傭兵双子が邪剣か禁書かの二択を迫ってくるんだが

夜宮鋭次朗

第1話:《双子鬼》と三鬼目


 月明かりを反射して、振り上げた刃がギラリと光る。

 鈍い銀閃の軌跡。飛び散る赤い鮮血。闇夜に響き渡る、絶叫と悲鳴と笑い声。


「ギィアア!」

「ひ、ひぃぃ!?」

「アハハハハッ!」


 つい昨日まで平和だった村が、一夜にして阿鼻叫喚の地獄絵図。

 戦乱未だ治まらぬこの時代には、別段珍しくもない光景だ。


 略奪と殺戮。踏み躙られる弱者と、それを踏みつけ嘲笑う強者。

 弱肉強食。それはいつの世も不変の理だ。


「この野郎――ぎっ!」

「がは!」

「アハハ! これで二十と、四つ!」


 ……ただし。

 今まさに蹂躙されているのは、村へ略奪にやって来た傭兵たちの側で。

 彼らを蹂躙するのは、無邪気で残酷な笑い声を上げる『鬼』だった。





 それは傭兵たちにとって、なんということはない任務のはずだった。


 数で勝る敵軍の背後に回って包囲するため、部隊を分けての山越え。しかし山越えする別動隊は補給線の確保が難しい。そこで山に散在する村を中継点として占拠しつつ、物資を略奪で確保することが、傭兵たちに与えられた役目だ。


 物資は正規軍に引き渡した上での分配だが、村の住人については殺すも犯すも自由にしていい――そう隊長殿からお墨付きも貰っている。

 一方的に弱者を蹂躙するだけの楽で愉しい作業……の、はずだったのだ。


 その村に、『鬼』さえ待ち受けていなければ。





「こん、ちくしょうがああああ!」


 自棄を起こした傭兵の一人が剣で斬りかかる。

 その剣筋は決して悪くなく、むしろ今回集まった傭兵の中でも上位の使い手だ。


 しかし……

 月光を受けて輝く艶やかな紅髪を揺らし、赤鬼――否、《紅鬼》が舞う。

 残像が踊り、凶刃が閃き、それで終わり。


 まず、傭兵の剣を手にした腕が肩口からずり落ちた。

 続いて胴が腰から離れ、最後に首が胴から転げ落ちる。


 傭兵が一度剣を振るうのにも満たぬ間で、紅鬼は三度傭兵の体を寸断したのだ。

 当の傭兵は、自分が斬られたことにも気づかなかったかもしれない。


 それほどの鮮やかな切り口であり、紅鬼の剣が如何に常識外れかを、剣筋が全く目で追えずにいる傭兵たちにも如実に物語っていた。


「ありゃ。ちょっと斬りすぎちゃったかな?」


 口元を覆う牙めいた金属製のマスク越しに、可憐な声が響く。

 細腕に不釣り合いな、分厚い大鉈を操る鬼は、可愛らしい少女の姿をしていた。


 長い紅髪に、丁度頭上で輝く月に似た銀の瞳。

 目鼻立ちにはどこか幼さが残っており、一見すると血生臭さとは無縁の顔だ。

 しかし。あるいは、だからこそ。少女は人ならざる鬼に違いなかった。


 事前に避難させたのか住人の姿はなく、村に転がる屍は全て傭兵たちのモノ。

 五十人はいた人員のうち、半数近くが少女によって五体を切り刻まれていた。

 その無残な屍の山を築いた少女には、殺戮を行ったという意識もあるまい。


 一目見れば否応なくわかる。少女はただ、剣を振るうのを楽しんでいただけだ。まるで、チャンバラごっこを覚えた子供の無邪気さで。体が躍動するまま、踊るように剣舞を楽しんでいたら、というだけの話。


 そうやって悪意も邪心もない純粋な瞳で、枝から果実を刈り取るように気安く、人間の五体をバラバラに切り刻む。

 その美しいまでの、無垢な残酷さがなにより恐ろしい。


 それは、まさしく人外なる鬼の所業に他ならなかった。


「くそが! 死にやがれ――」


 物陰に隠れていた傭兵が、紅鬼の剣が届かない距離から矢を放とうとする。

 この鬼なら矢を避けるなり、斬り落とすなりしても不思議ではない。そもそも矢が当たったところで通じるのかも怪しく思える。


 しかし、それ以前に矢が放たれることはなかった。

 別方向から飛来した炎の矢が、先に傭兵の頭を射抜いたのだ。


 倒れ伏す男の頭部は、抉れた頭部が炭化。役目を全く果たせなかった鉄兜は、穿たれた周囲が溶解していた。金属を溶かす熱量を、余分な破壊を生み出さないよう凝縮した、凄まじい火力と貫通力の《魔法矢》だ。


 しかし一番恐ろしいのは、射角からして矢が放たれたのが村の遥か外、山の上側に位置する森の中――すなわち、だということ。


 五十人のうち、残る半数がこの狙撃でやられた。逃走を図った者から正確に射られるため、やぶれかぶれで紅鬼に挑んだ結果がバラバラ死体だ。


 最早、残る傭兵はたった二人。そのうちの一人が震える声で呟く。


「間違いねえ……こいつ、噂の《双子鬼》の片割れだ!」

「そ、それじゃあ森から魔法で狙撃なんて馬鹿げた真似してるのは《蒼鬼》かよ!?」


《狂い月の双子鬼》といえば、この界隈では伝説となりつつある、最強最悪の傭兵だ。


 片や、美しき剣舞で血の嵐を巻き起こす《紅鬼》。

 片や、「魔法による狙撃」という前代未聞の高等技術で屍の山を築く《蒼鬼》。


 十人分の報酬で百人を殺し、一度敵対すれば酒を交わした同業者だろうが容赦しないという、命あっての傭兵稼業には悪夢のような存在。

 成程言われて見れば、少女の口元を覆うマスクも鬼面そのものだ。


「クソッタレめ! 《双子鬼》が敵軍に雇われてるなんて聞いてねえぞ! 《双子鬼》を敵に回すとわかっていりゃあこんな依頼、三倍……いや十倍の報酬を積まれたって受けなかったのによお!」

「こいつ一人でもバケモノなのに、双子だなんてなんの冗談だ! たった二人で、五十人いた兵を皆殺しにしようだなんて。これが、伝説の《双子鬼》の力――」


 ズガン、と紅鬼が地面を砕く勢いで足を踏み鳴らす。

 紅鬼はなにやら、物凄く不機嫌な目つきになっていた。


「……あのさー。さっきから双子双子ってさー。いや、確かにあたしとアーシェは歴とした双子なんだけどさー!」


 一体なにがそんなに不満なのか、ガツガツと地面を蹴る紅鬼。

 人外の圧が薄れ、それこそただの、癇癪を起こした少女のような怒り様だった。


 苛立ちが頂点に達したように思い切り仰け反ると、ビシィ! とこちらに人差し指を突きつけて紅鬼は叫んだ。


「あたしたちはねえ――《トライオーガ》っていうなの! だから、ちゃんと正しい名前で呼んでくれなくちゃ困るよ! そうじゃないと、まるで一人仲間外れにしてるみたいじゃん!」

「は、はいぃ?」

「じゃあ、その、三人目は?」

「ここにいるぞ。つーか、最初からシュラと一緒に暴れてたんだがね」


 すぐ背後から上がった声に、二人はギョッとして振り返る。

 そこには、後方の暗闇に溶け込むような黒衣の鬼が立っていた。


 声音や体格からして、紅鬼とそう変わらない年頃の少年。簡素な革鎧の上から古びた黒いコートを羽織った、冒険者にせよ傭兵にせよ如何にも弱小の装いだ。

 牙めいた口元は紅鬼の少女と同様ながら、こちらの鬼面は顔全体を覆い隠す鉄仮面である。


 しかし紅鬼と比べ、威圧感も人外じみた気配も全く感じない。

 おかしな仮面を付けているだけの凡庸な姿に、二人は思わず拍子抜け――


「【フラッシュ】」


 弾ける閃光。真っ白に塗り潰される視界。

 黒鬼が使ったのは、洞窟などを照らすのに用いる光魔法【ライト】の派生形。瞬間的に大きな光を生み出すだけの、蒼鬼の狙撃とは比べるべくもない低級魔法だ。


 しかし、丁度月明かりが雲で遮られた瞬間。

 僅かな篝火があるだけの薄暗闇の中。

 不意打ちかつ眼前で眩い閃光を喰らった二人は、思考まで真っ白になった。


「シッ」


 黒鬼がなんの変哲もない長剣を振るう。

 やはり紅鬼には遥か遠く及ばない、凡庸な凡人の剣筋。それでも視界を塞がれ無防備を晒す、同じ凡人二人の命を刈り取るには事足りた。


 まず一方の首筋に白刃が滑り込み、

 返す手でもう一方の心臓に切っ先が突き刺さる。


 二人とも崩れ落ち、口から血の泡を噴きながら身悶えし、やがて息絶えた。

 仮面の下では如何なる表情か、黒鬼は何事もなかったように剣を鞘に収める。


「なんの捻りもない普通の殺し方で悪かったな。いや、むしろいいのか? でも即死じゃない分、真っ二つにされるより苦しい死に方かも――「お疲れー!」ぐふぉぉ」


 そして、紅鬼の砲弾じみた勢いの抱きつきで倒された。というか押し倒された。


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