第42話:朝風呂は素敵2
「そっか。あと一息、か」
「ええ、そうね。そうすれば……残るは厄介なギックリ腰だけね。そっちはまだ目途も立たないけれど」
「……そんなにキッツイのか。でもさっきの話だと、あくまで人の器に収まる範疇なんだろ?」
「そうよ。でも人の器ギリギリで収めてるなら、人を超えないとどうしようもないってことよ?」
「うげっ」
なるほど、それは確かに道が長い。
しかも人を超える……つまり魔獣になるということでもある。
「ん? あ、そういえば……」
「なにかしら」
「昨日、ハイエルフが魔獣だって話してただろ?」
「ええ、そうね」
ハイエルフ……エルフを超えたエルフが魔獣であるならば。
「人間を超えた人間は、なんて呼ぶんだ? つまり、人間の魔獣は……って話なんだけど」
「ハイヒューマンよ。ドワーフならハイドワーフ。マーマンならハイマーマンよ」
「マーマンって……魚人か。やっぱりいるんだな」
「いるわよ。で? ユータはハイヒューマンになりたいってことかしら?」
「なりたいっていうか……ギックリ腰治すにはそれしかないのかなーってな」
確率でギックリ腰になるなんていう呪いじみたスキルを、いつまでも持っていたくはない。
そうなると、治す為にはハイヒューマンにならざるを得ないだろうと雄太は思っていたのだが……フェルフェトゥは、アッサリとそれを「無理よ」と否定する。
「え、無理って」
「だってユータは私の神官だもの。ユータが人間を超えるとしたら、ハイヒューマンとは別物になるはずよ?」
「別物って」
「貴方と一緒に召喚された勇者、覚えてる?」
覚えてる、と聞かれても微妙……としか雄太は答えようがない。
すでに名前は忘却の彼方だし顔もおぼろ。しかしそんな事を答えると怒られそうなので雄太はニッコリと笑い、すぐに悟られて抓られる。
「いててっ」
「覚えてないなら覚えてないって言っていいから。で、その勇者だけど。アレも昔同様なら「ブレイブ」っていうのになったはずよ」
「へえー」
ブレイブ、つまり勇者。なるほど、正当なファンタジーを楽しむ若者達にはそれに相応しい道が用意されているらしかった。
「なら、俺はどうなるんだ?」
「知らないわ」
雄太が僅かな期待を込めて聞いてみると、フェルフェトゥはアッサリとそう答える。
「し、知らないって」
「だって私、神官を持ったことがないんだもの。それに貴方、ベルフラットとバーンシェルの加護……それにあの精霊の加護まで受けてるでしょう? どうなるかなんて予測不可能よ」
「ええー……」
「それにそんなもの、まだまだ先の話だと思うわよ? 気にするだけ無駄だわ」
なるほど、確かにそうかもしれないと雄太は思う。
それになんとなくだが……そう悪い結果にもならないような気もするのだ。
「ま、そうやって人間やめるのが視野に入ってくると……ますます元の世界に未練が無くなるな」
「あら。未練あったの?」
「いや。全くない」
元々、天涯孤独に近い生き様だ。仕事もリストラされたてで、友人関係も広く浅く。
たぶん雄太が居なくなっても気にも留めない連中ばっかりだ。
「……ない、んだよなあ……」
思えば、浅い生き方をしてきたものだと雄太は自嘲する。
社会の歯車なんだと自分を仮定して生きてきたつもりだが、所詮無くてもどうにかなる歯車でしかなかったということだ。
その日を何となく生き続けていた日々に比べれば……今の生活の、なんと充実していることか。
「たぶんだけどさ。今が幸せなんだと思う」
「へえ?」
「そりゃ、この世界に召喚……まあ、巻き込まれだけどさ。その直後は色々と恨んださ」
捨てられ、捨てられ、また捨てられ。
世界を恨んでどうにかする力もない雄太は、フェルフェトゥに拾われなければ野垂れ死にしかなかっただろう。
「でもさあ、こうしてフェルフェトゥに拾われて、こうして過ごしてさ。ようやくなんていうか……生きてるって気がするんだ」
毎日のように全力で挑んで、倒れて。
ある意味社畜の頃のような生活ではあるが、明確な目標が其処にはある。
前に進んでいるという実感が、確かにある。
「もしあの時、子供に金を強奪されてなかったとして……それでも今みたいに充実してたかっていうと……それも違う気がするし」
そもそも召喚に巻き込まれなかったとして……あるいは何か使えるスキルを持っていたとしても、ここまで充実していただろうか。
「こうして此処にいるから俺は満足してる……今更元の世界に帰れなんて言われたって絶対嫌だね」
そう断言すると、フェルフェトゥが雄太に寄り掛かるようにしてコツン、と触れる。
そのぞくりとするような感触に雄太は思わずビクリとするが、フェルフェトゥは気にした様子もない。
「つまり、私に感謝してると?」
「あ、ああ。まあ……そういうことだよな。出会いはちょっとアレだったけど、本気で感謝してる」
フェルフェトゥのおかげで雄太は変わってきている。それは間違いないと、雄太は自分でも思っている。
あのお世辞にも良いとは言えない出会いが、今を作ったのだ。
「ふふ、ふふふ……」
そんな雄太の言葉に、フェルフェトゥは上機嫌に笑う。
雄太の肩に自分の頬を擦り付けて、猫が匂い付けをするように……そんなフェルフェトゥらしくない、しかしある意味でフェルフェトゥらしいような事をしながら、雄太の腕にフェルフェトゥは自分の腕を絡める。
「大丈夫よ、ユータ」
その少女の姿に似合わぬ……似合わぬはず、の。しかし良く似合っている妖艶な、けれど純真な笑みを浮かべながら、フェルフェトゥは雄太へと囁く。
「……絶対、逃がさないわ」
自分が赤面しているのか、それとものぼせようとしているのか。
それすらも雄太には分からない。
ただ分かるのは、恐らくこの邪神からは逃げられないということで……。
「そ、そうか。まあ、逃げる気なんてないけどな?」
そんな風に、誤魔化すのが精一杯だった。
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