第50話:姿無き風のアルシェント3

 不信。不和。そう聞いて。そして、アルシェントの邪悪な笑顔を見て……雄太の全身からぶわっと汗が噴き出す。


「……は? え!? なんだその怖い権能!? つーか、そういう邪神なのかこいつ!」

「邪神じゃねーよ」

「え?」

「バリバリの悪神だよボケ」


 悪神。そう聞いて、雄太は思わず手の中の筋トレマニアのシャベルを強く握って。

 そんな雄太の様子に気付き、アルシェントは哂う。


「おや。「戦うって選択肢はない」って言ってなかったかい?」

「……女の子に守られて震えてられるほど、プライド捨ててねえんだよ。役に立てるとも思ってねえけどな!」

「おう、心意気だけは買ってやる」


 呆れたようなバーンシェルの言葉は、しかし不機嫌そうではない。

 まあ、実際神同士の戦いなんてもので雄太は役には立てない。

 バトルものでいえば敵の強さをアピールする為に最初に成す術なくぶっ飛ばされる先鋒みたいなものだ。

 だが、それでも意地張ってカッコつけようと思う程度のプライドは残っていた。


「うおりゃあああああああああ!」


 叫び、雄太は走る。筋トレマニアのシャベルを構え、槍のように突き出す。今まで鍛えた成果か、シャベルは雄太の想像よりも遥かに速い速度で突き出され……しかしアルシェントは僅かな動きでそれを回避してしまう。それでもブンブンと振り回す雄太のシャベルは、しかしそれでもアルシェントにかする事すらない。


「ハッ、くだらないなあ」


 当たるはずがない。雄太の動きはアルシェントが思っていたよりは速いが……風の系統の神であるアルシェントに人間の攻撃が当たるわけがない。いや……そもそも当てたところで、通じるはずがない。雄太の持っている筋トレマニアのシャベルは、聖剣でもなんでもないのだから。

 ……なら、一発当てさせて絶望させてやってもいい。そんな事を考え、アルシェントは雄太の大振りの一撃を受け止める態勢に入る。


「うるっせえ! 馬鹿みてえでもな、無駄な足掻きでもな! 男ならやんなきゃいけねえ時があるんだよおおおお!」


 叫ぶ。振り下ろす。その「無駄」な一撃をアルシェントは手のひらで受け止めようとして。

 しかし、気付く。雄太の持つ筋トレマニアのシャベルから……強い光が漏れ出ている事に。


「魔力のオーバーフロー……疑似聖剣!? ちいいいいい!」


 拙い。一瞬の判断でアルシェントは雄太の一撃を全力で回避する。僅かにかすった腕から血が流れ……アルシェントはそれまでの馬鹿にしたような笑みを消す。

 油断した。フェルフェトゥが遊んでいるだけの玩具だと思って、遊び過ぎた。

 だから……ここからは、本気で磨り潰さなければならない。


「なるほどなあ、幾つになっても男の子ってわけだ。ならまあ、その心意気に応えて……」


 無様に血反吐吐いてろよ、と。そんな言葉と共にアルシェントが雄太の目の前に現れて。

 お前がな、と。そんな言葉と共に現れた「何か」が、アルシェントを殴り飛ばした。


「え……なあっ!?」

「おいユータ……って! テメエは!」


 宙を舞ったアルシェントが倒れ、バーンシェルが雄太を庇うように立つ巨漢に驚いたように目を見開く。


「いよーう、バーンシェル。お前さんが人間の男の為に身体張るたあな。驚いたぜ」

「な、なんだ!? 誰だアンタ!?」


 雄太の前に現れたその巨漢は、およそ身長2メートルオーバー。

 丸太のような腕や足は雄太の倍以上。

 筋肉モリモリの浅黒い身体はゆったりとした民族衣装じみたものに包まれており、適当に撫でつけただけの短い緑の髪は、僅かにウェーブがかっている。

 顎髭もまた緑色で、その瞳もまた同じ色。そんな男が、雄太の前に立っていたのだ。


「お前……ガンダインか! くそっ、お前がなんでこんなところに……!」

「ハハハ、おかしな事を言うねえ! 俺が来そうなタイミングで紛れてきやがったくせによう!」

「くっ……!」 


 ボクシングのファイティングポーズのような態勢になるガンダインを見据え、アルシェントは手の中のリュートへと手を添える。


「唄え、歌え! 此処に音あり、歌あり……」

「吹っ飛べ」


 何かの権能を発動しようとしているアルシェントへ、ガンダインはボクシングでいうストレート……あるいは空手でいう正拳突き……とにかく、そういう類の動きで拳を前へと突き出す。

 ただそれだけの動きでガンダインの拳からは暴風が巻き起こり、アルシェントを天高く弾き飛ばす。


「う、おおおおおおおおおおお!?」

「ハッ、やるじゃねえかマッチョジジイ」


 そんな悪態をつきながら、空を吹き飛び舞うアルシェントを見据えバーンシェルが爆発するように空へと舞い上がる。

 それはさながら、ロケットの噴射の如く。勢いよく炎を噴き上げ空へと放たれたバーンシェルは、空中へと投げ出されたアルシェントへ向けてニヤリと笑う。


「おとといきやがれってんだ……こんボケがああああ!」

「ぐがああああ!」


 炎を纏った蹴り一発。錐揉みしながら飛んでいくアルシェントに向けて唾を吐きながら、バーンシェルは自然の法則に従い下へと落ちていく。

 当然だ。バーンシェルは飛んだわけではなく「跳んだ」のだ。

 それが終われば、落下するのが当然で。遥か下で受け止めようとウロウロしている雄太を見て、バーンシェルは思わずその口元を緩める。

 そんなことをしなくてもバーンシェルは怪我一つ負いはしない。

 それは聞かされているはずなのに、雄太はそうしてしまうのだ。


「……ったく、しょうがねえ野郎だ」


 ガンダインの風で落下速度が僅かずつ落ちていくのを感じながら、バーンシェルはふわりと雄太の腕の中へと落ちる。


「よ、よかった……無茶するなよな……」

「ハッ。あんなもんでアタシが怪我するかってんだ」

「だとしても心臓に悪いっつーの」


 言いながらも、雄太はガンダインの方へと振り向く。


「えっと……ガンダイン、さんもありがとうございます。さっきも……それと、今のも」

「なあに、気にするな。むしろ馬鹿を連れてきちまって、悪いことしたな」

 

 カラカラと笑うガンダインに、雄太もつられてへらり、と笑って。


「えーと……ガンダインさんは……善神ってやつですかね?」

「いんや、邪神だよ。俺は奮い立つ唄のガンダイン。ま、大した神でもねえが一応風神の系統だな」


 そう言ってカラカラと笑うガンダインに、雄太は苦笑する。

 大した神ではない……わけがない。先程見せた実力からも、それは明らかだ。


「奮い立つ唄……ってことはあれですかね。軍歌みたいなのとか」

「ん、そんな感じだなあ。あとは英雄譚とかか。そういう元気になるもんを主に司ってる」


 大したことねえだろ? と笑うガンダインに、雄太は「まさか」と苦笑する。


「善神じゃないってのが不思議なくらいですよ」

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