ありがとうに花束を添えて

東条にいな

第1話 私の昔の話

「お母さん。夏だしプールに行きたいな!」

お庭で洗濯物を干しているお母さんに私はそういって笑いかけます。

恐らく、お母さんは笑顔で了解し明日か明後日にもプールに連れていってくれることになるでしょう。そんな自信はどこから来るかっていえば私のてのひらに隠されています。

自信を握りしめて、私はお母さんの返事を待ちます。

「うーん。夏休みはいつも忙しいからなぁ。ごめんね夏樹。お母さん達が休みを取れる日は一週間まるごとおばあちゃん家だから行けないかも知れないのよね。」

「えぇ。」

予想外の事に私は体の力が抜けててのひらに握りしめていた物を地面に落としてしまいました。お母さんははらりと落ちたその妥協に気がつくと、「わぁ!」と声を上げそれを拾い上げました。

「四ツ葉のクローバーじゃない。夏樹が見つけたの?」

私が頷くとお母さんは腰を屈めて私の頭を撫でました。

「良かったね。夏樹に思いがけない良いことが訪れるかもね。」

大事そうに私のてのひらにそれを返してくれるお母さんの手は暖かかったけど、私のたった今冷めてしまった心の熱には届きませんでした。

「それをプールに使おうと思ったの。」

「うん?」とお母さんは私の言っていることが分からないとでも言うような顔をしました。てのひらにある、自信を一瞬で妥協へと変えたのはお母さんの方なのに、そんな私は困っていますという表情をしているお母さんを前に私はもっと困りました。多分、お母さんの困ったの一億倍です。

「だから、その良いことっていうのをプールに行くのに使おうと思ったの!」

私は向きになって同じ目線のお母さんに怒鳴りつけます。

せっかく生まれて初めて、四ツ葉のクローバーを見つけたのに私の望んだ良いことは起こりませんでした。プールに行くのは明日か明後日じゃないとダメなのです。なぜなら、私が毎週楽しみにしている今子供に大人気のアニメのイベントが、そのプールと一緒の施設の広場で行われるのです。そのアニメのファンの私は行きたくて行きたくて仕様がないのです。では、なぜ「アニメのイベントに行きたい」と言わなかったのかというと去年にも同じイベントに行きたいとお母さんに言ったら「毎週アニメ見てるんだから行かなくて良いじゃない」と言われたので出来るだけイベントはオブラートに包み隠す形でおねだりした結果です。私は去年の事を割と根に持ったので、今日の事も後一年根に持つでしょう。

「幸せが訪れるなんて嘘じゃない。」

私は、手の中にあるくしゃくしゃのクローバーを見つめながら言いました。その後、クローバーをちぎってごみ箱へやってしまいました。

でも、そんなことをしたら急に罪悪感みたいな物が沸々とモヤモヤとそしてじんわりと沸いてきました。私の事をじっくりと痛め付けるモヤモヤは反省へと変わって行きました。そして、ある一つの事を思い付きました。それは、「お母さんに謝る」ということです。

すぐに、ハサミを鞄にしまって家を出ました。


お目当ての花はすぐに見つかりました。

ピンクの色をしたアイビーゼラニウムというお花です。花言葉は「真の愛情」です。一輪だけ、ハサミで切ると家へダッシュで帰りました。家に着くと、お母さんが時々読んでいる英字新聞でピンク色を包み、帰る途中に道端で見つけた小さくて儚いかすみ草もそこへ同じように包みました。我ながら可愛らしい出来になった気がします。


お母さんはまだベランダで作業を続けており、これまたすぐに見つかりました。

「お母さん、」

出来るだけ反省している様に聞こえる声を作って続けます。

「さっきは、いきなり怒ってごめんなさい。」

お母さんが振り向きました。あまり、謝る時に顔を見られたくない私は慌ててぺこりと頭を下げて手に持っていた手作りのブーケをお母さんの方に突き出します。なんだか大人がプロポーズしているみたいと考えて、可笑しくて、吹きだしそうになったけどなんとか堪えました。謝る時には、相手への誠意が大切です。気を取り直して、もう一回ちゃんと聞こえるように大きな声で「ごめんなさい。」を言ったらお母さんのクスッという笑い声が聞こえました。

何故、笑っているのか分からなくて、顔を上げました。そしたら、相変わらず小さな声で笑っていたものだからどうして笑っているのかいっぱいいっぱい考えました。謝っている最中に吹きだしそうになったのを堪えてたのがばれて面白がっているのかなとも思いました。

「お母さん。なんで笑ってるの?」

聞くと意外な言葉が返って来ました。

「いや。夏樹が珍しく素直なんだからちょっと可笑しくなっちゃってね。」

ニッコリとしてお母さんはそういったのです。

私が素直なのがそんなに可笑しいでしょうか。

いつだって正直に真面目にをモットーに9年間生きてきたつもりです。

ほら、今日だって嘘なんか一度も……。

そこで、ふと、気がつきました。本当はアニメのイベントに行きたいのに、プールへ行くということに目的をすり替えお母さんに許可を貰おうとする賢しい真似を無意識の内にやっていました。要するにこれは嘘です。無意識ということは今までもやってきたことなのかも知れない。それに、気がつくと、途端に自分がズルい奴に思えてきました。

嘘は事実とは違います。

誰かに嘘をつけば謝らなければなりません。

「お母さ―――」

「本当はプールじゃなくてアニメのイベントに行きたかったんでしょ?」

私が、お母さんにズルを謝ろうとするとお母さんが遮るように私のズルを見破りました。嫌、もしかしたら、最初から気付いていたのかも知れません。

「え、なんでそれを…」

「お母さんねぇ。ちゃんとイベントに行けるようにプールのチケットとっておいたんだよ。」

「えぇ!」

「夏樹の事びっくりさせたくて咄嗟に嘘ついちゃったなぁ。ごめんね。」

突然の事にとっても動揺しましたが、今、私に良いことが起こっている事は解りました。うれしくなってどうすれば良いか分からずとりあえずニコニコしているとお母さんは、私の手からブーケを掬うように取ると「ありがとう」といいキッチンへお花を花瓶に綺麗に飾り付けました。

本当にお母さんっていうのは私の事どこまでもお見通しなんだなぁなんてお花にうっとりしながら考えてたらお母さんがニコニコというよりは、ニヤニヤしながら「私は夏樹の事は、全部お見通しなんだよ。」とでもいいたげに得意げになっていました。私もお母さんの考えていることが段々とわかってきた様な気がします。お母さんには、到底敵わないけれど、私も周りの人の気持ちを理解できたりしたら良いなぁと思いました。



夜ご飯を食べ、お風呂に入ってから、お布団に入りました。いつもお布団の中で一日の事をじっくりと振り返っています。

もちろん、四ツ葉のクローバーの事を思い出して、本当に良いことも有るんだなと思いました。

次に、右目を開いて、明日の事について考えました。明日は、お母さんにプールへ連れていってもらってアニメのイベントに参加してお母さんの手作りのサンドイッチを食べる予定です。楽しみで眠れないかも知れません。でも、段々と眠気が近づいてきます。今日も色んな事がありました。喧嘩したけど、仲直りして未来への楽しみが増えたこと。こういうのって何て言うんだっけ、、

雨降って地固まるだっけ、、、

違うなぁ、、

あ、

禍福は糾える縄の如しです!!

意味は多分今日みたいな日の事何だろうなと思います。


明日も楽しみだし、眠たいし、疲れたみたいだし、低速で深い眠りに落ちていく中で、そっと四ツ葉のクローバーに無音でありがとうを告げて…。


四ツ葉のクローバーに願いを。。。

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ありがとうに花束を添えて 東条にいな @harutama07

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