第49話:姿無き風のアルシェント2
「しかし、なるほどなあ……いやいや、実はね。君達がこっちにいる事は把握してたんだが、どうせ長続きしないと思ってたんだよ」
「……え?」
聞き捨てならないその言葉に、雄太は思わず聞き返す。
どうせ長続きしない。まるで破滅を確信していたかのような発言に、雄太は知らずのうちに反発を覚えていた。
「気を悪くしたかい? でも、適当に言ってるわけじゃないぜ。神と人間ってのは、それだけ色んなものが違うんだ。生態もそうだし、価値観もそうだね。善神や悪神に比べりゃ人間くさいのが揃ってるのが邪神だけど、それでも人間と同じってわけじゃあない」
「そりゃ……そうだろうけど」
「何処かで破綻が生じるのは確実だ。そもそも俺達は、人間に合わせるのが苦手な連中の集まりなんだから。言ってみりゃ、自分についてこれる奴、なんていう夢見て彷徨うバカの集まりさ。だから俺は、フェルフェトゥについていける人間がいるなんてのは信じてなかった」
言いながら、アルシェントはリュートの弦を軽く弾く。
響く軽やかな音に多少不満そうな顔を見せて、また弦を弄り始める。
「だからね。破滅したところで君を拾おうと思ってた。でも様子を見てれば、邪神の気配が続々と集まっていく。殺し合いでも始まるのかと思って見に来たら、そんな様子はちっとも無いし君の魂は妙な枷こそかかってるけど自由そうだ」
「枷って……俺のスキルか」
「ああ。そんな妙なもの初めて見たよ。ハハッ」
軽く笑うと、アルシェントは調整した弦を満足そうに弾き始める。
全く真面目に見えないその態度だが……雄太は、少しだけ納得する。
「あー……つまり、あれか。アルシェントは、俺を「助けに」来たって事……だよな?」
神官を奪い合う邪神同士の戦い。そんなものに巻き込まれる前に雄太を助けに来た、とそういう話なのだろうか。
そう問いかけると、アルシェントは変わらぬ調子で頷いてみせる。
「まあね。俺なら勝つ事は無理でも、連れ出すことくらいなら出来る……と思ってたんだけどな。その必要もなかったみたいだ」
「……あー、うん。まあ、な。それなりに楽しく暮らしてる」
「楽しく、ね」
アルシェントは弄っていたリュートから顔をあげると、雄太をじっと見つめる。
「な、なんだよ」
「君は相当好かれているんだろうね。ベルフラット、バーンシェル……それにフェルフェトゥ。邪神の中でもとびっきり危ない連中が、まるで普通の女の子みたいだ。でも、分かっているのかい? 君の今の現状は」
その言葉が全て終わるその前に、アルシェントの居た場所に巨大な炎の弾が命中する。
石の塊を砕くその火球に雄太は思わず「げっ!」と声をあげるが……アルシェントの姿は、すでに其処にはない。
「随分盛り上がってるみたいじゃねえか、アルシェント」
炎の消えた中からゆらりと立ち上がったのは、バーンシェル。どうやら炎の弾ではなく、燃えるバーンシェルが直接突っ込んできたらしかった。
その赤い瞳の見据える先には、無傷のまま立つアルシェントの姿があり……アルシェントは、その口の端に薄い笑みを浮かべている。
「まったく、本題はこれからだっていうのにな」
「何が本題だクソ野郎が。テメエの口から垂れる屁みてえな寝言にユータを突き合わせてんじゃねえぞ」
「お、おいバーンシェル……」
喧嘩腰のバーンシェルを宥めるように雄太は一歩踏み出すが、バーンシェルは片手を雄太へと向けてそれを抑える。
「いいから其処にいろ。んでもって、このクソ野郎の言ったことは全部忘れろ」
「なんでそんな喧嘩腰なんだよ……」
「そうそう、仲良くしようじゃないか。それに俺は彼の為になることしか話してないよ? なあ?」
困ったように笑うアルシェントに雄太が「為になるかは分かんないけどさ」と答えてみせると、アルシェントは肩をすくめてみせる。
「何が彼の為、だ。思ってもいねえ事を口にするんじゃねえよ」
「おいおい、酷いな。俺はいつだって本気だよ?」
「ああ、本気だろうな。だからタチが悪ィ」
2人の言っている意味が分からずに、雄太はバーンシェルとアルシェントを交互に見る。
一体何を言っているのか。何故バーンシェルはあんなに喧嘩腰なのか。
いや……喧嘩腰どころではない。明らかに戦闘態勢のバーンシェルに、雄太は思わず冷や汗をかく。
そんな雄太をチラリとも見ないままに舌打ちするバーンシェルは、アルシェントから目を離さない。
「おいユータ。このクソがどんな神か分かって庇ってんのか」
「いや、庇ってるっていうか……」
「いいから言ってみろ。こいつが……この「姿無き風のアルシェント」がどんな神か理解してんのか」
言われて、雄太は何を言っているのかと思いつつも考える。
姿無き風のアルシェント。
姿無き風……つまり風神の系列なのは確かだ。
ならば「姿無き風」とは何か。そもそも風に姿などあるはずもない。
それでも「姿が無い」というのは……つまり、それを示す明確な言葉が無いということだろうか?
暴風、突風。そういう特徴が無いということだろうか?
しかしそれでは、何が何だか分からない。
「いや、風の神なんだろうなってことくらいしか……」
「ハッ」
だろうな、とバーンシェルは笑う。
そうだろうなと思ってはいた。元々、この神は……アルシェントはそういうモノだからだ。
「なら教えてやるよ、ユータ。こいつが司るのはな、不信だよ。何処からか現れた、始まりも掴めぬ小さな不和。やがて山をも崩し城をも崩す、悪意の風。それがコイツの正体だ」
その言葉に。アルシェントの浮かべていた笑みが……その口元が。
きゅう、と。音を立てるように邪悪な形へと吊り上がった。
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