第34話:忘れ難き炎のバーンシェル

「……チッ」


 フェルフェトゥに言われて、仕方ないといった様子でバーンシェルが物陰から出てくる。

 その気配に全く気付かなかった事に驚きつつも、雄太はフェルフェトゥをさっきよりも厳しい……責めるような目で睨む。


「趣味が悪いと思うぞ、フェルフェトゥ」

「彼女の希望よ? 私に言われても困るわ」


 何処吹く風のフェルフェトゥからバーンシェルに視線を移すと、バーンシェルは居心地悪そうに視線を逸らしながらも雄太の近くへと座る。

 空気を読んだのか、フェルフェトゥが少しだけズレるが……バーンシェルに気にした様子はない。


「あー……悪ィな。どう思ってんのか本音を確かめてみたかった」

「直接聞いてくれりゃいいのに」

「聞いても当たり障りのない耳当たりのいい事しか言いそうになかったからな」

「うっ」


 確かにそれはそうかもしれないと雄太は思う。

 衝突を嫌う現代日本人的性格な雄太は、バーンシェルに聞かれたとしてもその通りであったに違いない。


「でもまあ、安心したぜ。確かにお前は稀有な人間みてえだ。神霊化したアタシに触れるってのも嘘じゃなかったしな」

「ん?」

 

 どの段階でそうだったのだろうか。雄太にはあまり覚えがない。

 いつでも見えるし触れるのが雄太の才能らしいので仕方ないのかもしれないが……


「どうしてもって言うから、あの墓場女追い出して添い寝してたのよ? 笑えるでしょ」

「は?」


 ギョッとして雄太がバーンシェルを見ても、バーンシェルは視線を逸らしたままだ。


「いやまー、ほら。期待して外れても空しいだろ? ならこっそりと……ってな」

「だからって添い寝はどうかと思う……!」

「焚きつけたのはこいつだかんな!? 妙な勘違いはすんじゃねえぞ!」


 バーンシェルはフェルフェトゥを指差すが、当の本人は知らない素振りだ。


「記憶にないわね」

「こういう奴なんだ……! まあ、いい。ユータ。お前からの捧げものは無事に受け取った」

「ん? あ、ああ。そういや、そんな話だったっけか」


 真面目な調子に……初めて見るバーンシェルのそんな様子に、雄太も自然と真面目な顔になる。


「だから、お前には加護を与えた。それとは別に、与えるモノもある」


 言いながらバーンシェルが取り出したのは、小さな金槌と……のみだった。


「神器ってわけじゃねえが、喜べ。正真正銘の魔具だ。名付けて細工師の金槌と細工師ののみってところだな」


 バーンシェルから金槌とのみを受け取った雄太はハンマーをジロジロと眺め、バーンシェルを見る。


「えーと……投げたら雷を纏って相手にぶつかって、戻ってきたり?」

「なんだそりゃ。お前、そんな物騒な金槌で何作る気だよ」

「敵を倒したり?」

「別にお前は戦士じゃねえだろが」


 まあ、もっともだ。今のところ何かを削るにも打つにも筋トレマニアのシャベルで済ませていたから、有難いには有難い。これから出来る物の幅も広がるだろう。


「えっと……なんか意外だった。ありがとう」

「ハッ、妙な事気にするんじゃねえよ」


 バーンシェルは照れたように頬を掻くと、思い出したように「ああ、そういやな」と呟く。


「お前とフェルフェトゥがさっき言ってたあたしについての話だけどよ」

「ん……」

「あたしが司ってんのは「燃やす側」じゃなくて「燃やされる側」のほうだ」


 バーンシェルの言っている意味が分からなくて、雄太は何と返すべきか分からなくなる。

 だが、バーンシェルは雄太の反応には期待していなかったらしい。


「理解しなくてもいいぜ。ただな、燃やす側ってのは大抵ロクに覚えてねえ。「その火」を覚えてんのは常に、燃やされた側だ。その当事者、関係者……「やられた側」は、絶対にそれを忘れねえ。たとえ忘れたように見えても、消えたように見えても……その魂には、必ず残り火がある。「その日」の「その火」を……その炎を思い出し、燃え上がる。つまりはそういうモノがアタシの司るものってわけだ」


 あるいは、その炎に魅せられた無関係の悪が居たとして。

 あるいは、その炎に涙した無関係の優しき者が居たとして。

 あるいは、その炎に怒った無関係の正義が居たとして。

 その魂には、記憶には炎が残される。いつか、現実に飛び出すかもしれない炎が。

 忘れ難き、炎が。


「いずれ現実に放たれる可能性を秘めた、記憶の炎。燃え盛る悪夢。そこから派生する数多の事象がアタシの管轄だ。だから鍛冶だってするし戦い向きの力を持ってる。そういうことなのさ」

「……」


 つまりそれは、トラウマだ。忘れたくても忘れられない、心で燃え盛る炎。

 消えたと思っても残り続ける、悪夢の残り火。

 そういうものだとバーンシェルは言っている。


「お前、ベルフラットに豊穣の神だとか言ったらしいな」

「ああ」

「アタシにもそういう類の事を言えるか?」


 そう言った後、バーンシェルは自嘲するように首を横に振る。


「ああ、いや、いい。忘れろ、戯言だ」

「再起の神」

「……あ?」


 放たれた言葉に、バーンシェルは思わず耳を疑う。


「その忘れられない記憶から派生するモノがあるなら。それはきっと、その人の再起ってことでいいんだと……俺は思う」

「バカかお前は。破滅する奴の方が多いぞ?」

「普通に生きてたって破滅に向かう奴はいる」


 実際雄太だってそうだった。その速度が緩やかか急であるかの違いはあるだろうが……そんなものだ。


「その火を原動力に何かを始められるんだ。ならバーンシェルが司るのは再起ってことでいいだろ?」


 雄太のそんな言葉に、バーンシェルはツインテールに纏めた自分の髪を乱暴に弄り……やがて、呆れたように雄太の顔を自分のツインテールで叩く。


「な、なんだよ」

「いいわけねえだろが。底無しのバカだな。ばーか、ばーか」


 何度か雄太の顔をペシペシと叩くと、バーンシェルは立ち上がる。


「……だがまあ、悪くはねえ。同情で言ってたらブチ殺すとこだったがな」

「その道具、大事にしろよ?」

「あ、ああ」

「欲しいもんがあったら鍛冶場に顔出せ。作ってやっからよ」


 そう言って足早に去っていくバーンシェルを見ながら、フェルフェトゥはクスクスと笑う。


「照れてるわね、あれ」

「そう、なのか?」

「そうよ」


 頷くフェルフェトゥを見ながら……雄太は、ふとした疑問を覚える。


「なあ、そういえばフェルフェトゥの」

「さ、朝ご飯よ。顔を洗ってきなさいな」


 そう言いながら立ち上がり去っていくフェルフェトゥに、雄太の言葉は中断されてしまう。

 フェルフェトゥの権能って、詳しく聞いたことは無いよな、と。

 以前聞いた時に全体的な話で誤魔化されてしまった事を思い出したが故の雄太の疑問は……言葉とならないままに、朝の光の中に溶けていった。

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