忌避感が、わからないでもない。

 双子と出会ってすっかり「こちら側」に染まった今となっては、もう思い出すのが難しい感覚だが。


 だからライガからすれば、自分が失ったダリオの青臭さは多少眩しくもある。

 しかし今は、正直言って的外れな正義感に対する鬱陶しさの方が勝っていた。


「君たちも、こんな野郎のところにいるべきじゃない。どうせ、戦闘でも足を引っ張られたり無茶を押しつけられたりしてたんだろう? こんな最低男とは手を切って、これからは僕たちと一緒に冒険者をやろう! 魔物を狩って、人助けして、未知の秘境を冒険したりする、自由と夢に満ちた最高の職業なんだ!」


 まるで堪えないライガの反応に痺れを切らしたのか。

 ダリオは双子に笑いかけながら、そんなことを言い出す。これがまた無駄に爽やかなキメ顔で、どうも天然でやっている様子なのが、いっそ感心してしまった。


 とはいえ美形からのお誘いには違いない。これは双子も返答はともかく、気分的には満更でもないのではないか――と、それとなく双子の顔を窺って見る。


「「…………」」


 満更でもないどころか、物っっっっ凄く嫌そうな顔だった。

 下水道暮らしのゴブリンを見るより嫌悪感たっぷりの表情に、思わずライガの口元がひくつく。

 美形が冷たくあしらわれる様は笑えるものだが、これは同情を禁じ得ない。


「ちょ、流石にその反応は酷くないか? 一応、善意で手を差し伸べてるんだぞ?」

「なにが善意よ。自分に都合の良い妄想に浸ってるだけじゃない」

「見てよ、アレ。あたしたちのこと、なにもわかってない顔じゃんか」


 双子がダリオを見る目は冷え切っている。


 まあ、無理もあるまい。ダリオは双子のことを「悪い男に戦場を連れ回され、非道な殺人の片棒を担がされている、憐れで可哀想な救うべき女の子」としか見ていない。それは実像と程遠い、ぶっちゃけダリオの妄想だ。


 そんな妄想の押しつけで救いの英雄面をされては、いくら相手が美形でも喜ぶ気など起きないか。特に、鬼の男趣味は変わっているからして。

 俺なんかに構う物好きだからなあ――ライガは思わず笑みを零した。


 しかし……傍から見るとそれは、双子に拒否されて笑顔の引きつったダリオに対する嘲笑にしか見えず。

 案の定、ダリオは顔を真っ赤にして逆上した。


「女性を誑かして自分から離れられなくする下衆野郎め! その子たちを賭けて、僕と決闘しろ! 血の味を噛み締める勇気と度胸があるならな!」


 こちらの返事も待たず、ダリオがその場で剣を抜き放って斬りかかろうとする。

 あまりの暴挙に、職員の女性がギョッして叫び声を上げた。


「ちょっ、なに考えてるんですか!? 室内で抜剣なんて……!」

「ああ、心配いらねえよ。すぐに終わらせる。――【ウインド】」


 双子を離して前に進み出たライガは、風属性魔法を発動する。

 初歩も初歩、攻撃魔法にも分類されない、ただ軽く風を起こすだけの魔法だ。


 発生したのはそよぐ程度の風。合わせて宙に放った小袋から、中身の黒い粉末を風が巻き上げる。

 それは指向性の風により一塊となって、ダリオの顔に吹きかけられた。


「目くらましとは姑息なっ」

「【ファイア】」


 これまた焚火を起こせる程度の、低級な火属性魔法。

 ライガの指先から、さらに威力を絞った小さな種火が放たれ……粉末に着火する。


 瞬間、【ウインド】で一塊にまとめられた黒い粉末が、爆発した。


 連続する炸裂音に加え、ボッと空中で燃え上がる火に冒険者たちが立ち竦む。中には悲鳴を漏らす者もいた。

 不意打ちで火に巻かれたダリオは、大きく飛び退いて火から逃れようとする。


「こんな虚仮脅し――!?」


 そこへ、ライガが踏み込んだ。


 相手の瞳に自分の顔が映り込む至近距離。火に驚いて体勢を崩したダリオは、とても回避できる状態にはなく。

 無防備を晒す顔面に、ライガの右拳が突き刺さる。


「シャオラアアアア!」

「ぶ、がっ!?」


 一喝と共に、ライガはダリオを殴り倒した。

 いつもの癖で、喉目がけて追撃の踵を振り下ろしそうになるが、即座に止める。


 ダリオは白目を剥いて完全にノックダウンされていた。高い鼻が見事に砕かれ、鼻血で端正な顔がグチャグチャだ。

 一撃とは、まともな喧嘩の経験もなかったと見える。


 ちょっとチリチリした革鎧を叩きながら、ライガはフンスと鼻を鳴らす。


「ああ、虚仮脅しの目くらましだからな。飛び込んだって、ちょいと肌が炙られる程度で済むのさ。所詮手品レベルの小細工だが、クソガキ相手になら十分だろ?」


 爆発は非常に小さく、火も床に落ちるまでに燃え尽きて霧散した。煙臭い香りの他に、爆発の痕跡は全く残っていない。うっかり火事に発展せずに済んで、ライガは内心安堵のため息をつく。思いつきでやるには、我ながら些か乱暴な手だった。


 静まり返った部屋の中、冒険者の一人が怖々とライガに尋ねる。


「お、オイ。今の黒い粉って、まさか《黒塵火薬ブラックパウダー》か?」

「まあな。おっと、入手経路については当然、企業秘密だぞ?」


 人差し指を立てながらニヤリと笑って見せれば、冒険者たちの表情から、ライガに対する評価が二段も三段も上昇したのがわかる。


 特定の薬草の調合から作られ、魔法も用いず爆発を引き起こせる火薬。

 中でも《黒塵火薬》は、一般には製法も知られていない強力な爆発物だ。一般の火薬がせいぜい煙玉や爆竹に使われる程度なのに対し、黒塵火薬の凄まじい爆発力は、古代の文明が魔法に頼らない凶悪な兵器に利用したとか。


 そんな背景があってか、黒塵火薬の製法は秘匿されており、禁制品が流通する闇市でもまず目にできない代物。それをこんな喧嘩程度で惜しみなく使って見せただけで、ライガがただ者でないと冒険者たちは悟っただろう。


 実のところ、ライガは火薬を所持するのみならず、その製法すら知っていた。

 それはアーシェが持つ《禁書》から得た知識なのだが……これについては語る義理もない。


「ま、戦場の他にも色々な場所を渡り歩いて来たんでな。俺たちの知識はなにかと役に立つと思うぞ? 腕っぷしに関しては、今しがた見てもらった通り。――まだ、不服を唱えるヤツはいるかい? いないなら、いい加減に依頼の話を始めようぜ」


 ちょいとクソガキを叩きのめしただけだが、舐められないための牽制としては十分だろう。悪目立ちは最初からなので、優位を取るのが肝心だ。


 場の主導権を握られた冒険者たちは苦い顔をするが、既に勝敗は決している。

 ご機嫌な笑顔の双子を再び傍らに侍らせ、ライガは不敵に笑った。


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