第2話:《トライオーガ》の不満と二択


「ねえ、あたしを選んでくれるよね?」

「ボクの方を選ぶわよね? ねえったら」


 左右からの甘い囁きに、ライガの背筋がブルリと震える。

 両腕をホールドされて逃げ場はなく、銀の眼差しが反抗の意志を奪った。


「ライガの気持ち、聞かせて?」

「いい加減、男ならハッキリしなさいよね」


 ……ライガが双子の姉妹と出会い、三鬼一組の傭兵チーム《トライオーガ》を結成してから、かれこれ三年の月日が経つ。

 互いに命を預け合い、共に死線を越えて、自分たちは上手くやってきたと思う。


 しかし、男が一人に女が二人。

 仲間のままでいるには、血生臭い世界に生きようとも三人は若い少年少女だった。


 そして三すくみの関係は、正三角形を保ってはいられない。さながら二等辺三角形のごとく、二点の距離が縮まれば残る一点は離れるのが必然。


 故に、ライガは男として選択を委ねられ、迫られる。

 それは二人に出会ったときから定められた、逃れようのない運命だった。


 ――尤も。


「ライガのパワーアップにはやっぱり、あたしの《邪剣》が一番だよね!」

「いいえ。ボクの《禁書》で強化を図ることこそ、最もクレバーな選択だわ!」

「うん、まず選択肢がおかしくない?」


 傍から見たら、禍々しいデザインの剣と本を顔に押しつけられているだけの、色気の欠片もない絵面なのだが!





 分隊を山越えさせて挟み撃ちにするという、起死回生を賭けた敵の一手。

 それも失敗に終わり、元々劣勢だった敵軍は夜が明けてすぐ撤退したそうだ。

 これにて敵国の侵攻は撃退され、今回の戦争もひとまず終了となった。


 傭兵であるライガたちは、王国軍の拠点にて事後処理中。傭兵の統率を行っていたナントカいう傭兵団の下、働きに応じて報酬を山分けしているところだ。


 ライガたちは既に報酬を受け取り、組み立て式の椅子に座って雑談中。

 そこでライガは、双子に不穏極まりない「ライガ強化計画」を迫られた次第である。


「そもそもだな。今更、俺がパワーアップする意味ってあるか? シュラが前衛、アーシェが後衛、俺がその間で二人をフォローする、っていうのが俺たち《トライオーガ》の戦闘スタイルだろ? 俺が出しゃばったところで、二人の邪魔になるだけだ」

「だって! あたしたち二人の名前ばっかり広がって、《トライオーガ》の名前が全然広まってないんだよ!? あたしとアーシェとライガ、三人揃ってこその《トライオーガ》なのにさ! もっと皆にライガが凄いってところを見せつけなくちゃ!」


 腰に届く長い紅髪と銀眼の少女、《紅鬼》ことシュラが不服そうに頬を膨らませる。


「ボクが後方で狙撃やってる分、前線だとシュラとライガの二人で暴れてるから、そこで数がごっちゃになってるんでしょうけど……。実際、リーダーであるあんただけが無名っていうのは問題よ。女二人ってなると寄ってくる馬鹿も増えるし」


 短く切り揃えた蒼髪と銀眼の少女、《蒼鬼》ことアーシェも不満顔だ。

 分相応な知名度と思っているライガとしては、苦笑してしまうばかりで。


「うーん。俺は二人ほど派手な大暴れも超高等技術もできないしなあ。俺が二人に比べて目立たないのは、まあしょうがなくないか?」


 なにせ昨夜の戦いでも、隠れるどころかシュラと一緒に暴れていたにも関わらず、敵が存在に気づかなかったくらいだ。別段、ライガが隠密に長けているわけではない。どうもシュラの可憐な容姿と強さから、相対的にライガの影が薄くなってしまうようで。


 ライガからすれば笑い話なのだが、シュラはぷんすかと怒る。


「しょうがなくないよ! あたしたち二人だけじゃ駄目だった。ライガあってのあたしたちなんだよ? それなのに、ライガのことを軽く見られるのはヤダ!」

「謙虚も結構だけど、自分の値段を安売りしないのはクレバーな傭兵の常識よ? ましてや、あんたの価値は絶対に代えの利かない、唯一無二のモノなんだから。ボクたちのリーダーとして、もっとシャンとしなさいよね」

「うん、気持ちは嬉しい。凄く嬉しいんだけど、やっぱ俺はあんまり目立ちたくないかなー……主に悪目立ち的な意味で」


 自分に対する手放しの肯定がこそばゆくも、非常に胃が痛くなる。

 チラリとライガが視線を巡らせるだけで、まあ周囲の殺気立ち具合が凄いこと。


 ただでさえ、ライガたちは他の傭兵から睨まれやすい。

 今に始まった話ではないが、今回もまあ好き勝手に暴れたのだ。


 ――山越えのために村を襲撃しようとする敵軍傭兵の撃退。山越えを看破したのは傭兵団の団長らしいが、《トライオーガ》だけで相手をしたのは、団長の差配ではなくライガたちの「ほぼ」独断行動だ。


 一応の理由として、《トライオーガ》は……特に双子は団体行動に酷く向いていない。性格は違えど我が強いのは一緒で、まず命令に従わない。それに二人の粗っぽい戦い方は、下手に味方が近くにいれば敵諸共に巻き添えを喰らう。


 とはいえ扱いが難しい分、戦力としては一個大隊に匹敵。その辺りは雇う側も傭兵団も承知の上だ。よって、《トライオーガ》はある程度の自由な行動を許されている。


 村での撃退についても、まず部隊が住人を避難させ、無人となった村に誘い込んだ敵部隊を《トライオーガ》が奇襲。敵が混乱状態になったところを本隊が叩く――という筋書きで上を納得させたのだ。まあ、結局は三鬼だけで皆殺しにしたわけだが。


 しかし腕に覚えがある傭兵たちからすれば、活躍の場を独り占めされて面白いはずもない。命あっての傭兵稼業といえど、名を売らねば立ち行かないのも事実だ。

 ましてや、


「アーシェは言い方がイチイチ回りくどいよー。ライガが大切ならそう言えばいいじゃん。あたしだってそうだしね!」

「ボクはあんたみたいに、思ったことをそのまま垂れ流しになんてしないの! そんなの全然クレバーじゃないわ!」

「かっこつけてクレバークレバー繰り返すのって、クレバーなの?」

「今、『へっ』って鼻で笑ったわね!? クレバーのなんたるかもわからないくせに!」

「ハイハイ、二人とも喧嘩しない」


 相手が戦場で両手に女を侍らせているような、軟弱野郎となれば尚更のこと!

 今だって、わざわざ二人用の椅子に三人で詰め合い座っているのだ。


 片や、元気活発でどこか幼い、ニパーッと無邪気な笑顔。

 こちらの腕に抱きつき頬をすり寄せてくる、ワンコ系美少女のシュラ。


 片や、冷静沈着で大人びながらも、ツンとしたすまし顔。

 そっぽを向きつつ手はしっかりこちらの腕を掴む、ニャンコ系美少女のアーシェ。


 それぞれ毛色の異なる、しかしどちらも掛け値なしの美少女。そんな二人にムギュムギュ、フニフニと挟まれているのは、黒髪黒目の冴えない小僧だ。


 そりゃあ、殺意が沸くのも無理からぬ話。ライガだって逆の立場ならそうする。『爆散して内蔵ぶちまけろや女たらしが』くらいの毒は確実に吐く。


 ――拝啓。『ハーレムこそ男の夢にして目指すべき到達点』などと、いっそ清々しいまでの笑顔で豪語していた、元冒険者だったという爺さん。昔はまんまと爺さんの口車に乗って、ハーレムを夢見てた俺ですが。どうも凡人に毛ならぬ角が生えた程度の俺では、女の子二人だけで一杯一杯のようです。でも、とびっきりの美少女だぞ?

 どうだびっくりだろう、と内心でライガは天国の祖父へ自慢げに胸を張る。


 しかし、見せびらかすかのごとく美少女二人に挟まれていれば、面倒な妬み僻みやっかみを受けるわけで。


「戦場で両手に花とは、随分とイイご身分だな、オイ? しかもその二人に、おんぶに抱っこで養ってもらってるんだって? それで傭兵名乗ってるなんざ、とんだ情けねえ恥知らずだな! その分厚い面の皮がどこで売ってるか紹介してくれよ!」


 こういう輩に絡まれるのも日常茶飯事だった。


 毛深くて大柄で厳つい、如何にも恫喝と暴力で世の中を渡って来たような、山賊っぽい面をした男である。これがまた手慣れた様子で、刃の分厚いバトルアックスと岩のような強面を突きつけ威嚇してきた。


 そこらの小心な傭兵なら、青い顔で縮こまるくらいはしただろうか。

 しかしライガは「臭そうだから寄るなや」程度の感想しか出て来ない。山賊面なんかで慄いていては、鬼と恐れられる双子に三年も付き合っていられないのだ。


「なに、こいつ。とりあえず斬っていい?」

「お馬鹿、無闇に騒ぎ起こすんじゃないわよ。ここはクレバーに、ボクが新開発した消音毒針魔法で……」

「いやそれ、大してやること変わってないからな?」


 なにせ、二人して可愛い顔で言うことがコレであるからして。

 戦場生まれの戦場育ちという、なかなか凄まじい経歴持ちの双子は、常識とか人道とか呼ばれるモノが基本的に欠落しているのだ。


 一応は一般人であるライガと三年連れ添っても、改善された様子は全くない。むしろ「その辺りはライガに任せとけばいい」と丸投げされている節さえあった。そういうわけでライガがどうにかしなければ、戦争も終わったばかりだというのに血を見ることになる。


 どう場を収めたものかと思い悩むライガだったが……。

 次の瞬間には、双子よりも真っ先にブチギレていた。


「どうせその女も装備はお飾りで、顔と体で他の傭兵どもに名前売ってるんだろう? 見栄えだけは極上だもんなあ? 俺にも一発味見させ――」


 下品な煽り文句を垂れ流す山賊男の下顎が、ライガの蹴りで粉砕される。

 椅子に深く腰かけた体勢からの蹴りだ。本来ここから、相手の顎を砕くだけの筋力や瞬発力がライガにはない。


 しかし、ライガが腹筋と跳躍で足を蹴り上げると同時。

 左右の双子がライガの腕と腰に手を添え、椅子から立ちつつライガの体を持ち上げた。


 一切なんの合図もなかったのに関わらず、一秒の百分の一も狂いがない。

 完璧なタイミングで合わさった三人の動きが、砲弾のごとき蹴りの威力を叩き出したのだ。

 さらに、黒鬼の制裁は終わらない。


 蹴り上げの勢いにより、双子に支えられながら逆立ちするような体勢。

 そこからライガは、双子と繋いだ手を支点に後方回転。

 合わせて双子が、ライガを前方へ放り出すようにして両腕を大きく振り抜いた。

 熟練の曲芸じみた動きだが、そこから放たれるはさながら人間弩砲バリスタ


 矢、というより投擲槍ジャベリンめいて射出されたライガの蹴りが、最初の一撃で既に白目を剥いた山賊男に直撃。頭が一回転半ほど捻じれて、男は倒れた。ビクビクと痙攣を繰り返す体は、もう二度と立ち上がることもないだろう。


 蹴りの反動から見事な宙返りで椅子に「着席」し、ライガは冷え切った声で囁く。


「俺のことをどれだけ舐め腐ろうが勝手だがな。――うちの可愛くて強くておっかない双子を安く見てんじゃねえよ。ぶち殺すぞ」

「ライガ、ライガ」

「殺すもなにも、もう死んでるわよ?」

「へ?」


 改めて首の捻じ切れかかった死体を確認し、ライガは拍子抜けしたように肩を竦める。

 そのまま何事もなかったように雑談を再開する三人は、静まり返った周囲など気にも留めない。傭兵たちは昼間から幽鬼でも目撃したような顔だ。


 身体能力だの才能だのといった問題ではない。三人の呼吸・鼓動・意志が寸分の狂いなく合致しなければ不可能な芸当。下手な天才より余程常識外れの連携を見せつけられ、密かに山賊男を応援していた傭兵たちは愕然としていた。


 一方、そうでない……つまり《トライオーガ》のことをある程度知っている傭兵たちは、触らぬ鬼に祟りなしと言わんばかりに、眼前の惨状を黙殺する。誰も、わざわざ鬼の怒りを買ってまで山賊男などのために騒ぎ立てる気は起こさなかった。


 ――確かに、畏怖と羨望を込めて語り草となる《双子鬼》に比べ、三人目である黒鬼の存在は全く知名度がない。

 しかし、この業界で猛者とされる傭兵たちは例外なく知っているのだ。


 黒鬼の侮り難きを。

 三鬼揃った《トライオーガ》の、鬼神がごとき恐ろしさを。


「やっぱりさ、ライガは前衛であたしと背中を預け合うことが圧倒的に多いんだし。あたしの《邪剣イービルイン》と契約するのが一番だと思うんだよね!」

「持っているだけで貴重な魔法適性を活かさないでどうするのよ。最もクレバーな選択を取るなら、ボクの《禁書イービルイン》との契約こそが相応しいわ」

「その話、まだ続けるのか? いや、だから俺は……」


 左右から双子に迫られ、苦笑しながら曖昧な返答を繰り返すライガ。

 傍から見れば、どっちにもいい顔をしようとするただの優柔不断男である。

 周囲からの妬み僻みだけでない非難の視線に、ライガは返す言葉もなかった。


 ――しかし、これにはライガなりの事情があるのだ。


《邪剣イービルイン》《禁書イービルイン》……この二つが同じ名を冠しているのは、これらが表裏一体、二つで一つの《呪われた遺物カースファクト》だからだ。


 双子が言うように、本来の力を発揮するにはどちらか一方を選んで《契約》する必要がある。そして――この選択には双子も与り知らない「呪い」が伴っていた。仮契約の影響でライガも双子に明かすことができない、選択の代償。


 一方が選ばれたとき、選ばれなかった側は消滅する。

 それはつまり……双子のどちらか一方が死ぬことを意味しているのだ。


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