第33話:次の日の朝

「……ん」


 目を覚ますと、そこは藁の布団の中だった。

 最初はどうかと思った寝具も慣れると中々寝心地がいいが……問題は、いつ此処に戻って来たのか分からない事だ。


「あら、目が覚めたのね」

「ん、フェルフェトゥ……」


 自分の顔を覗き込んでいるフェルフェトゥの顔は、少しだけ不機嫌そうだ。


「まったくもう……その方が便利と思って口は出さなかったけど。やっぱり不愉快だわ」

「不愉快って……あー……」


 バーンシェルの小屋の事だとすぐに思い当たり、雄太は身体を起こす。


「でもまあ、あのくらいなら別に」

「此処は私の村で、貴方は私の神官よ? なのに、バーンシェルの神殿を建てるなんて」

「あー……そういう扱いなんだ?」

「当たり前でしょ」

 

 この神殿などとは呼べない家も「神殿」扱いらしいが、昨日バーンシェル用に建てた小屋も神殿扱いになってしまうらしい。


「あの女、嬉々として改造に取り組んでるわよ。不愉快だわ」

「そりゃなんつーか……ごめん?」

「別に謝る事じゃないわよ。止めなかったのは私だわ」


 不愉快そうな顔をしたまま、フェルフェトゥはバーンシェルの小屋の方角へと視線を向ける。


「それに、役に立つのは確かなのよ。アレは鍛冶場になるから」

「鍛冶場……ってえと、鉄製の道具とかが出来るってわけか」


 それは嬉しい話だ。鍛冶のことなど基礎ですら知らない雄太では鍛冶場など作れないし、作っても大惨事になるのが目に見えている。

 原始時代さながらの石器でどうにかしなければならないと、本気で考えていたのだから。


「てことは、バーンシェルは鍛冶の神様だったってことか?」

「違うわよ」

「ん?」


 アッサリとフェルフェトゥに否定されて、雄太は首を傾げる。

 そうは言っても、バーンシェルが火の神で鍛冶場を喜んで作っているなら鍛冶の神でいいと思うのだが……。


「あの女が鍛冶を出来るのは、そういったものを内包しているからに過ぎないもの。本質は、もっと別のところにあるのよ」

「別のところ……」


 バーンシェル。忘れ難き炎のバーンシェル。

 その名前が権能を示しているのであれば、「忘れ難き炎」がバーンシェルの権能ということになる。

 だが、その意味するところは何だろうか?

 炎。これは雄太も見た。バーンシェルの身体から出る、自分を傷つけない炎。

 火神としての側面であるのは間違いない。

 ならば「忘れ難き」とは何を示しているのだろう?

 忘れ難き、つまり忘れられない。記憶に深く刻み込まれているという意味だ。


「キャンプファイヤー……?」

「何それ。焼き討ちのこと?」

「え、違うけど。つーか発想が怖ぇよ」


 確かバーンシェルは争いごと担当の神だとかだったはずだと雄太は思い出す。

 争いごと、つまり喧嘩、戦い。この辺りはバーンシェルのイメージと合致する。

 しかし戦神ではないとも言っていたような記憶がある。


「争いごと……炎、忘れ難き……」


 本能寺。ふとそんな単語が浮かんで、見たこともない燃える何処かの光景を思い浮かべる。

 本物なんか見たこともないので勝手極まりないイメージではあったが、雄太の中で強く引っかかる。

 燃える炎。響く悲鳴と怨嗟。その光景は、きっと。


「だとしたら、どうする?」


 フェルフェトゥのそんな問いに、雄太はハッとしたようにフェルフェトゥを見る。

 その顔は、雄太を包み込むかのような慈愛に満ちた笑顔……に見える。


「もし、バーンシェルが今ユータが想像しているような神であったとして。もしユータが怖いというのであれば、追い出してあげてもいいわ」

「……それは」

「簡単よ。私が全力であの女と戦って叩き出せばいいだけ。たぶんベルフラットと、あの精霊も手伝ってくれるんじゃない?」


 負けは万に一つもないわね、と言うフェルフェトゥに……しかし雄太は「それはない」と否定する。


「それは、ない。一度受け入れといて、想像より怖そうだから出て行けとか……そんなもの、最低だろ」

「そう? 自分達の枠に入らないものを排斥する。人間として当然の行動だと思うけど」

「そんな当然は間違ってる」


 捨てられた雄太だからこそ、それは選びたくない。

 そんな理由如きで追い出すなどという選択肢だけは、あってはならないと思うのだ。


「それが、ユータのいつかの害になるとしても?」

「その時は、皆で解決策を考えよう。神様がこれだけ揃ってるんだ。大抵の事はどうにかなるだろ?」


 フェルフェトゥ、ベルフラット、バーンシェル。何処かを彷徨っているだろうテイルウェイも連れてくれば四人……いや、四神。これだけの神が居て出来ない事なんて、ほとんどないはずだ。

 それでも足りない分は、雄太が全力で補えばいい。


「俺も……役には立たないだろうけど、全力でなんとかする。それでいいんじゃないか?」

「どうして?」

「え?」

「ユータとバーンシェルは、そこまで深い仲でもないわよね。他人から数えた方が近いはずよ。なのにどうして、そこまで必死に庇うの? 理屈に合わないわ」


 首を傾げるフェルフェトゥに、雄太は……その目を正面から見つめ、小さな肩を両手で掴む。


「いや、何言ってるんだ。お前のその台詞こそ理屈に合わないだろ」


 そう、そうだ。雄太を、ほんの小さな理由で拾ってくれたフェルフェトゥに、そんな台詞は似合わない。


「地球でも城でも町でも捨てられた俺を、拾ってくれたのはお前だろ?」

「貴方が役に立つと思ったからよ?」

「ああ。だから、「役に立つのが確か」なバーンシェルと鍛冶場を手放す理由はない……違うか?」


 そしてフェルフェトゥはサドではあるが、理屈に合わない事を言う神ではない。

 となると……。


「俺を試してるだろ、フェルフェトゥ。ひどいぞ」


 少しの抗議を込めて睨みつけると、フェルフェトゥは自分の肩を掴む雄太の手を軽く抓る。


「いってぇ!」

「……だそうよ? 安心したかしら?」

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