第3話:貴族令嬢の若干きな臭い依頼


 ――大陸中央部の列強国が滅亡してから五十年。

 中央列強による支配と統治が失われ、世界は長い混乱状態にあった。


 未だ小国同士の小競り合いが絶えず、五十年前を皮切りに魔物も活性化。

 都市部から離れるほど治安は悪くなり、騎士崩れや傭兵崩れは勿論、貧困から村人が賊に身を堕すのも珍しくない。


 今日もよくある出来事として、運の悪い馬車が盗賊に襲われ……


「うぎゃああ!」

「やめっ、見逃して、ひぎぃ!」

「アハハハハハハハハ!」


 今日はそれ以上に運の悪かった盗賊たちが、返り討ちにあっているところだ。


 なにが悪かったって、馬車を襲っているところに偶然、ライガたち《トライオーガ》が出くわしたことが一つ。

 もう一つは可憐な双子を前に、盗賊たちが余計な欲をかいたことだ。


「た、助けてくれ! お願いだから、命だけはぁぁ!」


 五体を分割されて転がる仲間の死体を横目に、涙ながらに命乞いする盗賊たち。

 数にして十人と少しの彼らは、明らかに戦い慣れしていなかった。


 この辺りは大きな町にも近い。町を守る警備隊などに目をつけられないよう、普段は小さな活動に留めてきたのだろう。つまり行商などを数で脅し、多少の積み荷や金品を奪う程度に。

 犯した悪行の軽い、小悪党に分類できる輩なのかもしれない。


 それがよりにもよって双子の体を要求し、刃まで向けてしまったのが運の尽き。


「なんで?」

「へ?」

「なんで見逃さないといけないの? ここで逃がしたら、後で復讐しに来るかもしれない。そのときはきっと闇討ちとか毒を盛るとか、面倒な手を使ってくる。それに夜な夜な怯えなくちゃいけないリスクを負ってまで、お前らを見逃すことになんの得があるの?」


 曇りも淀みもない眼で、シュラが純粋な疑問から盗賊に尋ねる。


 一度敵意や害意を向けてきた相手は、決して生かして帰さない。なぜなら後顧の憂いを断つには、しっかり息の根を止めるのが一番確実だから――それが双子のルールで、理由はシュラが語った通り。戦場で培った経験則のようだ。


 ライガとしても異論はなく、これは《トライオーガ》共通のルールになっている。

 よって、残念ながら盗賊たちに与える慈悲などない。


「ひ、酷い……ぎゃ!」

「ちくしょう、なんてヤツらだ!」

「後ろの連中はどうした!? なんで弓矢で支援しない!?」

「そいつらならもう殺したわよ。ただ森の中に潜んだ程度で、ボクのクレバーな狙撃から逃れられるとは思わないことね」


 そう告げるのは、遮蔽物として馬車の車輪脇に陣取ったアーシェだ。

 その手に構える得物がなにか、一目で判別するのはなかなか難しい。


 一見すると弓なのだが、矢を番える箇所に『杖』が付いていた。魔法行使の補助具として一般的な、あの杖である。より正確に解説すると、アーシェが使っているのは「」なのだ。


 アーシェ曰く、『狙撃を行うにはこの形状が最適でクレバー』とのこと。

 現に、その魔法矢は木々の隙間を縫って正確に敵を射殺していた。


「クソッタレがああ!」

「せめて、そこの冴えない顔した男を道連れに――ぎっ!?」

「冴えない顔で悪かったな。でも他人のこと言えないだろ」


 最後にやぶれかぶれで突進してきた二人を、ライガが地味かつ普通に仕留める。

 これにて盗賊は全滅だ。

 ライガは馬車の扉を開き、中で座り込んだ身なりの良い少女に声をかける。


「もう大丈夫。悪党どもは全員片づきましたよっと」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ。助けた駄賃代わりに、次の町まで乗せて頂けると有難いんですが……」


 こうして戦争帰りの道中、ライガたちは馬車に乗り合わせることに成功したのだった。





「――じゃあ、療養で町を離れていたおかげで無事だったあなたは、父親と町を救うために一人で冒険者を集めて依頼を?」

「はへー。こんなにちっちゃくてお金持ちの割にやるモンだね」

「すいません。『今まで荒事や危険なんて無縁の生活だったろうに、子供とは思えない大した行動力だな』って、一応こいつなりに褒めてるんですよ」

「いえ、そんな。私は冒険者ギルドの方にお願いして、村々の冒険者の皆様にもお願いをして回っただけですから……」


 馬車の中で向かい合って座りながら、メイビスと名乗った貴族令嬢との会話は割と朗らかに進んでいる。歳は十と一、二ほどで、金髪碧眼の少女。控え目な態度ながら所作に滲み出る気品は、良い意味で貴族らしいお嬢さんである。


 あの暴れぶりを見た上で、彼女はライガたちを然程恐れる様子を見せなかった。

 その辺りは、大事そうにお人形さんなど抱えていても貴族の娘。傭兵というものがよくわかっているようだ。


 戦争屋というイメージが一般では強いが、なにも戦争だけが傭兵の仕事にあらず。

 盗賊やら山賊やらがそこら中に蔓延って、村から村へ移動するだけでも危険なご時世だ。そいつらを退治したり、そいつらから護衛するのも立派な傭兵の仕事。特に馬車の護衛なんかは、同乗して移動にも利用できるからお得である。


 運が良ければ、こうして助けた馬車に相乗りさせてもらえる場合もあった。


「いや本当、すいませんね。俺たち礼儀作法なんかはサッパリなモノで」

「お気になさらないでください。私は父が領主というだけの、シュラさんがおっしゃる通りに小さくて未熟な子供ですから」


 貴族の馬車だけあって乗り心地が快適、相手は多少粗野な態度も咎めない、話のわかるお嬢さんとくれば最高だ。

 しかし美味いばかりの話でもなく、メイビスは少々厄介事を抱えていた。


「――先程の戦いで、貴方がたのただならぬ強さは拝見させて頂きました。その強さを見込んでお願いします。盗賊団《双頭の暴竜》の討伐に、どうか力をお貸しください」


 表情を改め、毅然とした淑女の顔でメイビスは頼んできた。

《双頭の暴竜》というのは、以前からこの一帯で幅を利かせている盗賊団らしい。


 なんでも頭目は王国軍から追放された《ドラゴンライダー》で、人格に問題はあったが腕前も一流の域。他の盗賊を次々傘下に収めて、日増しに戦力を増しているとか。


 そしてつい最近、一帯を治める領主も在住する大きな町が、そいつらに占拠されてしまったという話だった。どうもライガたちが先日参加した戦争の際、国の兵力がそちらへ回されている隙を突いた模様。勝利したとはいえ戦争による疲弊で、軍が討伐へ動くには時間がかかることも計算の上か。


 領主の娘であるメイビスは、療養のため別の町に滞在していて無事だった。

 そこで領民を人質にされて動けないであろう父に代わり、盗賊退治の人員を集めている道中、別の盗賊に襲われたのをライガたちに助けられて現在に至る、という次第だ。


 ライガはため息をついて、緊張からか力の入った腕で人形の首を若干締めているメイビス――ではなく、左右の双子に視線をやった。


「……なあ。もしかしなくても、二人がこっちの方角に向かうよう決めた理由って、その《双頭の暴竜》とやらが目当てか?」

「あ、バレた?」

「こんなトントン拍子に依頼が舞い込んできたのは、ボクらも予想外だったけどね」


 戦争だけが傭兵の仕事でないとはいえ、ライガたちは基本的に戦場から戦場を渡り歩くようにして生活している。


 それで次はどこを目指そうかという相談の際、双子が戦争の近い話も聞かないこちらの方角に多数決で強引に決めたので、なにかあるとは思っていたのだ。それに《双頭の暴竜》の情報がライガの耳に入っていなかったのは、アーシェが差し止めていたからだろう。


 つまり、最初から計画されていたわけだ。


「戦場じゃ《双子鬼》の名前が広まりすぎてるけどさ、こっちなら改めて《トライオーガ》で名前を売れると思って。いい考えでしょ?」

「俺の名前を含めて売るって話、まだ諦めてなかったのか?」

「当たり前でしょ。正しい名前と正しい中身で売らなくちゃ、商売はクレバーにやっていけない。それは傭兵稼業だって一緒なのよ。間違いはキッチリ訂正しなくちゃ」


 まさか、そこまで引きずっているとはライガも予想外だ。

 しかし双子が自分を認め、また《トライオーガ》の名に思い入れを持ってくれている証左だと知っているだけにこそばゆい。


 そんな双子なりの心遣いを、無碍にする選択肢などライガにはなく。


「わかりましたよ。人助けには期待しないで欲しいですが、強そうなのをたくさんぶちのめす分には俺たちの得意分野です。その辺の用法容量をきちんと考えて使ってもらえるんなら、謹んで依頼をお受けしますよっと」

「ありがとうございます! とても心強いわ! やったわよ、爺や!」


 感極まった様子で人形をギュッとしながら、メイビスが後ろを振り返って叫ぶ。

 連絡用の小窓越しに、馬を操る御者がこちらに軽く低頭した。

 片眼鏡をかけた寡黙な初老の男性は、なんでも彼女の家に長年仕える執事らしい。


 ……彼の他には護衛の一人もいないというのは些か不自然だ。

 メイビスの言動に裏は感じ取れないものの、どうもきな臭い部分がある。とはいえ、詮索はなしだ。藪を突いて面倒を増やしたくはない。経験上、この祈りも結局は無駄に終わるだろうが。


 ライガが密かに気を滅入らせていると、腕の下を潜って抱きつくシュラがどこか不安そうに、上目遣いでこちらの表情を窺ってくる。


「ライガ、怒った? あたしたちのこと、嫌いになる?」

「馬鹿、見縊るな。これくらいで嫌になってたら、三鬼の一角が務まるかっての。俺のためにアレコレ考えてくれたなら、尚更だ。ありがとな」

「ん! えへへー」


 触り心地抜群の紅髪を梳くようにして頭を撫でれば、あっという間にご機嫌だ。

 くすぐったそうに目を細めるシュラの笑顔は、ピコピコ動く犬耳とブンブン振るわれる尻尾が幻視できた。抱きつく腕の力が強まり、高まる密着度が理性を削る。


 未だ慣れない動悸を顔に出さず、ライガは逆側にも手を伸ばした。


「ちょっと、シュラと一緒にしないでくれるかしら? ボクはこれくらいで嫌われる心配なんてしなければ、撫でられただけで機嫌を良くする安い女じゃないんだからね」

「そんなんじゃない。ただ、俺がアーシェと触れ合いたいだけだ。嫌か?」

「…………別に、好きにすればいいじゃない。勝手にしなさいよ」


 顎をくすぐる指先に、ツンケンしつつもされるがままのアーシェ。

 こちらの肩に寄りかかって身を委ねる様は、まさに懐き切った猫だ。

 両腕に双子を侍らせて同時に愛でる自分の姿を、ライガは顧みて見る。


 ――うん、控え目に言って最低だな!


「えっと、その……皆さん、とっても仲がよろしいのですね?」


 苦笑するメイビスのなにか物言いたげな眼差しも、心なしか人形まで一緒に『こんな可愛い女の子二人を同時に誑かすとか、この男の頭に誠実という言葉はないの? 引くわー』と非難しているかのようで、胸に痛く突き刺さる。


 それでも、双子を愛でる手を止めることも、一方に絞ることもライガにはできない。


 ――普段は身につけておらず、《邪剣》と《禁書》。

 その一方を選んで契約すれば、選ばなかった方が死に至るのは前に語った通りだ。

 しかし《契約》さえ交わさなければいいかというと、そう単純な話でもない。


 ライガの視界の端。そこには、常に彼にしか見えない天秤が浮かんでいる。

 左右の皿に乗っているのは《邪剣》と《禁書》だ。


 そしてシュラがライガにすり寄ると《邪剣》の側、ライガがアーシェの頭を撫でると《禁書》の側に天秤が傾く。


 どうもこの天秤が一定以上片方に傾くと、そちら側に契約が成立してしまう仕組みらしいのだ。そして天秤は、主にシュラやアーシェとのスキンシップに応じて傾くようで。


 つまるところ、契約をどちらにも成立させないためには、シュラとアーシェ、二人と平等にスキンシップを図る必要がある。

 今のようにシュラが甘えてくるのを受け入れたら、その分だけアーシェを甘やかし、天秤のバランスを取らなければならない。


 誰よりなによりも大切な双子の命を守るため、これは必要な行為なのだ。


「んにー」

「……ゴロゴロ」


 たとえ、傍からはどう見たって美少女二人を誑かしている、ただの優柔不断な最低男の振る舞いだとしても!


「――本当に、仲がよろしいこと」

「は、ハハハハ」


 馬車の道中、ライガはひたすら胃の痛みに耐える他ないのであった。


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