第41話:朝風呂は素敵

 翌朝。目覚めた雄太は、自分の横に寝ているベルフラットを起こさないようにしながら寝床から抜け出る。

 ちなみにだが、神に……邪神に誓って何もしていない。

 気絶するように寝ている状況で何が出来ようか。出来たとして、手を出したが最後な気がしないでもないのだが。

 

「……ふぁ……」


 着替えと布を掴むと、雄太は家を出て温泉へと向かう。

 まだ太陽が昇り始めるか否かというこの時間では、バーンシェルの鍛冶場の火も落ちている。

 恐らくは彼女も寝ているだろう。

 

 そういえば早朝には目覚めよとばかりにニワトリが鳴くらしいのだが……そのニワトリ2匹とヒヨコ達は家の近くに陣取って寝ているのが見える。

 世界が違えばニワトリも違うのか、それとも目の前の巨大ニワトリが実はニワトリではないのか。

 その辺りは不明だが、とりあえず起こさないように雄太はそうっと歩いていく。


 家の横には世界樹の苗木……苗木だったはずだが、すでに若木くらいに成長しているのは恐ろしいが。

 とにかく世界樹の若木が静かに風に揺れている。

 精霊にも睡眠という概念があるのかは分からないが、セージュの姿は見えない。

 呼べば出てくるのかもしれないが、わざわざ起こす必要もないだろうと雄太はその横も通り過ぎていく。


 そうして少し歩けば温泉で……沸かす必要もなく適温を保つ温泉は朝風呂には最適で、雄太は辿り着くと早速服を脱いで適当な場所に積む。


「脱衣所っつーか脱いだ服を置いとく場所は必要だよなあ……理想を言うなら洗い場もだけど」

「ええ、そうね。昨日の石材はそれに使ったらどうかしら?」

「うおっ!?」

「おはよう、雄太」


 思わず布で身体を隠す雄太に、フェルフェトゥは馬鹿にしたようにハッと笑う。


「それなりに鍛えられてきたと思ったけど……まだまだね」

「ぐうっ……別に俺はヘラクレスじゃねえんだぞ」

「誰よヘラクレスって」

「なんか筋肉モリモリの英雄。世界三大マッチョの一人なんじゃねえかな」

「別にそこまでになれとは言ってないわよ」


 言いながらもフェルフェトゥは服を脱いでいき……その迷いない動きに、雄太は視線を逸らす。

 

「でもね、そこまでにはならずとも貴方にはそれなりに強くなって貰う必要が……」


 言いかけたフェルフェトゥはコソコソと後ろを向いて桶を取りに行っている雄太に近づくと、その背中に指を下から上へと這わせる。


「うひょおうあっ!?」

「人が話をしてるんだから、ちゃんと聞きなさい」

「き、ききき……聞いてるだろ!?」

「そう? ならいいんだけど」


 桶で温泉の湯を汲み、軽く体にかける。

 それだけで汚れが落ちていくのはこの温泉が聖水であるから、らしいのだが……石鹸要らずというのは実にエコだと思わない事もない。

 ともかくそうして汚れを落とすと雄太は温泉に浸かり……その横に当然のようにフェルフェトゥも入ってくる。


「で、さっきも言ったけど。貴方にはそれなりに強くなって貰う必要があるのよ」

「……それなんだけどさ。俺、確かに強くなってきてるよな?」


 世界樹の森へ行く時に、フェルフェトゥと追いかけっこをするかのように走った時。

 あの時、筋トレマニアのシャベルの効果で全力で走り続けられたとはいえ……雄太の本来の全力だったものよりもずっと速く走れていた気がしたのだ。

 もう長い間全力で走るなんてことはしていなかったが、地球に居た頃の雄太はたとえ全力で走ろうとあんなに速くはなかったはずだ。


「ええ、そうね。ユータは強くなってきてるわよ」

「だよな!?」


 アッサリとしたフェルフェトゥの返答に雄太は思わずそんな声をあげる。


「でも、まだまだよ」

「まだまだって……やっぱりヘラクレ」

「そうじゃなくて。忘れたわけじゃないでしょう? 貴方のスキルのこと」

「不健康とギックリ腰だろ? 忘れるわけがない」


 そのスキルのせいで、雄太は捨てられたのだ。

 まあ、召喚に関わった神のせいらしいから雄太にはどうしようもなかっただろうが……どうにか出来るならどうにかしたいものの筆頭であったりもする。


「確か健康になればどうにか出来るって話だったと思ったけど。違うのか?」

「私もそう思ってたわ」

「えっ」


 フェルフェトゥの苦々しげな言葉と表情に、雄太はまさかと思う。


「……思ってたって。どうにもならなかったりするのか、これ」

「どうにかはなるわ。その為に貴方を鍛えてるんだもの」


 そう言うと、フェルフェトゥは息を吐く。


「貴方のスキル「不健康」が反転する条件はね、もう整ってるはずなのよ」

「はず、って」

「簡単に言うと、スキルが反転に抵抗しているわ。効果が呪いじみてるとは思ってたけど、本当に呪いの類だったみたいね」


 それでもスキルはスキルだから解呪はできないんだけど、とフェルフェトゥは呟く。


「えっと……どういう意味だ?」

「詳しい理屈は省くけど、貴方がスキルに込められた力を超える必要があるってこと」

「げっ。それって神様超えろってことじゃ」

「そこまでの話じゃないわよ。あくまで人の器に収まるように作られたスキルだもの。私の聖水で干渉し続けてもいるし……たぶん、あと一息なんじゃないかしら」


 あと一息。それがどの程度のものなのかは分からないが……フェルフェトゥが言うからには、本当にもうすぐなのだろうと雄太は思う。

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