第37話:帰ってきたアラサークエスト

 始動の遅いアラサーや省エネぷちサイズの精霊と違って、フェルフェトゥの行動は早い。

 出発すると決めると早々に準備を終え、雄太へと荷物の入ったカバンを手渡す。


「じゃあ、これ荷物だから。ユータが持つのよ?」

「ん、ああ」


 元から荷物持ちでは戦力外のセージュはともかく、見た目が少女なフェルフェトゥにも重い荷物は持たせられない。

 カバンを背負い、手には筋トレマニアのシャベル。そんな格好の雄太にフェルフェトゥは何故か満足気に頷いてみせる。


「中々サマになってきたんじゃないかしら」

「そうか?」

「ええ、少しは鍛えられてきたって印象よ」

「……まあ、連日のように倒れるまで動いてるしな」


 筋トレマニアのシャベルのせいで毎日身体の限界まで動いていれば、嫌でも鍛えられるというものだ。


「貴方は気づいてないかもだけど、魔力的に見ても鍛えられてきてるのよ?」

「そうなのか?」

「ええ、そうよ」


 魔力的に……などと言われても、雄太には全く実感がない。


「……俺、魔法とか使えたりすんのかな」

「気が向いたら教えてあげるわ」

「絶対だからな!?」

「はいはい、出発しましょ」


 男の子は幾つになっても魔法に憧れるものだ。

 火の魔法、風の魔法、雷の魔法、回復魔法。

 主役っぽい魔法が使えるなら使ってみたいと思うのが男心だ。

 だがフェルフェトゥには分かってもらえなかったらしく、雄太は仕方ないと歩き出す。

 テクテクと歩き出せば、やはりというか当然というか、雄太の歩幅が一番大きい事に気付いて速度を落とす。


「あら、気を遣ってくれてるの?」

「そういうわけじゃないけどな……いや、そうなのかな。よく分からん」


 言いながら頭を掻く雄太に、フェルフェトゥはその横を歩きながら首を傾げる。


「分からない? 自分の事でしょう?」

「そうなんだけどな……なんつーか、向こうじゃ頭下げて気を遣ってってのは生活の一部だったからなあ」


 人と接する仕事をしていた関係上、ニコニコ笑顔と相手の行動の先を読んだ気遣いは標準装備していなければならなかった。

 いつでもどこでも気を遣うのが当たり前、「失礼が無いように」とか「礼儀」という言葉で縛ったソレは、本当に「相手」に気を遣っての行動だったのか……今となっては分からない。


「俺の中でそういうのが当たり前になっちゃってるからなあ……本当に相手に気を遣ってるかなんて、分からないんだ」

「結果として相手の為の行動なら、それが気を遣ってるってことなんじゃないの?」

「どうかな。自分の利益の為の行動って気もするし」

「ふぅん?」


 よく分からない顔をしているセージュは無言だが、フェルフェトゥは歩きながらも何かを考えるように口元に手を持っていく。


「でも相手に気を遣うのって、結局人間関係という利益に繋がる行動よね?」

「まあ、な?」

「余程の自己中心でもない限りは、ある程度気を遣うものよ。それこそ生きてる間中……ね」


 まあ、それは確かにそうだ。


「たぶん貴方はそれが強迫観念によるものかどうかってことを心配してるんでしょうけど。難しく考え過ぎよ。もっと気楽に生きなさい?」

「気楽に、ねえ」

「気楽に、よ。たとえば貴方は気遣い屋。そんな「性格」だっていう一言で済む話よ」


 性格。そう言われるとそんな気もしてくるが。


「性格ってそういうものかあ?」

「そういうものよ。性格は環境が作るわ。そして幾らでも変わっていく。必要に応じて、ね」

「必要に応じて、か……」


 雄太はこの世界に来て、変わったのだろうか。

 今までの生活とは何もかもが違う、この異世界生活。

 多少前向きになった気もするが、こんな事を考えてしまううちはまだまだなのだろうか?


「私個人としては、ユータの性格は好ましいわよ?」

「そう、か?」

「そうよ。弄り甲斐があるもの」


 それはどうなんだろう。フェルフェトゥがサドなだけであって、俺の性格がいいとか悪いとかの話ではない……と雄太は思うも、そんなものはフェルフェトゥの知った事ではないだろう。


「……フン」

「あら、足を速めたわね? 気を遣うのはやめたのかしら」

「気を遣うべき相手と、そうじゃない相手がいるだろ」

「正論ね」


 足を速めた雄太を追うようにフェルフェトゥも足を速め、引き離すように雄太は足を速める。

 そうすると再びフェルフェトゥは足を速め、更に雄太が足を速める。


「競争かしら。楽しいわね?」

「俺は楽しくない」


 足を速め、それに追いつかれ、また足を速めて。

 気づけば互いに荒野を走っている。


「ふふふ、そんなに飛ばしていいのかしら? また倒れちゃうわよ?」

「フェルフェトゥこそ、疲れたなら「まいった」って言ってもいいんだ、ぜ!」


 筋トレマニアのシャベルの力で疲労を感じない雄太と、そもそも疲れという概念があるのかどうか分からないフェルフェトゥ。

 雄太の肩に掴まっていたセージュは疲れはしないものの、速度をあげる雄太に必死で捕まり「ひゃー」と声をあげる。

 二人の競争は夕日が沈み、月が出る頃まで続き……やがて、倒れた雄太をフェルフェトゥがクスクス笑いと共に見下ろすという……まあ、いつも通りな光景で幕を下ろした。

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